第十話 凱旋勇者がいなくなった世界のお話~勇者の仲間~
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勇者が元の世界に戻って半年が過ぎ、祭りが続きしばらくどこも浮かれ気分が抜けきれずにいましたが、しかしその様相も落ち着きを取り戻しつつありました。
そしてここはアムリア王国の中心部。王都アモーレ。その一画には冒険者が仕事を求めて集う施設、冒険者ギルドが存在します。
多種多様な依頼が舞い込む冒険者ギルド。中には酒場も併設され仕事を終えた冒険者などはここで一杯引っ掛けるのが通例となっておりますが。
そのカウンター前、一人の女性が受付嬢に詰め寄っていました。横に山のような巨体を誇る男も控えているのですが――
「いい加減にしなよ! また仕事ってどういうことさ!」
「お、落ち着いてくださいアネーゴさん」
不機嫌そうに眉を怒らせてカウンターを激しく叩くのはかつての勇者の仲間にして今をときめく女大魔導師アネーゴです。
その剣幕に受付嬢も顔をひきつらせ、涙目になってしまっています。腰も完全に引けているようです。
「……そこまで怒ることはないだろアネーゴ。彼女だって仕事でここで立っているんだし」
「は? ちょ、あんたはこの子の肩をもつわけ!」
「……そういうわけではない。ただ、受付嬢にあたっても仕方ないだろう」
アネーゴに向けて宥めるように口にするのはファイト。彼もまた勇者のかつての仲間の一人であり、静かなる暴風とも称される偉大な戦士です。
このファイト、魔王を倒した後、晴れてアネーゴと結ばれ夫婦となりました。常にアネーゴと行動をともにしているのはそのためとも言えるでしょう。
そんな彼は戦士でありながら誰よりも心優しいのが長所でもあります。故に、受付嬢を責めるのは可愛そうだと思い口を挟んだのでしょう。
「……ふぅ、確かに私も少し興奮しすぎたわ。いいわ、ならマスターを呼んで頂戴。直接文句をいってやるわ!」
「ご、ごめんなさい! マスターは現在会議で出張にでていて不在なんです!」
「はぁ? 何よそれ。やってられないわ! だったらもういいわよ。この依頼うけないわ! それでいいわよね?」
「え? で、でも、そうなると他に出来る冒険者が……」
「知らないわよそんなこと! 大体! こっちはこの半年休み無しで働いてるのよ! 勇者とお別れしたときだけは休めたけど、それが終わった途端やれ竜退治だ! やれ盗賊狩りだ、いい加減にしてよ!」
「し、しかたないんですよ。その、勇者様が元の世界に帰られてから女王が国民全員休み! なんていいだしたので騎士団も祭りに参加してしまい、おかげで町を守るための人手もたりなくなりました。冒険者の中にも女王が言ってるんだからとギルドに顔を出さなくなる人が続出して、その分どうしても動いて貰える皆さんの負担が大きくなってしまい……」
「だから、それをなんとかしようと祭りの間、一ヶ月間は頑張ったわよ! 休み無しにね。でも、休みが終わったら関係ないでしょ!」
魔王が倒され世界は平和になったと国を挙げて随分と浮かれていたものですが、魔王がいなくなったからといってこの世界からモンスターが消えるわけではありません。
特に農耕地などは休みだからと畑が放置されている間に魔物がやってきて食い荒らすなどの被害が増大しました。何せ国民全員が休みですから当然農民も全く動きません。畑は無防備な状態を晒し続ける事となったのです。
更にこの休みを利用して逆に悪巧みを考えるものもいました。盗人は勿論、祭りの恩恵をうけようと王都や大きな町に出向いてしまいもぬけの殻となってしまった村なども盗賊に狙われました。
これを危惧した冒険者ギルドが、休みであっても冒険者は活動するようにとお触れを出したのですが、休みは王国が決めたことなので強制は出来ません。なので思ったほどの数は集まらず、結局動ける冒険者の負担ばかりが増えてしまったのです。
しかし、その祭りも既に終わっています。人々もそれぞれの仕事に戻ったわけですが、しかしギルドは相変わらずの多忙ぶりです。それは何故なのか――
「確かに祭りは終わりました。ですが、その後また女王がその、税金の免除なんていいだすもので、今度はギルドに依頼が殺到したのです。この税金のない期間に少しでも稼いでおきたいと考える商人が多かったのも原因の一つなんですが……」
「くっ……」
何せ税金が免除ですから、この恩恵を1番に受けることが出来るのは商人達です。ギルドには素材やダンジョンに眠るお宝などを求める依頼が殺到しました。
「問題はその結果、報酬が高くて危険度の少ない依頼。それとダンジョン攻略に精を出す冒険者ばかりが増えたことで……」
逆に言えば危険度が高くて割が良くない依頼には見向きもされなくなったといえます。それでも以前は依頼の数に限りがあったのでそのような依頼でも受ける冒険者はいましたが、今は依頼の数が多いので敢えてそんな割りに合ってない仕事を受ける人はいなくなってしまったのです。
「でも、だからって何で私達が!」
「……しかし、それも仕方ないとは思う」
「は? ちょ、ファイト! あんたが納得してどうするのさ!」
「いやしかし、俺たちは魔王を倒したわけで……だからこそ人々は俺たちを頼る。魔王を倒したことで結果的に人々を守るために働く義務があるのではないかと……」
「……そのために、我が身を犠牲にして働けってあんたはいうのかい?」
「あ、いや、それは……」
「素晴らしいです! さすが勇者御一行様! それでこそ英雄です! ですのでどうかこの依頼を!」
「ちょ! あんたどさくさに紛れて何を!」
「……ま、まぁいいじゃないか。話だけでも聞いてあげれば」
ファイトの発言にこれ幸いと依頼を押し付けようとする受付嬢でしたが、アネーゴは納得がいってない様子です。
ファイトの対応に苛立ちを隠しきれておりません。
「ファイト……あんたわかってる? 私たち新婚なのよ?」
「うん? あぁそうだな……」
ファイトの反応はそれだけでした。アネーゴのこめかみがピクピク波打ってます。
「依頼はハイオーガブロストの討伐依頼です。報酬は金貨300枚なのですが……」
「は? なにそれ。話にならないわよ。ハイオーガブロストでそれって……」
オーガは角の生えた筋骨隆々のモンスターですが、ときおりそれが兄弟で生まれることがあり、それがオーガブロストと呼ばれます。そしてオーガの上位種がハイオーガでありそれが兄弟で生まれてきたのがハイオーガブロストとなります。
単体のハイオーガですら討伐には最低限Aランク冒険者が4,5人のパーティーを組んで挑む必要があるとされるほどです。それがブロストでは兄弟なのですから更に厄介と言えるでしょう。
獰猛で非常に攻撃的な性格でもある為、馬車は勿論、村が被害にあうことも多いため、危険度は高いです。
問題はこのハイオーガブロストの報酬です。先ずオーガ系は倒しても手に入る素材がよくありません。魔石もそこまでの価値はなく、素材になる角や睾丸もそこまでの値はつきません。
角は薬の材料になりますが、もっと弱いモンスターでも効果の高い角が採れるのはいくらでもいますし、精力剤の原料となる睾丸もオークと効果は変わりません。
それならまだオークの方が狩るのが楽ですし、オークは数がいるので量が期待できます。
オーガブロストは倒しても2体です。その上討伐報酬ですがオークキングより手強い割にオークキングの討伐報酬である金貨500枚に劣ります。
これではアネーゴが文句をいうのも仕方ないのかもしれませんが。
「……判った受けよう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
しかし、ファイトはその依頼を受ける意思を固めました。受付嬢は頭を下げ感謝の意を示しますがアネーゴはクチを半開きにさせて呆けています。
「ちょ! あんた本気なの! 冗談じゃないわよこんな依頼!」
「……しかし、勇者ならきっと受けたはずだ」
「いや、でも……」
「それにこの依頼なら俺一人で十分だ。だから今回アネーゴはいい」
「……は? え? なにそれ、どういうこと?」
ファイトの発言に、アネーゴの目つきが鋭くなりますが。
「……だから今回はアネーゴは必要ない。ついてこなくていい」
ファイトは更に繰り返しました。するとアネーゴが頬をぷく~と膨らませ、肩を振るわせ、ズゴゴゴゴゴゴッ、という音が聞こえそうな程の威圧を振りまき、怒りの炎が背中から吹き出ているようですらあります。
「ど、どうしたんだアネーゴ?」
「……わからないの?」
「……?」
「そう、あぁそう。そうでしょうね。そうでしょうとも。あんたはそうよね、だったらそうやって一生ギルドの飼い犬にでもなってればいいでしょう!」
「……よくはわからないが。とにかく今回は待っててもらっていいか?」
「あ、そう! わかったわよ! だったらもう好きにするといいわ! この唐変木のウスラトンカチ!」
そう言い残し、アネーゴは一人ギルドを出ていってしまいました。
ですが、ファイトには一体アネーゴが何を怒っているのか理解できず首を傾げるばかりです。
「あ、あの、追いかけなくていいんですか?」
「……いや、今は仕事の疲れも溜まってイライラしてるんだろう。最近休みもなかったわけだし、だから今回は俺一人で行くと決めたんだ」
「え? つまりさっき必要ないと言ったのは休みを与えたいからということですか?」
「……そうだが?」
あちゃ~と天を仰ぐ受付嬢です。周りの人間もどこか同情的な目を向けていました。ですがファイトはそれに気づくこともなく一人ハイオーガブロストの討伐に向かうのでした。
◇◆◇
「と、いうわけなのよ! もう信じられるユレール! あのバカ! 本当にどうしようもないんだから! おまけにあたしが足手まといだって? 冗談じゃないわよ! あいつなんて接近してぶん殴るしか脳のない脳筋のくせしてさ!」
「あはは……」
あの後、アネーゴは教会からユレールを連れ出し、酒場にやってきてました。ユレールもまた勇者の仲間の一人であり、現在は聖女と敬われる存在でもあります。
「ちょっとユレール聞いてるの?」
「うん、聞いてるよ。でも、きっとファイトも邪魔だなんて思ってないんじゃないかな?」
「ふん! どうだか! てか、あんたこそ何か元気なくない?」
「え? そ、そんなことは……」
そういいながらもうつむく表情にはどこか影がさしていました。
「……勇者」
アネーゴがつぶやくと、ユレールの肩がビクリと反応します。
「はぁ、本当あんたわかりやすいわね。何よ、まだ勇者のこと引きずってるの?」
「そういうわけじゃ……」
「全く。だから言ったのよ。ユレールなんてあたし以上の武器をもってるんだからそれで誘惑しちゃえばいちころだって」
「そ、そんな、こんな駄肉でどうにかなる勇者様じゃ」
「なにそれ嫌味?」
ジト目でユレールの立派なそれを睨めつけるアネーゴです。彼女のいうようにそれはあまりに大きな果実です。
ただ、アネーゴも十分に大きいのですが。
「もう、こうなったらあんたも呑め呑め!」
「いえ、私は神に仕える身ですのでお酒は」
「何よそれ、かったいわね~」
アネーゴはぶどう酒をグビグビ飲みながら愚痴りました。ユレールが飲んでいるのはぶどうジュースです。
「でも……そんなに勇者に会いたい?」
「え? そ、それは会えるなら……」
すると、アネーゴは唐突にそんなことを確認しました。ユレールは戸惑いながら答えます。
ふ~ん、と返した後、アネーゴが木製のジョッキを煽り一気に飲み干しました。そして勢いよくテーブルにジョッキを置きぷは~! と一息つけたあと――
「……よし! なら決めた! 私もあいつにはうんざりしてたし! 行こう!」
「え? 行くってどこへですか?」
「決まってるじゃん。勇者の故郷っていう日本って場所にだよ!」
「……え? えぇええぇえええぇええぇええ!?」
その発言に驚くユレールであり、そんな姿を見ながら、ニヤリと笑うアネーゴなのでした――
これにて第一章が終わり次は第二章に。視点は勇者のいる日本に戻り高校生活のやり直しと村おこしが待っています。




