第十二話 凱旋勇者、最悪の再会を果たす
俺の顔面にパンツがヒットした。いや違った蹴りが見事に突き刺さり俺は何かふっ飛ばされた。
「な! お、おい! 白木!」
俺の体が宙を舞っていた。廊下の天井が何故か段々と近づいてきて、俺はそのままぶち当たりバウンドして地面に落下。
体をしこたま打つことになってしまった。いや、でも昨日の隕石と違って、一応常識の範囲内だからダメージはないけど――て、おいおい!
「お、おい白木生きてるか?」
「あんな女の子の蹴りを喰らうなんて、ご褒美か! これが妹なら意地でも変わってもらったぞ!」
「田中……前から思ってたけど、お前いよいよだな……」
三人のそんな声が耳に届く中、おれはムクッと立ち上がり、おい白木、と呼び止める彼らの声は一旦聞き流して、あの女の下まで早足で戻る。
「この、糞女! いきなり何しやがる!」
そして、当然怒鳴った。昨日まで思わず見とれそうな美少女だと思っていたが、既に評価は覆っている。とんでもない女だよこいつは!
「うるさい! 大体なんであんたがこんなところにいるのよ! ストーカーなわけ?」
「はぁ~? ストーカー? ふざけるなよ! 昨日は久しぶりとか言っておいて! なんだお前、自意識過剰か!」
「う、うっさいわね! 久しぶりってのはしつこいストーカーに対していったのよ! あんまりしつこいから私の方から追い払おうと思ったのよ!」
は? ストーカー? よりにもよって何言ってるんだこいつ?
「ね、ねぇ真央ちゃん。ストーカーって本当?」
「え? あ、うん。ちょっとね。色々あって……」
「じゃあ真央ちゃんもしかしてこの時期に編入してきたのもこのストーカーのせいで?」
「え? え~と、あれ?」
「そうなのね! 何か変だと思ってたんだよ私達。5月に編入だなんて!」
おいおいちょっと待て待て。何かおかしな話になってるぞ? それに編入って、もう一人ってこいつだったのかよ……。
「お前! いい加減にしろよ! なんでそんな嘘をつく! 大体昨日も言っただろ? 俺はお前なんて知らないし、知っているわけがないんだよ!」
とにかく、俺は必死に知り合いでないことをアピールする。登校初日からストーカー扱いとか冗談じゃない!
「……酷い、昔、あんなに強引に迫ったくせに!」
「強引にってキャ~」
「嫌がる女の子に鬼畜よ!」
「まじないわー」
ちょ、ちょっと待て! 一体何を言ってるんだこいつは!
「それに、あんなに激しくしておいて! 知らないって何よ!」
「は、激しくって……」
「あんた本当一体何したのよ!」
「最低よ! 犯罪者よ! 獣よ!」
くっ! なんだこれ、状況が悪くなる一方だぞ! とにかくこの女なんとかしないと。
「おい、お前一旦落ち着け。ちょっとこっちで話――」
「真央ちゃんに近づかないで!」
「そうよ獣! こっちにこないで!」
くっ、他の女子が間に入って壁になりやがった!
「大体、あんたみたいな鬼畜なストーカー男が勇者パンとか何考えてるの? 笑わせんじゃないわよ!」
「は? ゆ、勇者パンは関係ないだろ!」
「関係あるわよ! あんた真っ黒じゃん!」
「ふ、ふざけるな! だったらそっちの真央って女は魔王パンだろうが! そっちの方が真っ黒だ! そいつが嘘を言っている証拠だよ!」
「は? 何それ? 魔王パンの何が悪いのよ!」
ついつい売り言葉に買い言葉で、魔王パンに文句をつけてしまったが、そしたら真央が俺を睨んできた。
「大体あんたに魔王パンの何がわかるのよ!」
「そうよ! 魔王パンはね、中に手作りのトロットロのチョコレートクリームが入っててすっごく美味しいんだからね!」
「入荷数だって少なくてレアなのよ! なんの変哲もないクリームパンを勇者パンだなんて言ってるだけの紛い物とは違うのよ!」
真央側の女子が一斉に魔王パンを推し始めた。逆に勇者パンが凄くディスらてるけど、な、なんか話がおかしな方向に向いてないか?
「それはちょっと聞き捨てならないですね」
すると、俺の隣に並び立つ女の子。こ、小林さんだ!
「こ、小林さんだ! ベーカリークィーンの小林さんだ!」
「ベーカリストの小林さんがやってきた! これで勝てる!」
な、なんか俺側の生徒が急に盛り上がり始めた。てか、いつの間にか生徒集まりすぎだろ!
「フッ……」
そして小林さんは不敵な笑顔を見せた後、眼鏡をクイッと押し上げた。いや、なにこれ?
「何よ! 何か文句があるの!」
「大ありです。勇者パンを食べたこともない人が適当なことを言わないでください。いいですか? この勇者パンはまずこの外側の白パンの生地からして違います。モッチモチのふわふわで、外側に薄っすらと掛かった砂糖も上品な甘さ。もうこれだけでもこのような田舎の学園内に設置された小さな売店にあるのが信じられないぐらいであり、勇麻学園七不思議の一つと言っても良いですが、そこに上品な甘さのカスタードクリームが加わることで、まるで極上ケーキのようなインパクトを与えてくれるのです!」
うん、凄いのはわかったけど、途中小林さん何気に結構失礼な事言ってるよね?
「ははっ、そりゃそうだ! どうだ西の女子どもめ!」
「さっきから聞いてれば頭のおかしなことばかり言いやがってよ。これだから西は!」
「な、なんですって!」
「東の男子風情が偉そうに!」
「ふん、お前らが何をいおうとベーカリークィーンの小林さんが東の勇者パンを支持したんだ」
「そういうことだ。パン勝負は俺たちの勝ちだな」
これそういう勝負だったっけ? そもそも勇者パンって東のパンだったのか?
「大体魔王パンなんてお前らと同じ性格の悪そうな真っ黒のパン、東じゃ犬も食わねぇよ!」
「いや、佐藤さすがにそれは――」
「聞き捨てなりませんね」
ちょっと言いすぎかなと思ったから口を挟もうとしたら、眼鏡をクイッと上げて割り込んできた女子。
――小林さんの姿がそこにあった。
「え? いや、だって魔王パンだぞ?」
「はい、そのとおりです。魔王パン、これが犬も食わない? アホですかあんたは? パンの角に頭ぶつけて出直してきなさい!」
「え? あ、アホ?」
「パンの角?」
「えぇ、アホですね。いいですか? 魔王パンは確かに東とは異なるパンです。ふっくらもちもちな生地の勇者パンと異なり、魔王パンは外側はカリッとしていて中はサクサクのクッキー風味。生地にもチョコを練り込み、そして中には本場のベルギーやドイツを思わせる濃厚なチョコレートクリーム。一つ食べただけでズシッと響き渡るその重厚さは、あっさりめな勇者パンとは真逆と言って良い。ですが、それがまたいいのです! 大体勇者パンも魔王パンも全く同じならわざわざふたつ分ける必要なんてありません。勇者パンと魔王パン、それぞれに異なる良さがある、だからいい。どっちも良くてどっちもいいのです! 敢えて言おう! どちらも最高であると!」
両目をクワッ! と見開き小林さんが叫んだ。熱い、熱いぜ小林さん! ただ、これ何の話だっけ?
「な、お前どっちの味方なんだよ!」
「私は美味しいパンの味方です」
「人選しくった~!」
「まじないわ~」
「あはははは、どうよ! 東の男子ども! 魔王パンは東の女子でも認める味! つまりうちの勝ちよ!」
「うるせぇ! 大体小林さんは東の勇者パンも最高に旨いって言ってるんだよ!」
「そ、それならもう引き分けって事でいいんじゃないかなぁ」
「そ、そうね。パンの事はそれで……」
「勇士は黙ってろ!」
「真央は黙ってて!」
『え~~~~!』
俺と何故か真央まで驚いている。いや、確かにもはや何がなんだかわからない争いに発展してるけどさ!
「話は、もぐもぐ、全て聞かせて、もぐ、貰ったわ、もぐもぐ。確かに両方共美味しわねこれ」
『赤井せんせーーーーい!』
東の男子の声が揃った。そう、いつの間にそこにあの赤井先生が立っていたのだ。
てか、何やってんのこの人? それに勇者パンと魔王パンどんだけ買ってるんだよ! 限定だって言ってるだろ!
「私が思うに、この決着をつけるには――徹底的にやるしかないわね」
「おい! 何を煽ってるんだあんた! 教師だろが!」
「教師であると同時に人間よ! 大体こんな面白そうな事、焚き付けなくてどうするの!」
シャキーン、と眼鏡を押し上げて、かっこつけているけど、言っている事は教師としてあるまじいな!
「よっしゃー! それならやってやるぜ! 西とはそろそろ決着をつけないといけないと思ってたんだ!」
「フッ、生意気だね」
「たかが東の男子が、この西の四天王と渡り合えると思っているのかな?」
「返り討ちにしちゃうぞ!」
「チッ、面倒クセェな。おい、真央、貸しは一つにしておくぞ」
「いや、いきなりやってきて呼び捨てとかありえないんですけど」
「てれんなよ馬鹿」
いきなり変な四天王出てきた! そもそもさっきまで男子いなかっただろ! どっから出てきたホワイ?
「大体勝負って何で勝負する気よ?」
「いや、真央お前も何で乗っかってるんだよ……」
「あん? 真央とかテメェ何勝手にうちに今日入ってきたばかりの天使ちゃん呼び捨てにしてんだコラ」
「フッ、生意気だね」
「たかが東の新人男子風情が身の程知らずもいいとこなのだよ」
「返り討ちにしちゃうぞ!」
うわっ、四天王しち面倒クセェ……。
「四天王様の言うとおりよこのストーカー!」
「そうよストーカーが馴れ馴れしいのよ!」
「いや、だからストーカーって」
「お前らいい加減にしろよ! 大体勇士がストーカーなんてするわけないだろ!」
「そうだ。大体勇士は今日うちの学園に入ってきたばかりなんだからな」
「そうそう、僕と同じ変態の香りはするけど、ストーカーは違うと思うよ。大体16歳のババァに手を出すわけないじゃないか」
黙れ田中。
「ば~か。話聞いてなかったの? 大体真央ちゃんだって今日入ったばかりだし」
「でも、そいつは真央ちゃんが学園に入る前からしつこくつきまとってたのよ!」
「あんだと? ゆるせねぇな」
「フッ、生意気だね」
「たかが東の編入生がつきまとい行為など、おまわりさんに言っちゃうぞ! なのだよ」
「返り討ちにしちゃうぞ!」
だから違うってんだろ! それと四天王の二人仕事しろ! あと一人、キャラ付けもっとちゃんとしとけ!
「なぁ白木。ストーカーなんてしてないもんな?」
「え? あぁ、そもそも全く会ったことがない――」
一瞬ゾクリ、と寒気がした。そして殺気も、その発信源は、真央だった。何かすごいどす黒いオーラが背後から滲み出てる気がする。
全く、そもそも発端はこいつだったわけだが、どうして俺相手にここまで敵意を剥き出しにしてるんだ?
知らないと言ったからか? だけど仕方ないだろう。本当の事を言うわけにもいかないけど、どう考えたって知り合いなはずないんだからな。
「やれやれ、どうやら赤井先生。これは本格的に決着をつけなければいけないようですね」
『王先生!』
今度は西側の生徒の声が揃った。赤井先生のように騒ぎを聞きつけてやってきたのだろうか?
どうやら西側の担任らしいが、それにしてもこいつ、只者じゃないな。
それは例えば全身これ筋肉といった風貌や、顔に遺っているバッテンのような古傷もそうなのだが――プロテインのでかいケースを抱えて粉のまま食い続けている、こいつはやべぇ!
「どうやらそのようですね大間 王先生」
名前凄いな! なんか宿命みたいのを感じたぞ!
「そうですねプロテイン食べますか?」
「いりません」
「今度一緒にプロテインのフルコースでもいかがですか?」
「結構です。でも何かいい方法があったら教えてもらいたいですね」
生徒の前で普通に赴任してきたばかりの女教師口説くなよ……そして断りつつこっちもしたたかだな。
「任せてください赤井先生! 俺にいい考えがある、午後の2時限を西と東の合同体育に変更して決着をつけるのだ」
「いや、そんな事勝手にしていいの?」
「構いません異議なしです」
「いや、そもそもその内の1時限は赤井先生の担当してる英語だろ……」
「ノープロブレムです。交換すれば私の仕事が減りますから楽が出来ますし」
「さらっととんでもない事言ってるよこの人!」
「それに授業が減ったところで公務員の私はお給料が変わりません。楽できる上、給料は通常通り貰えるとは、なんて素晴らしい」
「あんたよくそれで教師になれたな……」
「あぁその合理性も素敵だ。プロテインを掛けて舐め回したい……」
変態しかいないのかよこの学園!
 




