第三話 凱旋勇者、村に移住が決まる!
「……ふぅ、結局一ヶ月もいてしまった――」
俺が半ば強制的に爺ちゃんの故郷である東勇紗村につれてこられたから、気がつけばもうそんなに経ってしまっていた。
東勇紗村――人口2500人の長閑な村。険阻な山に囲まれた盆地であり、外から村に繋がる為の道路が一本しかないという今時珍しいぐらいの辺鄙な村だ。ある意味陸の孤島と言って差し支えない場所であり、それを利用して砦を築かれたこともあるとか。
そんな小さな村の村長を務めるのが俺の爺ちゃんなわけだが――今日はその爺ちゃんに呼ばれ、村役場まで赴くことになった。
小さな村だが一応は2階建ての役場が存在する。見た目はなんか下宿っぽいけど。そして俺は村役場の村長室に直接向かい扉を開けた。
「おう来たか孫」
「孫って、勇士って名前があるんだからさ」
「判った判った細かいこと気にしていたらハゲるぞ」
ハゲねぇよ! うちは家系的にそういうことないだろ!
まぁいいか。それにしても役場の村長室だっていうのに部屋がすごく和風だ。畳部屋だしちゃぶ台があるし鎧武者に掛け軸に日本刀まで壁に掛かっていて、鹿威しまで設置されている。自由か!
「とにかく勇、お前を呼んだのは他でもない。今日で大体の手続きが終了したからな。その報告だ」
「大体の手続き?」
「うむ、秘書夜ちゃんいるかな?」
「はい、こちらに」
うぉ! なんか壁がぐるりと回転して中から知的美人が登場した! いや知ってるけどね。なぜか爺ちゃんの秘書を長年勤めている貴多野 秘書夜さんだ。冗談みたいに思える名前だけど本名なんだよなこれ。
28歳で独身という話だが、何を好き好んでこんな爺ちゃんの秘書をやっているんだか……。
ただ、話によると爺ちゃんが最高師範として君臨している八岐流龍剣術の門下生で師範代を任されるほどの腕前でもあるんだとか。
竜剣術はあれでかなりの実戦型だからね。ちなみに剣とは付いてるけど素手での護身術なんかも教えている。
だから女性だからと舐めて掛かると間違いなく返り討ちに合うな。全くそんな気はないけど。
「ところで孫の件は済んどるかのう?」
「はい、住民票の変更も含めて全て終えております」
「うむ、流石に仕事が早いのう」
「え? ちょ、ちょっと待て! 何その住民票の変更って!」
「うん? 当然じゃろう。勇士は見た目こそ高校生と変わらんが実年齢は二四歳。成人を迎えた立派な大人じゃ。それなのに住所不定というわけにもいくまい」
「いやいや! だからってどうしてここに!? 元の町に戻るって選択肢だって――」
「そんなものはない! 少なくともお前には3年間はこの村にいてもらう!」
言い切られた! もう決定事項みたいになってるよ何これ!? 俺、精々一週間程度とふんでたのに!
「な、なんで3年間なんだよ……」
「うむ、それはな、卒業までに3年は掛かるからじゃ」
「……卒業? 何の?」
「無論、高校じゃ」
「えぇえええええええぇえええええええ!?」
今日一驚いたぞ! なんだ高校って。
「爺ちゃん判ってるのか? 俺はもう二四歳だぞ」
「そんな事は判っておる。しかしお前、16歳で行方不明なってから高校でとらんじゃろ? ろくな青春だって送っておらん。それが不憫でな。だからわしがなんとかしておいた。心置きなく高校に通うが良い」
「……本気なのか?」
「無論、冗談でこんな事いうわけあるかバカモン」
半目状態で確認するが、どうやら意思は固いようだ。俺に相談もなく独断専行するあたり、この爺ちゃんらしい。思えば修行を付けてもらったときも俺の意思なんて関係がなかった。
「はぁ~~~~まさかまた高校生をやることになるなんて……」
「何、見た目は以前とかわっておらんのじゃから問題ないわい。それはそれとしてじゃ――あれから一ヶ月たった。もう、そろそろいいじゃろう」
「うん? いいって何がだ?」
正座をし、爺ちゃんが真剣な眼差しを俺に向けてくる。何だろう? 真面目な話だろうか?
「……で、本当のところはどうなのじゃ? お前8年もの間、一体どこに行っておった?」
その質問を受けた時、きっと俺の眼は歪みの全く感じられないまんまるだった事だろう。
そして、少しがっかり来た。爺ちゃんだけはそんな事は気にしないでいてくれたと思ったんだけどな。
「……そんなもの公安で何度も答えたよ。記憶喪失で――」
「それは嘘だろう? あまりわしを舐めるな勇士」
「…………」
爺ちゃんの目を見る。全て判っているんだぞとでもいいたげなその瞳が、逆に腹が立った。
確かに、俺は嘘をついている。それは確かだ。でもだからといって――
「なんだよ、もしかして爺ちゃんまで俺がスパイとしてやってきたと思っているのか? だから組織とやらが狙ってると思ってたのかよ?」
ここに来る前に妙なのに襲われたのは確かだ。村に来てからは怪しい奴らに狙われるようなこともなくなったけどな。
とは言え、もし爺ちゃんも俺をそういう風に見てたらと思うと嫌になり、自嘲気味に口にした。だが――
「お前がスパイ? 勇士が? ぶわっはっはっはっはっは! それは笑わせてくれる。お前にスパイなど、無理に決まっておるだろう。全くわしを公安の小童どもと一緒にするな。全くあいつらは見当違いすぎて臍で茶を沸かしそうになったぐらいじゃというのに」
この反応に、俺は少なからず動揺した。だったら何故、こんな質問をしてくるのか?
「随分な言い草だな」
「だけど事実じゃろう? 大体お前は顔によく出るからな。嘘か本当かぐらいすぐにわかる。スパイなど絶対に任せておけないタイプじゃよ」
え? 本当に? いやいやそんなバカな。向こうの世界でもクールでも通していたし、あ、でもそういえば向こうのカジノのカードゲームでは一度も勝てたことがなかったような……。
『勇者よ、お前は考えていることがすぐに読めるのだが、身体能力が遥かにそれを凌駕する。全く我より脳筋とは恐れ入った――グフッ』
うわぁああぁあ! 何か嫌なこと思い出した。そういえば確かにあいつ、四天王の中では最弱、的なアレが俺にそんな事を言っていた!
筋肉ムキムキなどうみても脳筋なアレに、そんな事を言われたのを! よりにもよって今思い出した!
「お前、さては何か思い出しておったな?」
「な、何も思い出してねぇし!」
なんなんだ爺ちゃん! するどすぎだろ!
「念の為言っておきますが、今のは村長が特別敏いのではなく、勇士くんが――」
「いいから! その先は言わなくてもいいから!」
本当、無駄に傷つくだけだからね!
「だ、だいたい記憶喪失でもないスパイでもない。だったら一体俺はどこにいっていたというつもりだよ?」
「うん? 異世界じゃろ?」
「……ふぇ?」
「だから、異世界、異なる世界。い・せ・か・い、であろう?」
な、ななななんばいっとっとこのジジィ!
いや、思わず九州弁が出てしまった。別に故郷じゃないけど!
「は、ははははははは、な、何を言っているのかなぁ? 嫌だなぁ爺ちゃんってばぁ、ボケチャッタノカナ~」
「いや、目が泳いどるし」
「本当わかりやすいですね」
う、うるせぇ! それよりそんな事を言い出してるほうが驚きだし密かに秘書夜さんも納得してるし!
「いやいやいや! おかしいだろう! 異世界なんて突拍子もない話、普通は出てこないだろ?」
「だが、事実じゃろ? ほれほれ、白状してすっきりするのじゃ」
「今なら正直に話せばお姉さんがいい事してあげますよ」
「不詳、白木 勇士、異世界から無事帰還いたしました!」
思わず立ち上がって敬礼のポーズで白状した。いやだって、年上の見た目エロい秘書にいいことって! 男なら! 男なら!
「そのいいこと後でわしもいいかのう?」
「どさくさに紛れて何いってんだジジィ(年考えろ)」
「お前こそ何を言っておる? いい事というのは耳かきの事じゃぞ?」
「…………ちっくしょーーーー!」
騙された! 青い性を弄ばれた! しかもこんなよく考えたらありきたりな罠に騙された!
「まぁそうがっかりするものではない。言っておくが秘書夜の耳かきは普通とはひと味もふた味も違う。癖になること請け合いじゃ。全く思い出しただけでもはぁ、はぁ、本当気持ちよくてふぉおおぉおおお!」
突然奇声をあげる爺ちゃんに白目を向ける。いや、ないわ~本当ないわ~。
「爺ちゃんが変態なのはともかく」
「お前結構酷いな!」
「ですが、間違ってはいません」
「秘書夜さんまで!」
「え~い! このままじゃ話が進まん! とにかく、どうして爺ちゃんは俺が異世界に行っていたと思うんだよ?」
「うむ、そうじゃな。秘書夜さん、アレをここに」
「はい――」
そして、秘書夜さんが随分と古びれた書物を持ってきて、俺の目の前においた。
「まずはそれを読んでみるが良い」
これを? 何か埃とか凄いんだが、吹いたらすげー埃舞ったし。
「ゴホッ! ゴホッ! 秘書夜さん、窓! 窓!」
いや、それ判ってるなら最初から窓をあけておいてくれよ。何はともあれ、俺はパラパラと書物をめくり黙読していくが。
『時はなんだか凄い戦国時代。なんだか凄い合戦があり、なんだか凄い武将の首を狙おうとなんだか凄い武士その名も勇心が挑みかかった。だがその瞬間、なんだか凄い光に包まれてなんだか凄い一瞬で武士はその場から消えてしまった。それから八年後、なんだか凄く久しぶりに勇心が戻ってきた。なんだかすごく長いこと見なかったがどこに行っていたのか? と聞いてみれば、なんだか凄いことを思い出すように、なんだか凄い天狗によって、なんだか凄い神隠しにあっていたと答えたという』
「どうじゃ?」
「うん、なんだか凄い胡散臭い」
心の底からそう思った。なんだこれ! 読んだ時間返せ!
「それはわしらの祖先であり、この八岐流龍剣術の始祖でもある、白木 勇心が書き残した書物じゃ。大変ありがたいものなのだぞ」
「……え? 祖先が勇心って名前だったの? いや、まぁそれはいいとして、自分で書いてるのに、どうして聞かれて答えたみたいな体になってるの? 意味がわかんないんだけど?」
「……男なら細かいことを気にするでないわーーーーーー!」
「えぇええぇええええぇええ!?」
あんたが見ろって言っておいてちょっと思った事を口にしたらそれかよ!
「とにかく、それは軽いジャブ、その先を読めばなぜわしがお前にそれを読ませたか判るはずだ」
この先ね……何か初っ端から期待の持てない文章な気がするけど、とにかく俺は頁を捲ってみたが――驚いた。確かに爺ちゃんの言うとおりだ。これは興味をもつなという方が無理だろう。
なぜなら、その先に綴られていたのは、勇心が実際に体験したという異世界の様子であり、それはまさに俺がついこの間まで経験していた異世界の様子に酷似していたからだ。
しかも、戻ってきてみたら8年経っていたという境遇まで一緒だ。
「これで判ったじゃろう? わしはお前が突然帰ってきた事を知りピーンと来たのじゃ。8年という空白の帰還の謎といい、ご先祖さまと全く同じじゃったからな」
そういうことか――でもそう考えると納得の出来ることもある。先ず向こうで伝わっていた勇者の技がなんとなく爺ちゃんから教わった龍剣術に似ていたという点。
そして鎧などの防具はなんとも異世界らしいというかファンタジーらしいというかそんな見た目だったのに、何故か勇者がかつて遺していったという剣だけは形状が刀で、名前もムランマッサ。
これって今思えば、村正の事だったんだなと気付かされる。いや当時から怪しいとは思っていたけど、この書物にもちゃんと村正を残してきたと書いているからね。
「まさか、こんな偶然が本当にあるなんてね」
「うむ、もしやとは思ったがな。それにしても孫が異世界にいくとはのう。それで、どうじゃった異世界は? お前、異世界で何をしてきたのだ?」
爺ちゃんが興味津々といった様子で前のめりになる。瞳がまるで少年のようにキラキラしていた。
秘書夜さんにしても、一見いつもどおりのクールさを保っているようで、よく見ると微妙にそわそわしている。
はぁ、仕方ない。でも、こうはっきりとバレてその上信じてもらえるというのも逆に嬉しいものだな。胸のつっかえが取れたと言うか。
だから俺は、ふたりに俺が異世界で経験した事を話して聞かせたのだが――
「うぉおおぉおおぉおおお! これは感動じゃ! 涙がとまらないのじゃ!」
「――はい、特にエルフの幼女が、命がけで勇士くんを助けるところなど、心を打たれてしまいます」
「いや、ちょっと待って秘書夜さん、そこちょっと違うよ」
何せ実際はエルフは死んでないし、そこまで命がけでもないしそもそも幼女でもない。話としてはただエルフの女性による、くぅ! 殺せ! という展開があったというだけだ。
「どちらにせよ、勇士が魔王を倒し異世界を救ったのは事実だな。うむ、立派ではないか。これはもう凱旋といってよいであろう!」
「はい、そうですね。勇士様は立派な凱旋勇者です」
「うむ! 凱旋勇者バンザイじゃ!」
「いや、恥ずかしいからやめてくれ。大体そこまで大したことをしたとも思っていないから」
「ふん、一丁前に謙遜しおって」
そうはいってもな。そもそも……思い返してみるとあの魔王との戦いは確かに熾烈を極めたけど、実は一人として死人は出ていない。
とんでもない大怪我を負ったというのもいないしな――いや、勿論魔王の計画の中には世界が崩壊しかねない大掛かりなものもあったんだけど。
でも、そういうのに限って、わりとわかりやすいところに自爆スイッチがあったりしたんだよな……本当漫画みたいなドクロマークのついたスイッチをリアルで見れる日が来るとは思ってもいなかった。
ま、終わったことを今更あれこれ考えても仕方ないけど、とにかく凱旋勇者扱いはやめてほしいね。
「とにかく、お前もそうやって世界の平和を守るために戦ってきたのだ。異世界とはいえのう。ならば、失った青春を取り戻しても誰も文句はあるまい? 何高校といってもこの村に唯一ある高校じゃ、気兼ねなんていらんからな」
結局最後は爺ちゃんがそんな事を言ってまとめてきた。秘書夜さんの話によると、どうやらこれから大事な協議会があり、それに出席しないといけないらしい。
小さな村でもそういった会議みたいなものはあるんだな。
「あぁそれと、高校の件じゃが、お前の年齢は16歳ということにしておいて貰うって事で話はついておるからのう。早速明日から頑張るのじゃぞ」
「……はい? いや、サラッとなにとんでもないことを! おい爺さん!」
だが、話を聞くこともなく結局そのまま爺さんは役場を出ていってしまった。
はぁ全く。もう一度高校生をやるってだけでも驚きだっていうのに――これからこの村で、どんな出来事が待っているのやら……。