第四話 凱旋勇者と美少女との出会い
村役場を出て俺は帰路についた。田んぼばかりが目立つ村で、帰り道もほぼ畦道だ。
ただ、そんな中でも一応住宅街っぽい通りもある。バスも本数は少ないけど村内を巡回しているのと、村を出て近くの町|(車で片道二時間)に向かう路線も一日数本出ている。
まぁとにかくだ、歩いているとちょっとした河原を発見。時間は既に午後4時を過ぎている。河原で遊ぶ子どもの姿もちらほら見えるな。
う~ん、それにしてもなんだろな。妙に懐かしい気分だ。幼い頃の何年間か、この村で過ごしたことがあるからだろうか?
あの時はまだ幼稚園ぐらいだったよな……なのに爺ちゃん、俺を徹底的に扱きやがって。
その事があって、引っ越してからはしばらく村には近づかなくなったんだったな。尤もそしたら今度は爺ちゃんの方からやってきてやはり徹底的に扱かれたんだけど。
でも、よく考えてみたらそれがあったから異世界でも無事やっていけたのかもしれないな。剣術もいきなり向こうの騎士団長にお墨付きを貰ったほどだし。
そういう意味では感謝すべきなのか。四天王に脳筋とか言われたけどな!
魔王、なんとなく思い出す。アレは強かった。だけど妙に楽しかった。あんな感覚は地球じゃ中々味わえないだろう。命がけの戦い、何度も死を覚悟したギリギリの勝負――きっとあの今日死ぬかもしれないって感覚は、こっちの世界じゃ二度と味わえ――
「ゆ、勇士――」
うん? 何かふと、涼やかな声が俺の背中を打った。振り返ると――そこには、ハッ、とするような美少女の姿。
上背は俺の胸ぐらいだろうか? 比較的小柄な方で、栗色の健康的な髪の毛は肩まで伸びている。ところどころ外側に跳ねているが、それが彼女のチャーミングさをより一層強調しているようでもあった。
アーモンド型の瞳は若干性格がキツそうにも感じられるが、目鼻立ちは整っており、少々物足りない胸を除けば見た目に関しては完璧だろう。
ミニスカートからスラリと伸びた美脚も素晴らしい。
だが――こんな美少女に声を掛けられたのは正直うれしいが、俺は彼女を知らない。というよりも初対面だ。
だが、彼女は今俺の名前を呼んだ。と、いうことは少なくとも彼女は俺を知っているという事でもあり――
「ひ、久しぶりだね――」
久しぶり?
何という神のいたずらか。ここでまた俺にとっての難題が降り注ぐ。久しぶりという事はつまり、俺と彼女は以前どこかで会っている、しかもお互いに認識があるレベルでという事になる。
はにかみながら俺を見てくるその姿は非常に可愛らしいが、男なら誰もがグッときそうなこのシチュエーションにおいて俺の頭の中はいささかパニック状態だ。
大体俺はこれまでだって女の子との付き合いがまるでない。一応異世界では仲間に巨乳の神官や飲んだくれの女魔法使いがいたが、あれは正直ノーカウントといって良いだろ。
なんかふたりとも姉や妹って感じだったし。そんなわけで、俺はこの状況を乗り越える術に関しては経験もレベルも圧倒的に足りないと言って良い。どうする俺! 考えろ! 折角こんな美少女が声を掛けてくれたんだ。何か、何か気の利いたセリフの一つぐらい!
「え、え~と、ご、ごめん、ど、どちらさんだっけ?」
だが、そんな思考とは裏腹に、俺の口から出たセリフは何の配慮も心遣いも感じられない。これだけは言っちゃ駄目だよなぁと思えるワースト一位のワードであった。
しかも自分でも恥ずかしくなるぐらいにキョドりながら!
「あ! いやごめん! 全然記憶にないのは確かにそうなんだけど――」
「こ……」
次から次へと藪蛇になりそうな言葉が飛び出てきて自分でも嫌になるが、するとその美少女がうつむき、何かを呟いた。
うん? なんだ? 何か周囲が若干暗くなったようだ――と、いうか、な、なんだこの殺気!
どうなってる! 地球の現代日本でこんな殺気ありえない。そう、こんなの四天王や下手したら魔王クラスの――そんな、まさか日本にそんな危険な存在が!?
「ちょ、君、何が何だかわからないかもしれないけど、いますぐここをはな――」
「ココココココココッ、コノッ!」
「て、へ?」
その時、俺のすぐ近くの地面が爆ぜた。土塊が舞い上がり、そして何やら恐ろしい力の集束を感じ取り――
「このっ! 馬鹿ァアアアアアァアアアァアアアアァアアアァアア!」
その瞬間、俺の視界が白に染まった。とんでもない衝撃が全身を打ち抜き、俺の身が地面の中へと沈み込み、そして周囲が激しく爆散し――
うん、さっき俺、今日死ぬかもしれないと思えるような感覚は二度と味わえないかもしれないなんて考えたりしたけど、前言撤回、俺、今日死ぬわ――
「あんれまぁ、こんなとこにこっだらばでっかさ穴出来て、あんたが掘ったのかい?」
「いやいや婆さん。これはあれや、隕石っちゅうもんや。きっと隕石が落ちて、クレーター言うものが出来たんだべさ~」
「あんれまぁ、隕石かぁそれは大変なこってぇ。わっぱ、大丈夫が~? いぎでるが~?」
「……はい、なんとか」
「そうか~い」
そして俺に声を掛けてくれた爺さんと婆さんはそのまま歩いてどっかへ行ってしまった。
うん、まぁそうだな。俺、生きてる。俺、生きてる!
とりあえず立ち上がって、体の反応を試すが、特に痛みはなかった。
本当一瞬死んだかと思ったけど、意外と平気だったな。
それにしても、結構なクレーターが出来たな。これみて、よく無視できたなあの2人。まぁ田舎ってそんなもんか。のんびりしてるし。
それにしても、これ、やっぱあの女がやったのか? それとも何かの偶然が重なったのか?
……後者だろうな。あんな華奢な女の子にこんなパワーがでるわけないし。
でも、何かすげー切れられたな。やっぱもっと言葉選ぶべきだったか。怒らせちゃったんだろうな。
ま、もう二度と会うことはないんだろうな。大体よく考えたら、俺とあの美少女が知り合いなわけがない。
何せ俺は異世界にいた影響で、8年間地球にいなかったことになる。彼女は見た目高校生ぐらいだから、どう見積もっても年齢は16から18歳。8年前にであっていたとしても8~10歳程度だったことになるが、8年前にそんな知り合いはいないしそもそも8年前はこの村にいない。
俺がこの村にいたのは確か4歳か5歳の時の1年程度だし、その時期はきっとあの子は生まれてもいないだろう。
つまり俺とあの子に接点などあるわけがなく、とどのつまり――
「ただの勘違いって事だよな……」
遠い目で独りごちた。ふぅ、そう思うと何か色々と疲れがどっと出てきたな。
もう帰ろ――
◇◆◇
一方、その頃。東西を含めた村内で唯一の自治会館内で、ふたつの村の今後を担う重要な協議が開始されていた。
「え~それではこれより、西麻奥村と東勇紗村の合併化に関する協議を進めていきたいと思います。議長は公平を期すため、この私、勇麻学園校長の出雲 康平が務めさせて頂きます。先ず手元の資料の一頁目を――」
「異議ありじゃ!」
東勇紗村の村長、白木 武勇が開始早々手を上げた。それを認めた康平があからさまに嫌そうに顔を歪めた。
「……はぁ、なんでしょうか白木村長」
「うむ、この資料には一つ誤りがある! 東勇紗村の人口が2500人とあるが、正確には2501人じゃ! 訂正するように!」
「……いや、そんな一人ぐらい誤差の範囲内では?」
呆れたように返す康平だが、ギロリと白木村長に睨まれ鼻白む。
「馬鹿言うでない! 良いか? 資料によるとこれまではわしの村もそこのババァの村も」
「村長、そこは名前でお呼びください。せめて黒野村長と――」
対面側に座っていた黒髪の老女が睨みを聞かせてきたので、康平が慌てた。
「ふん、とにかくじゃ、その黒野の村とわしの村が同じ2500人という事になっとるがな! 今回孫がこの村に住民票を移したおかげで2501人に、つまり! そのババァの村より一人多くなったのじゃ! これは重要じゃぞ! 議長にはそこのところもしっかり判断してもらわんとな」
「いや、ですからババァと言わないでって! あ、いや、今のはちが、と、とにかくお互いにちゃんと敬意を払ってお願いします」
「こんなクソジジィに敬意? 冗談じゃないねぇ」
あぁまた、と康平は頭を抱えた。どうやらふたりが揉めるのは今に始まったことでもなさそうだ。
「大体、たかが一人増えたぐらいで偉そうに。あぁそれと康平さん。この資料私の方にも間違いがあるよ。うちにも一人増えたからね。孫娘としばらく一緒に暮らすことになったのさ。きちんと訂正しておいてほしいねぇ」
そのわりにあんたも一人増えたことに拘ってるだろ、と康平は思ったが口にはしなかった。
「な、なんだと! お前! さてはわしの情報を掴んでやり方をパクったな! この卑怯者のごうつくババァが!」
「馬鹿言ってんじゃないよ! うちの孫娘が村で暮らすのは一ヶ月前から決まってた事だよ! あんたの方こそ、どうせコソコソと嗅ぎ回ってうちがひとり増えるという情報を手にしたんだろさ。本当に人間の小さいジジィだよ」
「な、誰が小さいじゃ! お前の方こそストーカーまがいの事をして調べたんじゃろ! 昔から粘着質だったからなお前も!」
「何をいうんだいこの偏屈ジジィが!」
「お前こそいい加減その口を閉じろこのごうつくババァが!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください2人とも。これから2つの村が合併して、仲良くやっていかないといけないんですから……」
「は? ふざけるな! だれがこんなババァが村長やってる村となんざ合併するか!」
「冗談は顔だけにして欲しいねぇ。こんなジジィが村長をやってる村と合併? 冗談じゃないよ!」
『それはこっちの台詞だ! だれがこんな村と合併なんてするか!』
こうして協議、そう実に98回目となる村長同士の合併協議はまたも決裂に終わるのであった――
「はぁ、全くもう。これでは何度も協議を開く意味がありませんよ白木村長」
「ふん! だから何度でも言っておるじゃろが! こんな協議開くだけ無駄じゃと! わしは首を縦にふる気などないのだからな!」
白木村長が不機嫌そうに語気を強める。その様子に校長が困り果てたように眉を落とした。康平はこの村唯一の学園を任されてる校長だ。だが、同時に東西それぞれの村のパイプ役としても活動し続けてきた。だからこそ、それぞれの村への想いも深い。
「黒野村長も同じことを言ってましたよ。でもね、もう限界なんですよ。村の人口は年々減少し財源も減る一方。このまま無理しても共倒れになるだけです。ですが、今ならまだ合併することで町になるための最低条件である5千人に達することが出来ます。村から町になれば市からの補助金も期待できますし、対外的にアピールする材料にもなるのです。役場も町役場一つで済めば利便性も増します。正直悪い話ではない筈ですよ?」
「……ふん、わしは惑わされんぞ! 大体そんな一時しのぎで延命したところで抜本に繋がらんわい」
「ですが、例え延命でも生き残ることが出来れば、新たな道が開けるかもしれません。それに――県絡みのこともあります。正直合併をしたとしてもあの件を覆せるかわからないのですよ? なのにそれすらこんな難航するようでは……」
康平がため息混じりに語る。それはまるで忠告のようでもあるが――
「それなら安心せい」
え? と康平が目を丸くさせた。すると白木村長が彼を振り返り、ニカッと年齢を感じさせない健康的な歯を覗かせた後。
「わしが何の解決策も講ずること無く、ただ反対とだけ言っていると思ったか? 大丈夫じゃ。合併なんてせんでもこの問題を解決する手をとっくに思いついておるからのう」
そう言って、一人悪そうな笑みを浮かべるのだった――