第五話 凱旋勇者と猫耳
「……久しぶりだな母さん――」
美少女に勘違いされ、妙な現象に見舞われた俺。気が滅入って家に帰ろうかと思ったがその前に母さんの墓に立ち寄った。
お墓は村が見下ろせる丘の上に立てられている。母さんが好きだった場所だ。そのため爺ちゃんが母さんの事を思ってここに決めた。
「母さん、8年も顔を見せることが出来なくてごめんな。俺も色々あったんだ。信じられるか? 何か俺、気がついたら異世界に召喚されててさ――」
母さんに向けて手を合わせた後、俺は異世界に召喚されたこと、それから今までどう過ごしてきたかを語った。
母さんは底抜けに明るくて、それでいて全てを包み込むような愛情深い人だった。そんな母さんなら、もし生きていたら俺の話を茶化すようなこともなく真剣に聞いてくれて、そして受け入れてくれただろうな。
そんなことを思いながら、俺はしばらく黙祷を捧げたわけだが――
『ふ、フニャアアアァアァアアアア!』
ふと、そんな悲鳴が背後に広がってる森の中から聞こえてきた。それにしても、何だ? 一見猫の悲鳴のようでもあるが、正直この声そのものは、普通に考えたならここでは絶対聞けないもののはずだ。
とにかく、俺はすぐに現場に向かう。悲鳴は結構奥の方から聞こえた気がするな。
『おいミウ! お前ならこんなの楽勝だろ! とっとと倒せちゅ~!』
『だ、駄目にゃ、ゴブリンだけは、駄目なんにゃ!』
『でもお前、前は倒せていたちゅ~!』
『そ、それはあの人がいたからにゃ!』
『グギ! グギョギョギョ!』
『ギャギャ! ギャ!』
……おいおい、どういう状況だこれ? なんでこんなモンスター――ゴブリンなんかがこんなとこにいるんだよ! それに――
『ミウ! なんでお前がこんなところにいるんだよ!』
『ふぇ、あ、あぁあああああ! ご主人様にゃーーーー!』
『うん? おいおいマジかよ! 勇者じゃねぇか! 丁度良かった、とっとこいつらをどうにかするちゅ~!』
マジか……俺の目の前に広がっているのはあまりに信じられない光景だ。
なんで彼女とこの生意気なネズミがこんなところにいるんだよ……しかもなんでゴブリンに襲われているんだよ――
『あぁ、ご主人様、やっとあえ』
『ギャギャ!』
『ふにゃ~~~~!』
目をうるうるさせてこっちを見てくるミウだったが、ゴブリンに威嚇され、頭を抑え屈み込んでしまった。
あいつは過去に色々あってゴブリンが苦手だったな。でも一時とはいえ俺達と一緒に旅をして解消されたかと思ったんだけど。
とにかく、見過ごしてはおけないな。ゴブリンも今にも襲いかかりそうだし。
「全く、いくらゴブリンがどこにでも現れると言われてるからって、こんなところにまで出張してきてんじゃねぇ!」
『『グギャーーーーーー!』』
接近して思いっきり殴りつけたら2匹まとめて砕け散った。ふぅ、ゴブリンが大して強くないのは向こうと一緒だったな。
それにしても、妙だな……俺が倒したゴブリンはそのまま粒子のようになって消え去ってしまった。後には魔石だけが残されていた。まるでゲームみたいだ。こんなこと少なくとも向こうではなかったことだが……。
『おい、大丈夫かミウ――』
『ご主人様にゃーーーーーー!』
ゴブリンを倒し、彼女を振り返るとすごい勢いで迫ってきて俺に抱きついてきた。
そして俺の体に顔を寄せ頬を擦り寄せてくる。
『お、おい、ちょっと離れろって!』
『にゃ~久しぶりのご主人様の匂いにゃ~』
『だから!』
俺はミウの肩を押さえ、そのまま引き剥がした。ミウはキョトンとした顔を見せる。
大きな赤瞳が特徴な女の子だ。そして、獣人だ。頭の猫耳とおしりから出ている尻尾が如実にそれを証明している。
そして、当然そんな人間はこの地球上には存在しない。同時に彼女は異世界で知り合った獣人でもある。
『ご主人様、会いたかったにゃ~』
目をうるうるさせてミウが訴えてきた。はぁ、それにしても何だって彼女が。
ミウは俺が異世界で知り合った獣人だ。元々は闇で裏取引された奴隷だった少女だ。異世界では俺が召喚された時、王国では奴隷の売買は禁止されていたがお隣の帝国は奴隷売買が認められていたので王国で攫った奴隷を帝国で売るような商人がいた。
女王に頼まれて俺はその商人の証拠を掴んで捕まえようと動いたんだが、そこで帝国に向かう途中でゴブリンに襲われてた闇商人と彼女を見つけた。
俺が助けはしたが、そんなこともあってミウはゴブリンにちょっとしたトラウマを抱えている。勿論ひどい目に合う前に助けはしたんだが、かなりの数がいたからな。
商人が帝国に連れて行こうとした奴隷は何人かいたが、その中で特にミウは俺に恩義を感じていたらしく、結局しばらく旅に付き添わせる形になった。
俺もミウに頼まれて戦い方を教えたりしたが、それでも最後の魔王戦につれていくには危険と判断し、彼女を獣人達の暮らす町に残して俺と仲間は魔王城に向かい、その後はまぁ色々あって俺は地球に帰ってきたんだが……。
『全く、ミウは相変わらずだな。そのご主人様呼びも直ってない」
『仕方ないだろう。ミウは奴隷として売り飛ばされそうになり、そのために厳しく仕込まれたからな。助けてもらった勇者をご主人様と慕ってもおかしくないちゅ~』
まぁそういうことなんだよな。しかしこいつの言い方は妙に卑猥だな。
『ちなみに仕込まれたと言っても処女は金になるってことでミウは勿論未経験ちゅー』
『はわ! はわわ! 何言ってるみゃー!』
『ぐぇ! ちょ、ちょっと待て! そんなに力を込めて握るな! 飛び出る、飛び出るちゅー!』
俺も別にそれ聞いてないんだけどな……それにしてもジェリーは相変わらずだ。白ネズミのジェリーは俺がミウを助けた時から彼女と一緒にいた。
猫とネズミというのも奇妙な組み合わせだが、ジェリーみたいに喋るネズミは向こうでも珍しくそれでミウと一緒に売り物として捕まっていたわけだが、その時にミウと意気投合して仲良くなったらしい。
ちなみにジェリーはこれでも由緒ある使徒の一人というか一匹と言うかそんな感じの血統らしい。もっとも何千年前にもなる先祖がそうだったという話で本当か嘘かもわからないけど。
『それにしてもミウ、お前ゴブリンはもう平気だったはずじゃなかったか?』
『そ、それは……』
『はぁ、馬鹿だなお前。そんなんだからいつまでたっても童貞なんだちゅ~』
『は、はぁ!? いやそれと俺が童貞とか関係ないだろう!』
『童貞、ご、ご主人様は童貞……』
いや、そこは復唱しなくていいから! いやしかし相変わらずジェリーは口が悪い。
全く大体こんな会話人に聞かれたら……いや、大丈夫か。何せさっきから俺たちは異世界の言語で話している。
当然だけどこの2人というべきなのか? とにかく異世界から来ている以上、日本語なんてわかるわけないからな。
『はぁ、とりあえずゴブリンのことは一旦置いておくにしてもだ。ミウとジェリーはなんでこんなところに?』
『それが、私にもわからないんだにゃ~』
『わからない?』
『あぁ。何せお前が勝手に故郷に帰ってしまうもんだから、それを知ったミウは悲しんで悲しんで夜なんて毎晩枕を涙で濡らしていたぐらいなんだちゅーお前は酷いやつちゅー』
ぐっ、そう聞くとなんとも罪悪感が。確かに俺はミウには一言も告げなかった。ミウは獣人の町に置いて町の人達に任せて勝手に魔王城に向かってしまったから、俺も負い目を感じていたのかも知れない。
だけど、あの時ミウがついてきていたとしても、厳しいようだが戦いの役に立つとは思えなかった。それぐらい皆との力の差はあったし、そんな状況で無理矢理連れて行っても本人が1番惨めな思いをするだけだ。
それでも普通に説得したところでミウが納得するとも思えなかったからな。だから俺たちは町に置いていくことに決めたんだ。
無理して死なれでもしたら寝覚めが悪すぎだし、俺たちにとってミウが大切な仲間だったことは確かだからだ。
……まぁ今思い返してみれば、死なない確率の方が高かった気もしないでもないが、あの時はそう思っていたんだ。
『とにかくあまりに暗いんで、そんなうじうじ悩まれても迷惑だってこのジェリーが言ってやったちゅーそれで無理やり尻を蹴って冒険者ギルドで働かせたちゅー』
『驚いた、お前結構スパルタだったんだな?』
『当然ちゅー。何せそうでもしないと俺が餌にありつけないからな!』
『自分のためかよ!』
全く、そんなこったろうとは思ったけどな。
『それでミウはギルドで働いていたのか?』
『はい! ご主人様から教わったことを思い出して、それを活かして働きましたにゃん。ご主人様が行ってしまった辛さを忘れるためにゃん』
ぐさっときた! 何か今になって思うと申し訳ない気持ちで一杯になる。
『さっきもギルドの依頼で商人の護衛を終えたところだったにゃん。でも、その帰りにゃん、何か穴に落ちたにゃん』
『あ、穴?』
『そうにゃん……そして気がついたらここにいて、ご、ご主人様に再会できたにゃん!』
『ば、馬鹿! だから飛びつくなって!』
こいつは、最初に助けた時はまだ13歳だったけど2年一緒にいるうちにだんだん成長してきてたからな……ユレールやアネーゴほどじゃないけど、胸もそれなりに出てきてる。
それに、首筋辺りまで伸びたきつね色の髪はゆるふわで、赤色の瞳はルビーを思わせる綺麗さで、端的に言えば美少女だ。おまけに猫耳だ。2次元の世界から飛び出してきたような存在。それがミウだ。
『と、とにかくだ。どういう理由でここまでこれたかわからないけど、帰る方法を探さないとな』
『え?』
再び彼女の体を押して少しだけ距離を置き、ミウに告げた。
すると目をパチクリさせて、ひどく悲しい顔になる。やめてその顔、心が、心が痛くなる!
『勇者、お前は酷いやつだな。半分獣だからってそこまでのけものにしなくてもいいだろ?』
『いや、別にそういうつもりじゃ』
『ご主人様はミウのことがもう嫌いなの? ミウがいたら迷惑にゃん?』
『いやいや勘違いするなって。ミウが嫌いなんてあるわけないだろ! お前は俺の大切な仲間だ!』
『嬉しいニャン!』
『いや、だから抱きつくなって! とにかくそういう問題じゃないんだって。ミウには話したことあると思うけど、俺はもともとミウのいた世界の生まれじゃないんだ』
『覚えてるにゃん』
『それでだ。ここはその俺が生まれた世界なんだ。つまりミウのいた世界とは異なるんだよ』
『……なんとなくそんな気はしてたにゃん。でも、それが嬉しいにゃん! ご主人様の故郷にこれるなんて……光栄にゃん!』
くっ、だからそういう問題じゃないんだが、しかしこれ以上どう説明すればいいのか。
ミウは覗き込むような目で俺をじっと見てきている。
あ~! もうどうすればいいんだよ!
『……匂うにゃん』
え!? まじで! 嘘だろ? 昨日ちゃんと風呂入ったよな?
『そうにゃん! これは、ダンジョンの匂いにゃん!』
……は?