第六話 凱旋勇者、地球のダンジョンに潜る
会話文は「」で統一してますがこの話では全員異世界語で話してます。
ミウの発言に俺は耳を疑った。だってそうだろう? ここは地球だ。日本だ。そこにダンジョンなんてあるわけがない。
それを言ってしまうとゴブリンすらありえないんだが、それでも流石にダンジョンとなるとゴブリン1匹2匹紛れ込むのとわけが違う。
「ミウ、よく聞いてくれ。俺の生まれ育ったこの世界には、本来モンスターなんてものはいないんだ。それにレムリアみたいなダンジョンもない」
レムリアというのは俺が召喚された世界の名前だ。こっちでいう地球のようなものだが、とにかくそっちとこっちじゃ概念からして違いすぎる。
「でも、間違いないにゃん!」
「いや、そう言われてもなぁ」
「……ご主人様は、ミウが役立たずだと思ってるにゃん?」
「いやいや! そんなこと思ってないって。でも――」
「なら、ミウが役に立つと証明するにゃん!」
「あ、ちょ、おい!」
俺から離れてミウが四足状態で駆けていった。獣人は本気を出す時によくあの走り方を見せる。二足歩行で走るよりもあの姿勢の方が速いからだ。
仕方ない。俺はミウの後を追いかけた。もう止める気はない。とにかくついて行こう。何かと間違ってる可能性が高いが、間違いなら間違いで判ってくれるだろう。
「あったにゃん! ご主人様あったにゃん!」
「……いや、マジかよ」
ミウの勘違いだと、思っていたんだけどな。それから数分でミウが立ち止まり、俺を振り返ると胸を張ってそれを示した。
森の中の地面の一部。それが大きく盛り上がり大きな口を開けていた。これは……異世界ではよく見かけた光景だが、この地球じゃありえない。
盛り上がったそれは人が入れるぐらいの穴をポッカリと開けて、何かを誘うようにそこに鎮座している。入り口は地下に向けて掘り進められていた。自然にできたものではなく明らかになにかの意志が感じられるものだ。
どういうことかと言えばそれが明らかにダンジョンだということだ。
しかし異世界では散々見たが、まさかこの地球でこれを見ることになるとは――
「ご主人様、どうにゃん!」
「え?」
「え? じゃねぇよ。ミウがわざわざこうして見つけてやったんだからお礼ぐらい言ってやったらどうだ?」
「あ、あぁそうだな」
ワクワクした顔を見せるミウ。尻尾が機嫌良さげに動いていた。耳も立っていて顔からして褒めて褒めてと言った様相だ。
あぁ畜生可愛いなこいつ!
「よくやったミウ」
「はうん、ご主人様に撫でられるの久しぶりにゃん……」
頭を撫でてやるととろけるような顔をミウは見せた。本当こいつ頭を撫でられるのが好きなんだな。
さと、それはそれとして――
「やっぱり放ってはおけないよなぁ……」
俺は地球に突如出現したダンジョンを見やりながら呟いた。
異世界ではこの手のダンジョンは野良ダンジョンと呼ばれていた。ダンジョンには昔から存在する固定型のダンジョンと突然出現する野良ダンジョンとがある。
そのうち、固定ダンジョンは中にお宝が眠ってる場合が多く、冒険者も目を輝かせていたもんだが、野良ダンジョンは悪意の方が大きく、放って置くとどんどん成長し脅威度が上がっていく。
尤もこれも異世界に存在する魔素があってのこと。地球には全くないわけではないが魔素は薄い。魔素が薄ければその分ダンジョンの成長も遅くなるし、すぐにでも脅威になるってことはないかもだけど、もしあのゴブリンがこのダンジョンから生み出されたのだとしたら一般人にとっては十分驚異になる。
俺だからゴブリン程度余裕だが、こっちだとある程度腕に覚えのある人間が武器を持ってようやくといったところだろう。しかも1匹が相手の場合だ。
ゴブリンは基本グループを組んで行動するのでそうなると一般人ではどうしようもない。
そんなのが数匹でもダンジョンから現れたら小さな村でも、いや小さな村だからこそパニックになりえる。
「仕方ない。ちょっと俺が潜ってくるよ」
「それならミウも一緒にいくにゃん」
「え? いやでも、ゴブリンが潜んでる可能性が高いぞ? 大丈夫か?」
何せさっきすでに2匹みてるしな。あれはこのダンジョンから出てきたと考えるのが妥当だろう。
「ご主人様が一緒なら大丈夫にゃん」
「俺が一緒だと? 一人だと怖いだけで他に誰かがいれば大丈夫ってことか?」
「……それは、ご主人様だから大丈夫にゃん!」
「……?」
ちょっと言ってる意味がわからなかったな。何故かジェリーがまた、これだから童貞はちゅ~、とかいい出してちょっとカチンときたけど。
でも、確かに向こうでは俺が鍛えてあげてからはゴブリン相手でも戦えていた筈だ。
今はてっきりかつての恐怖がぶり返しているのかと思ったけど。
とにかく、まともに戦えればゴブリン如きにミウが遅れを取ることがないもの確かだ。
「判った。一緒に行こう。だけど勝手には動かないでくれよ。しばらくは俺から離れないようにな」
「わかったにゃん!」
そんなわけで俺たちはダンジョンに潜ったわけだが。
「いや、確かに離れるなとは言ったけど、ちょっとくっつきすぎじゃないか?」
「そんなことないにゃん♪」
ミウは俺の肘に腕を絡ませて横に並んで歩いてきている。わりとこれ動きにくいんだが……それにそんなに押し付けてきたら感触が……。
「幸せにゃん……」
「ミウのやつまるで発情期の猫だちゅ~」
「いいにゃん、ご主人様と一緒ならいつでも発情期にゃん♪」
「な、お前は冗談でもそういうこと言うなって!」
実年齢は24歳でも心は精々18歳なんだから! 無駄に焦るだろう!
「……本気で言ってるのにゃん……」
「気を引き締めろ! 出てきたぞ!」
「ギャギャ!」
「ギィギィ!」
「ギャーギャー」
ゴブリンが出てきたな。今度は3匹だ。やっぱりここはゴブリン満載のダンジョンだったか。
「ミウ、行けそうか? 無理そうなら……」
「大丈夫にゃん! ご主人様との甘い時を邪魔するなんて許せないにゃん!」
「「「ギャギャギーーーー!」」」
……3匹のゴブリンはミウにあっさりと刈られた。ちなみにミウは俺が教えた格闘術で戦っている。
獣人は身体能力が高いから徒手空拳が向いてると思ったんだ。それにミウは爪をある程度伸ばせるし切れ味も鋭い。
今もなにか南の星的な動きでゴブリンを輪切りにしてしまった。なんでさっきあんなにビビってたのか本当に謎だ。
それにしても、何か今甘いがどうとか言ってたな。きっと甘いものが欲しくなったんだろう。ミウはスイーツとか好きだったから。
「ミウ、あとで甘い物でも買ってやるぞ」
「ご主人様がにゃん!? 嬉しいにゃん!」
甘いものでこんなに声を弾ませるなんて、やっぱミウもまだまだ子どもだな。
「食い違ってるはずなのに何故か話が噛み合ってるような気がするちゅ~」
ジェリーがおかしな事を言ってるぞ。
とりあえず、倒したゴブリンだが、やはり消えた。異世界では普通に死体がのこったんだが。
何故か消え失せて魔石だけが残されるようだ。
とにかく魔石は回収する。異世界で手に入れたアイテムボックスの魔法があるからそれを使う。
便利な魔法だが魔素が薄いからあまり入れると俺の保有魔力に余裕がなくなる、はずなんだが……。
「ところでここ、魔素が濃いよな?」
「そういえばどこか体が軽いにゃん」
「俺もここでなら魔法が使えそうだちゅ~」
やはりか。このダンジョンは外より大気中の魔素が多い。ミウは魔法が使えないが、それでも普段から馴染んでる魔素が極端に薄ければ身体能力にもある程度影響する。
俺みたいに氣でも使えればいいんだけどな。向こうでは魔法が使えなくても少ない魔素を生命力と合わせることで強力なパワーを生み出す技があってミウもそれが使えたけどあれも魔素ありきだったからな。
とにかく、俺たちはそのまま先を急いだ。途中、弓持ちのゴブリンとか剣持ちとか出てきたけど、ミウとジェリーだけで十分相手になった。とはいえだ。
「サンダーボルト!」
「「「「グギャーーーー!」」」」
うん、俺も魔法を使ってみたが、やはり魔素が多いと魔法の威力が違う。サンダーボルトは雷系の基本的な魔法の一つなのだが、それでもゴブリン4匹が纏めて黒焦げになった。地上ではこうはいかない。
こうして俺たちは魔石をしっかり回収しながら更に下へと進んでいくが、そんなにダンジョンの規模は大きくなかった。
尤もこれが何層にも及ぶダンジョンだったらどうしようって話だけど。その場合、ミウにはどこかで待っててもらって俺がペースを早めて日が落ちるまでに攻略したところだ。
だけど実際は浅層、地下3層ぐらいかな? その程度のダンジョンでしかなかったわけだが。
「ゴブオオオォオォオオォオオォオオ!」
しかしそこにはダンジョンを守るボスがいた。ゴブリンロードだ――