第十五話 凱旋勇者、久しぶりに熱くなる
「それじゃあ6時限目も引き続き予定変更で合同体育の武術を行う」
「ちょっと待てぇええぇええい!」
思わず手を上げた。いやいや合同体育はもう決まってたことだからいいとして、流石にそれはわけがわからないぞ。
「なんだ勇士? お前ちょっと初日から騒がしいぞ」
「いやいや! だっておかしいでしょ! 体育で武術なんて聞いたことない! 百歩譲って柔道ならまだしも武術って!」
「別におかしくないぞ勇士」
「え?」
野球部なのに全然さっきの試合で活躍できてなかった鈴木が言った。
4番任されて得意満面だったんだけど掠りも出来ず相当落ち込んでたけど、立ち直り早いな。
「うちの学園には体育の教科は保険・体育・武術という3科目あるんだ。だからおかしくないのさ」
佐藤も追随する。至極普通な佐藤がわざわざこんな事を言うのだから間違いないのだろう。
しかし、武術が科目とは……。
「理解したか? それじゃあルールだが、難しい事はなにもない。あそこを見ろ」
王先生の指さしたほうを見るといつの間にかグラウンドに武器が置かれていた。勿論全て木製だけど、形は剣だったり槍っぽかったり色々だ。
「あの武器から好きなのを取って東と西で戦いあうバトルロイヤルだ。最後に残ってた組の勝利とする。頭か胴体に一発貰うか、武器を弾き飛ばされて失ったら敗退な。10分後にスタートだからそれまでにそこにある防具はしっかり着けとけよ」
何かあっさりと説明されたが、とにかく防具を身に着ける。本当は別にいらないけど、そういうルールだからな。
そして配置された武器の中から手頃な木刀を選んだ。やっぱ俺はこれだな。異世界でも結局最後に使ってたの刀だったわけだし。
そして試合が開始されたわけだが――
『覚悟しろ新入りーーーーーー!』
そんなどこかの先輩冒険者が絡んできたみたいなノリで、一斉に西組の連中が俺に襲いかかってきた。
そして逆に東組の皆は真央狙いというわかりやすい構図。俺はともかく向こうは一応女子なんだけどなぁ~それはともかく。
「「「「「「「「ぐぎゅぅうぅうぅううう~~~~~~」」」」」」」」
「「「「「「「「むぎゅううぅうううぅう~~~~~~」」」」」」」」
俺と真央以外はそんな情けない声を上げて全員敗退となった。俺の方は一応加減したつもりだからダメージはないと思うんだが。
「おい、女のくせにお前本当容赦ないな」
「は? 何それ女性差別? いくら女でも相手が掛かってくるなら返り討ちにするわよ」
うん逞しい。ちなみに真央の手持ちの武器は双剣、つまり二刀流だ。どうも護身のために剣術を覚えたそうだが、護身術で二刀流って覚えるものなのか? それに見てるともう護身レベルじゃないけどなソレ。
「こうなったら勇士だけが頼みだ! 頑張れよ!」
「真央だけが頼りよ! ファイトーーーー!」
東と西の声援がぶつかりあう。それにしても野球の時からそれ言っていたよね?
とにかく自然に俺と真央の一騎打ちが始まった。手数の面では二刀流の方が有利。ただ二刀流で扱う得物はリーチが短い。
だから俺は木刀のリーチを活かして戦いたいところだが――真央の奴、動きがかなり素早い。一気に距離を詰め、細かい動きで斬撃をまとめてくる。上下にも打ち分けてくるし厄介だな。
この試合は頭か胴体に一発でも貰えば負けだからあまりパワーというのは関係がない。スピードで押し切れるならその方が有利だ。
だが、それは一般レベルが相手の場合だ。俺だって異世界の勇者として培ってきた経験と技術がある。
全身を回転させるようにして無駄なく振られる攻撃は見事だが、俺も最小の動きでそれを避け、いなし、反撃に転じる。
相手のほうが手数は多いが、俺は一発一発確実に決めるつもりで繰り出していく。重く鋭い攻撃。それらを上下左右斜めから打ち分けていく。
だが、反応が早い。全て避けてきた。しかも避けながらしっかりカウンターを狙うのはを忘れない。
これは――楽しい。女の子相手に何を考えているんだと自分でも思えてしまうが、本気を出していないとは言えこれだけのせめぎ合いを地球でしかも日本で味わえるとは思わなかった。
ふと、想起する――純黒の魔双騎士の存在。異世界に四天王とは別に動いていた魔王直属騎士がいた。それがその騎士だ。
その名の通り魔王の身につけてたのとかなり似たまさに純黒と言える全身鎧を身に纏った騎士だった。
純黒の魔双騎士とだけ名乗ったアレとは何度かやりあったが、敵ながらその実力は確かであり、常に俺と一進一退の攻防を繰り広げ続けてくれた。
いつも引き分けに終わったが、敵でありながら奴との戦いは俺を高揚させてくれたものだ。勿論やつとは魔王戦直前にも戦いを演じたが――最終的には奴が崖から落ちて勝負が決まった。
直接遺体をみたわけではないが、あの高さだからな。生きてはいないだろう。お互い命がけの戦いだったから仕方ないとはいえ、惜しいやつを亡くしたものだ。結局最後まで鎧の中身が見れなかったのが今でも残念に思うが、きっと油の乗った歴戦の騎士といった風貌なのだろう。
ふと、そんな事を思い出しながらも、俺と真央は切り結び続けた。右と見せて左、上から来たはずが脇から、後ろに引くと見せかけて後ろに回り込む、そんなフェイントも織り交ぜた攻防。
互いに一歩も譲らない。そんな戦いだ、が――俺はまだ本気を出しているわけではない。気持ちは高ぶっているが、その力の全てを開放するわけにもいかないだろう。
ふと、俺はなぜここまで必死になってるのかと考えた。確かにストーカーと間違われたのは心外だが、冷静に考えれば俺の実年齢は24歳。一方彼女は16歳の子どもだ。
それなのにムキになるなんて、流石に大人気ないか――そうだ、別に勝ちを譲ったっていいじゃないか。例え何を思われようが、何を言われようが、俺がしっかりしていれば済む話だ。
そうさ、俺は大人なんだからここは――力を抜いた。肩を僅かに下げた。周りから見ても気づかない程度であろうが、これだけの腕を持っている真央ならこの隙に気が付き、打ち込んでくるはずだ。
「隙あり!」
案の定だ。ここで真央が俺に向かってコンパクトな切り。顔面には首も入る。これで決ま、え?
「……何のつもり?」
俺の首を捉える直前、真央の動きが止まった。確実に勝負が決まったであろうタイミングで、真央は攻撃の手を止めてそんな事を聞いてきたんだ。
「おいおい、試合中だぞ?」
「質問してるのはこっちよ。どうしてここで手を抜くの? それで私が喜ぶと思った?」
ばれてた、か……。
「――久しぶりに楽しい戦いだったのに……」
うん? 何か真央がボソリと呟く。良くは聞こえなかったが。
「何かいったか?」
「なんでもない! とにかく、こんなやりかたで勝ちを譲られたって嬉しくないし、あんたのこと、もっと軽蔑するから!」
そして自ら距離を取ってしまった。仕切り直しという意味なのだろう。
その姿に――俺は自分の思い上がりを知った。そもそもあいつの戦ってる時の顔はどうだったか? それを思い出せば、俺の行動がどれだけ愚かなのか判るってもんだろ。
そうさ、あいつだって楽しんでた。表情を見れば判る。俺もあいつもこの攻防を楽しんでた。それなのに、わざと負けるなんて――許されるわけがない。
「全く、おかげで目が冷めた。だけど、そのおかげで最大のチャンスをお前は逃したことになるぞ? もう負ける気はないからな」
「そっちこそ、後でまたわざと負けたんだなんていいわけしないでよね」
俺は軽く口元を緩め、真央も不敵に笑った。美少女はそんな笑い方でも映える。
そして互いに距離を詰める。勿論、本当の意味で本気を出すわけではないけど、この地球の常識の範囲内の力でもって、真央を倒す!
再びのせめぎあい。100を超える攻防。そして斬撃の嵐の中、タイミングを見計らって――突く!
双剣の間を縫うように俺の突きが届く、と、そう思ったのだが真央の返しの刃が俺の木刀向けて振り上げられ――そして両方の得物が砕けた。
所詮は木製、俺達の激しい攻防に耐えきれなかったのだろう。互いの得物が砕けたならこの勝負は引き分け、そう思えるのだが――違う。
真央は二刀流、双剣使いだ。片方が砕けてももう一振りが生きていれば、最後の反撃に転じられる。
予想通り、問答無用で彼女の残りの一刀が首に迫った。普通ならこれで終わり。俺の負けだろう。
だけど、俺はさっき誓った――絶対に手は抜かないとな!
「ハァアアアァア!」
裂帛の気合で、俺の腕が迫る一太刀に向けて振り抜かれる。素手でどうにかしようなどと思ったわけではない。
だが、俺の得物も完全に死んだわけではなかった。この勝負はあくまで武器が弾かれたら負け。しかし俺の木刀は砕けただけだ。
「ダァアアアァアアァアア!」
「え!?」
真央がギョッとした顔を見せた。なぜなら彼女の残りの一振りも、俺の今の一撃で粉々に粉砕されたからだ。
そう、残された木刀の柄に当たる部分、それを利用して俺は真央の最後の一撃に抗った。
その結果――
「勝負あり! 互いの武器が破壊された事、そして東組と西組の生き残りが一人もいないことから、この勝負引き分けとする!」
その直後、東組と西組、両方の皆から歓声が上がったのは言うまでもない。
『何か色々誤解していたみたい。真央もあんなこと言ってるけど、体育での様子見てたら判るわよ。本当はふたりとも素直になれないだけなんでしょ?』
『なんだよ勇士~真央ちゃんとどんな関係なんだよ~わざわざ同じ高校に入ってさぁ、どんな事情があるか知らないけど、く~羨ましい!』
結局あの試合の後、俺と真央はこんな感じで盛大な勘違いを受けることになってしまった。
まぁ、ストーカーの疑いが晴れたのは良かったんだけどな。でも、別に知り合いじゃないのは確かだからなぁ……。
もう何を言っても無駄そうだから適当に流してはおいたけどさ。それに俺だって別にあの子と仲良くしたくないわけじゃない。
色々となんというか最悪な出来事は重なったけど、元々はちょっとしたボタンの掛け違いのようなものだろうしな。
なので丁度帰りに真央の姿があったので俺の方から駆け寄った。
「真央、何か色々と悪かったな。結局今日は引き分けだったけど、あの試合で色々気づかされたし、これからは仲良くやっていかないか?」
すると真央が俺を振り返り、アーモンドのような瞳で俺の顔を見上げてきた。や、やっぱり美人だな。思わずドキッとしてしまう。いや、そこは犯罪にならない程度のクリーンな関係で……。
「も、もしかして思い出してくれたとか?」
て、しまった。つい見惚れて何を言ってるか聞きそびれた。え~と、なにか問いかけてきてるようだしこの流れなら――
「いや、正直、会ったことがあるとかいうのは勘違いだと思うんだけど、ほら、折角同じ学校に、しかも同じ時期に編入してきたわけだし、東と西の違いはあるけど、その辺のわだかまりもスパッと忘れて、うまくやっていければな、って、あれ?」
な、なんだろう、すごく目が刺々しくなったと言うか、一気に不機嫌になったような……。
「あ、あの真央、さん?」
「――冗談じゃないわよ! 全く、誰があんたなんかと! 調子に乗らないでよね!」
う、うわぁ~これだよ。一体何が気に食わないんだこいつ?
はぁ、けんもほろろってのはまさにこのことかね。くるっと背中を向けて、もう話もしたくないってとこか。
「……でも、まぁそうね。今後半径30cm以内ぐらいまでなら、近づいてくるのを許してあげる」
「……は?」
「じゃ、じゃあね!」
いや、半径30cmって、結構近いよな?
「……全く、よくわかんない女だよな――」




