第八話 凱旋勇者は聞かされてない!
「母さんだと? 貴様か! こんな非常識の場所に墓を立てたバカ野郎は!」
は? 何を言ってるんだこの七三?
「ちょっと言っている意味がわからないな。この辺りは村の管轄の土地で、このお墓だって当然許可を得て立てられている。文句など言われる筋合いじゃない」
俺が答えると、七三眼鏡はレンズをクイクイっと押し上げながら神経質そうな瞳で俺を睨み。
「これだから世間知らずのガキは嫌なんだ」
いや、俺こっちの世界の年齢で言えば24なんだけどな。自覚があんまないのは確かだけど。
「御手洗君。思ったのだが、どうも看板が見当たらないな。ちょっと探してみてくれないか?」
「うん、あ! そういえばそうですね。おい、あんたらも手伝ってくれ」
「それは私達の仕事じゃありません」
「任務外の行動は受けられないな」
「くっ、融通の効かない連中だ! もういい!」
一人愚痴りながら辺りを探し始めた。それにしても何かこの七三眼鏡嫌われてないか? これまでの言動みてればわからなくもないけど。
「あったあった。くそ、折れてやがる! これだから田舎は! 全く、ここをこう補強して!」
七三眼鏡は藪の中から何かを取り出し、それをこれみよがしに母さんのお墓の横に突き刺してみせた。
「ほら、見えるかこの文字? 漢字が多いけどその悪そうな頭でちゃんと読めるか? 仕方ないから字を読んでやってもいいぞ?」
本当に頭のくるやつだ。だけど……建設予定地? 工事予定地の看板ってことか。しかも県による大規模開発だって?
「なんだこれ? この山を開拓するってことか?」
「惜しいね。実に惜しい」
「惜しくなんてありませんよ。馬鹿ですよこいつ。全く。いいか? 開発の範囲は山だけじゃない。その下に見える古臭い役立たずの化石のような村全てだ!」
「は、はぁ?」
なんだそれ? 言っている意味がよくわからないぞ。いや、開発や計画は理解できなくもないが、そんな話、俺は何も聞かされていない。まさに寝耳に水だ。
「そんな話、初めて聞いたぞ。何かの間違いじゃないのか?」
「間違いなんかじゃない。全くあの村、廃村間際のどうしようもない金食い虫のくせして何も説明してないのか? あいつらまだ村は存続させるとか無駄な抵抗続けるつもりなんですかね?」
「……まぁ仕方ないさ。予定地ではあるが、一応村にも反対する権利はある。我々はその不安を払拭させるためにしっかりと説明を続けて出ていってもらわないとな」
七三眼鏡はわかりやすいぐらい腹の立つ男だが、穏やかな顔しているこいつも腹に一物抱えてそうな男だ。
「よくわからないけど、反対してるってことは決定じゃないんだろ? だったらこんな看板立てるなよ」
「馬鹿が! もう計画は動き出してるんだ。今更覆せるわけないだろうが! そういうのを無駄な足掻きっていうんだよ!」
「……そもそもここに一体何を作るつもりなんだ?」
「そんなもの貴様なんぞに答える義理はない! それより貴様。判ったらとっととこのこの墓を潰すなりどっかにやるなりしろ!」
「断る。そこには俺の大切な母さんが眠っているんだ。それを邪魔される謂れはない。大体答えられないってなんだよ? そんな怪しい話に納得できるか」
「なんだと? この!」
「そこまでにしておきなさい御手洗君。いや君すまないね。うちの秘書はどうも口が悪くてね、困ったものだよ」
秘書だったのかこいつ……眼鏡を直しながら鼻を鳴らしてるけど、こんな態度でよく秘書なんて務まるな。
「とにかく、ここは母さんの墓だ。その横にそんな不愉快なのを立てておかないでくれ」
「ふむ、たしかに些か不躾が過ぎたな。おい君」
「はい」
男に言われサングラスをした女が看板を抜いた。それを少し離れた位置に箚し直す。
建設予定地という部分は譲る気がないってことか。それにしても随分と素直に動いたな。やっぱあの御手洗って七三眼鏡が嫌われているだけだろこれ。
「それで、貴方ならここに何が出来るか教えてくれるのですか?」
「悪いが彼は口こそ悪いが言っていることは間違っていなくてね。国家機密保持法の関係で答えられないんだ」
俺が異世界に召喚されるちょっと前に施工された法案だな。しかしこんな形で楯にされるとは。
「この村から出て行けと言われてるのと一緒だと言うのに、ここで何をする気なのかは答えられないというのですか?」
「それが法律というものだ。子どもの君にはわからないかもしれないけどね」
笑顔で小馬鹿にするように言ってくる。完全に俺を見下してるな。
でも、爺ちゃんに言われていたように認識阻害は掛けておいて正解だったな。村の人間は大らかだし、外のニュースを気にしてないのも多いから、堂々としていても問題ないが外側からくる人間には俺のことがバレないよう対処したほうがいいと言われていた。
だから村民以外からは俺の顔が記憶に残らないよう条件付きで認識阻害の魔法を自分に施している。
「君は納得がいってなさそうだが、これは村にとってはいいことなのだよ」
「いいこと? 住むところを奪われて村から追い出されようとしているのにですか?」
「はは、君は何か勘違いしているようだが、確かにこの村からは出ていってもらうが、その分の保証はしっかりさせてもらうつもりだ。それに眼下に広がるあの村々は財政赤字が続いていてね。地方債……ようは村の借金だね。これも溜まっていて返せる余裕もない。つまるところこれは県による救済策なのだよ」
借金……そう言われてしまうとつらいが、どうにもこの男は胡散臭い。そもそも何を開発するか教えられないって時点で論外だ。
「ふふ、こんなことを君に話しても仕方のないことだったかな」
「本当ですよ。頭悪そうだし理解できるわけがない」
「御手洗くん、彼だって将来有望な有権者の一人だ。少しは口を慎み給え」
「は、失礼いたしました」
「さて、私はそろそろいくが、これを渡しておこう。私の名刺だ、何かまたわからないことがあったり意見があったなら気軽に声をかけてくるといい」
「小僧、言っておくがあくまで建前だからな! しっかり忖度しろよ。こっちは忙しいんだから真に受けて本当に連絡されても迷惑だ」
「やめなさい大人げない。彼の言っていることは氣にしなくていいからね。それじゃあ――」
そう言い残して4人は去っていった。名刺を見てみるが。
「県会議員の原 一保ねぇ……」
「ご主人様!」
連中が去った後、隠れていてもらったミウが駆け寄ってきた。肩にはジェリーも乗っている。
「大丈夫でしたか? 何かされませんでしたか?」
「あぁ、問題ないさ。大体この世界はそこまで物騒じゃない。いきなりなにかされるようなこともないんだよ」
「ですが、あの中の2人はご主人様に明らかな殺気を放っていました!」
あぁ、さすがに獣人は気配には敏感だな。御手洗以外の2人、確かに俺に向けてかなりの殺気をぶつけてきていた。
尤も俺も負けじと密かに威圧してたんだけどね。それに気がついていたからやっぱ只者じゃないか。
尤もあれは俺がおかしな真似をしないか窺っていたというのが正しい。銃も携帯していたようだし、雰囲気的にはあの県会議員の護衛ってところか。SPの一種なのだろうか?
「もしご主人様に何かあったら、ミウがあいつらを八つ裂きにしてたにゃ!」
「ミウは勇者のことになると過激ちゅ~」
「あまり物騒なことは考えないでくれよ? 隠した意味なくなるんだから」
流石にミウの存在は地球上ではイレギュラー過ぎるからバレるわけにはいかない。
とにかく、ミウは俺が説明すると墓前で手を合わせてくれた。そして、俺はミウとジェリーを連れて家に戻る。
その後、結局爺ちゃんが帰ってきたのは夜も更けてからで――
「うぃ~! 帰ったぞ勇士~!」
「なんだよ爺ちゃん呑んできたのかよ」
「うぃ、なんじゃ~呑んで何が悪い~酒は飲んでも呑まれるなじゃ~!」
いや、思いっきり呑まれてるだろ。全く。それにしても参ったな色々聞きたいことがあったんだが……仕方ないとりあえず。
「なぁ爺ちゃんお願いがあるんだけど」
「なんじゃ小遣いか? 仕方ないのう」
「いや、そうじゃないんだ。いいからそれしまえって」
「なんじゃ違うのかい」
爺ちゃんが財布を取り出したからしまってやる。
そしてミウを呼んだ。
『は、はじめまして! ミウにゃん!』
ミウは自己紹介するが、爺ちゃんに言葉はわからないだろうな。
「うん? なんと! 孫がついに家に女を連れ込みおった! これはめでたい! 孫に嫁ができたぞい!」
「違うそうじゃない」
『ご主人様、お祖父様は一体なんと言ってるのかにゃ?』
『こ、この子は誰かって聞いてるんだ』
『本当か? 何かもっと別な意味に感じたちゅ~』
ジェリーはこんなときだけ鋭いな!
「とにかく爺ちゃん、ほら耳、耳を見て思うことがあるだろ?」
「ぬぉおおぉおおおお! これが都会のギャルのコスプレというやつか!」
「違う、本物だ爺ちゃん。本物の猫耳で獣人なんだよ」
「猫耳? 獣人? ぶは! 都会には珍しい子がいるもんじゃ!」
「だから違うって、来ちゃったんだよ。俺がいた世界から何故かこの子が。だからしばらくここで匿いたいんだけどいいかな?」
「なんだと! つまり孫! お前……向こうの世界から嫁をお持ち帰りしちゃったのか!」
「そうじゃねぇええぇ! この酔っぱらい!」
「良いぞ良いぞ。うむ、これはめでたい! 宴じゃ! 宴を始めるぞ!」
あ~もうめちゃくちゃだなこの爺さん。
「とにかくしばらく一緒に居てもらうってことでいいか?」
「勿論だ! 嫁なら一緒に暮らすのは当然ではないか!」
「はいはいじゃあそういうことで」
とにかくこれで言質は取ったな。そしてミウに許可はもらえたと伝えたら喜んで抱きついてきて、それを見た爺ちゃんがまた興奮して――はぁ、とにかく今日は疲れた。もう細かい話は明日にしよう……。
村はどうやら財政が苦しいようです。