第九話 凱旋勇者がいなくなった世界のお話~女王と大臣~
「陛下! いつまでゴロゴロしてるおつもりですがだらしのない!」
「うぅ、うるさいうるさいうるさい! 頭がガンガンするぅ~~!」
一人で寝るには大きくそれでいて豪著なベッドには金髪碧眼の女性が寝ていました。
ですが側にいる男性、年齢は40代後半ぐらいでしょう。その彼に叱咤され、ようやくベッドから上半身だけを起こしました。
彼女は女王アムリア。ここアムリア王国の君主です。
「それにしても、いい年の女性がはしたない。ほら、ちゃんとドレスに着替えて!」
「は? あ! さては大臣! 嫌らしい目で見たわね!」
ビシッと指差し不埒者と言わんばかりに語気を荒げる女王ですが、はぁ、と呆れたようなため息を大臣が吐いてみせます。
「全く、一体どれほどの長い間、貴方の側使えをしていると思っているのですか? おしめだってこの私が変えてあげたのですよ? 今更貴方の半裸をみたところで何も思いません」
「むむむっ! そんな過去のことを持ち出すでない。はぁ、それにしても、侍従がおらぬではないか? なんだ? さぼりか?」
女王は辺りをキョロキョロ見回しながらいいました。確かに大臣以外の人間がいません。
「休みですよ。三日前にも話しましたよね? 侍従も近衛兵も休ませると」
「……は? え? あ、いや、そんなことを言っていたような……でも流石に冗談だと思ったのだぞ」
「なんでそんな意味のない冗談を言わないといけないんですか」
大臣はやれやれと肩をすくめて見せました。その姿に女王は一旦目を丸くさせ。
「それで、一体いつまで休みなんだ?」
「しばらくですね」
「しばらくと言うと? 一体いつなのだ?」
「わかりません」
「……わかりませんとは何だ! 貴様大臣だろ! しっかり仕事しろ!」
「仕事をした結果がこれなんでしょうが! 陛下こそいい加減現実を見てください! そんな飲んだくれてる場合じゃないでしょうが!」
大臣に怒鳴られ、女王はビクッと肩を震わせました。ちょっぴり涙目になってます。
「お前私が嫌いなのか?」
「別にそういうわけではありませんが。しかし何故こうなったかを考えた上でいい加減女王として色々対策を練ってもらわないと」
「そもそも対策って何のことなのだ?」
女王の頭に疑問符が浮かびます。
「そこからかよ! だから、財政がもうかつかつなんですよ! 王国すっかり火の車!」
「なにぃいいぃいぃいい! なんだそれはどういうことだ!」
大臣に顔を向けながら女王が叫びました。
「どういうこともそういうこともそのとおりの意味です。だからこそ侍従を使う余裕も近衛兵を置いておく余裕もないのです」
「貴様! よくもいけしゃあしゃあと! ならばなぜそこまでなるほど黙っていた!」
大臣を指差し叱咤する女王です。
「いいました~大臣しっかりいいました~口を酸っぱくしていいました~そんなことをしたら後で絶対に財政が苦しくなるからやめてくださいともうそれこそ口が酸っぱくなるぐらいいいましたさ!」
「ちょっと待て。それだとまるで私のやり方が悪いみたいではないか!」
「はい」
「断言したな!」
清々しいほどにはっきりと大臣はいいのけました。女王が仰け反ります。
「そりゃ断言もしますよ。例えばですよ? 勇者様が去ってしまいもう半年になりますが」
「うむ、流石にいなくなってしまうと寂しいな……だがそれがどうかしたのか?」
女王は勇者の顔を思い出すようにして天井を見上げつつ大臣に問いました。
「話は勇者様が元の世界に帰還したときのことに戻りますが……あの後、陛下は勇者様が帰ってしまってもめでたいのは変わりないと、勇者が世界を救ったのだ祭を一ヶ月間ぶっ通しで続けましたよね?」
「うむ、あれは実に有意義な時間であった。国民の信頼も得られて皆の笑顔が眩しかった。だがそれがどうかしたのか?」
「どうかしたのかじゃないし! あんなことしてたらそりゃ財政を圧迫するでしょう!」
「なにいぃいいいぃいいい!」
大臣に指摘され、女王は大仰に驚きました。
「しかし大臣。たかが一ヶ月であるぞ?」
ですが、納得はしてないようです。
「たかがって……陛下、ならばその時の費用、一体どこが持ったと思うのですか?」
「うん? どこであるか?」
「国だよ! 王国が全部負担してんだよ!」
「な、なんだと! 馬鹿な何故そんな真似をしたのだ!」
「女王の指示です」
「え?」
「だから、陛下の、指示なんですよ!」
「……そうだっけ?」
女王はきょとん顔で答えました。全く身に覚えがないといった感じです。
「はあ……これだから。折角勇者が国を救ってくれてめでたいのだから費用は全て国で持つ! と公言されたじゃありませんか。しかも祭りに関わること以外の仕事はしなくていい休日にするとまでいいだして」
「……う、う~む。だ、だが! それぐらいはどうってことないであろう! 何せ一時期は勇者効果で景気もよくなり税収も3倍近くまで伸びていた筈!」
「そうですね。蓄えもかなりありました」
そこは大臣も認めているのか、深くうなずきました。
「ならばその蓄えを使うしかあるまい。非常事態であるなら多少の放出は」
「ありませんよ」
「何? え? 何だと?」
「だから、そんな蓄えもうとっくにないと言ってるのですよ!」
「なんだとぉおおおおお! 何だそれは! どういうことだ! さては大臣! 貴様横領したな!」
ビシッと指差し女王が大臣を問い詰めます。ですが、大臣はこめかみに血管を浮かび上がらせながら反論しました。
「ふざけるな! 私が一体どれほど国のことを考えてると思ったのか! その蓄えも陛下、あんたのせいでとっくに尽きてるんだよ!」
「……は? いやいやないない。それはないない。一体何をどうしたらそんなこと……」
「税金免除」
「うん?」
「だから、祭りの最終日に陛下が民衆に向かってこう言ったのですよ。『この幸せが今日で終わりでは世界を救ってくれた勇者に申し訳ない。私は決めたぞ!本日より3ヶ月間! 臣民の税金を免除とする!』とね……」
「……私がそんなことを言ったのか?」
女王は目が白黒してます。自分の言ったことですが全く覚えがない様子です。
「言ったでしょう! それも前に説明しましたが、酔っ払った勢いで確かにあんた言った!」
「はっはっは。何だ酔った勢いならそれは無効であろう」
「あんた、民衆が大勢集まった最終日にあれだけ堂々と言っておいてそんな言い訳が通じると思っているのか?」
「う、う~む……」
女王は酒によって言ってしまったことなど効力はないと思ったようですがそうは問屋がおろさないようです。
「どちらにしてもそれがきっかけで怒った領主が押し寄せたのは確かですからね。当然でしょう、税金を免除だなんて勝手に言ってしまったんだから」
「そういえば何か領主が妙に怒っていたことがあった気がしたぞ!」
「いやいや! だからあんたそこでもやってるからやらかしてるから! 集まった領主に向けて『そこまで言うなら判った! 免除した分の補填は私が責任もってやる!』なんてふざけたこといいやがったから!」
女王はなんとも太っ腹です。大判振舞ですが、それが結果的に国の危機を招いているようです。
「……そんなこと言ったっけ?」
「いいましたよ! 都合の悪いこと全部忘れてるなあんた!」
「くっ……なんてことなの!」
唇を悔しそうに噛み締めましたがなんとも自業自得な話です。
「全く。でも、これでわかったでしょう? 陛下の無責任な発言のせいで王国史上最悪の財政難に陥ってるんですよ! さぁどうする! すぐ考えろいますぐどうにかしろ!」
「お、お前、すべての責任を私になすりつける気か!」
「いや、だから悪いのあんただろ」
呆れ眼で大臣が答えました。
「ぐむむ……ふっ、そうか。ならば仕方あるまい。もうこの手しかないのだ」
「何かいい手が?」
「うむ、まことに申し訳なくは思うが……勇者が遺していってくれた戦利品があるだろ? それを、売っぱらおう!」
「堂々と最低なこと言ってますな。大体あれ一応は預かっただけという体でしょうが」
「仕方あるまい。国の非常事態なのだ。それに勇者はもういない。帰ってもこれまい。なら! 国のために有効活用するのは仕方ない! 勇者とて草葉の陰で納得してくれるはず!」
「死んでませんからね! 勇者様別に死んでませんからね!」
勝手に殺してはいけませんね。
「とにかくあれであるな、あれじゃあれじゃ。あのエクスカリバーとかいう聖剣。先ずアレを売ろう」
「……エクスカリバーですか?」
「そうじゃ。あのムランマッサが手に入るまでのつなぎとしてだけ役立ったという聖剣じゃ。何か重くて扱いにくいからもうこれはいいや、と精々3日程度しか使われなかったあの聖剣じゃ。どの文献をみても大体次の強力な武器を手に入れるまでのつなぎにしかつかわれない代表のようなあの聖剣じゃ!」
「あんたいずれ天罰がくだるぞ」
聖剣なのになんとも報われません。
「仕方あるまい事実だ! とにかく性能は今ひとつなところもあるが、あれで見た目は素晴らしいからな。美しい装飾は成金貴族や商人にも大人気! 観賞用としてなら最強! あれなら高く売れること間違いないな! さぁ、売ってくるのだ!」
「無理ですな」
大臣はきっぱりと言い切りました。
「何故だ! 大臣、おま! 勇者に義理立てしてるのか!」
「そうではありません。ただないものは売れませんからな」
「……は?」
「だから! エクスカリバーはとっくに売り払ってしまってないんですよ!」
「なんだとー! 何でじゃ! なんでない! 何故売った! 勇者の遺産を貴様! とんでもないやつなのじゃ!」
「どの口がそれを言う。大体売れと言ったのは陛下、あんただ!」
「……え? 私が?」
目をパチクリさせて首をかしげる女王です。さっぱり覚えてないようです。
「はい。祭りの時、その段階で既に財政を圧迫してましたからな。相談したところ、だったらエクスカリバーでも売っぱらえばよかろう、とあんたが言ったんだよ!」
「……そういわれてみるとそんな気も……」
どうやら思い出したようです。表情に焦りがみえます。
「はぁ……」
ほとほと呆れたと言わんばかりのため息を吐く大臣です。
「くっ、ならばあれじゃ! イージスの盾じゃ! 俺盾使わないしな、という勇者の一言で結局一度も使われること無くお蔵入りとなったあの盾も売ればそれ相応の金に!」
「それもとっくにありませんよ! お忘れになったのですか? 領主に補填するお金が足りなくなって代わりに盾マニアの領主にはイージスの盾を渡してしまったんですよ!」
「な!? それならユグドラシルの蜜は? アンゴルモア鉱石は? 賢者の石は?」
「な~んもありません。全て、売却済みです!」
「が~~~~~~~~ん!」
女王はあからさまなほどわかりやすいリアクションで驚きます。しかし、どうやら勇者が遺してくれたアイテムの数々は尽く売り払われたようです。
「これで少しはお判り頂けましたか? それでどう致しますか? もう売るものもありませんよ?」
「……そうだ! ならば勇者に頼もう! あやつならまた珍しいものを持ってきてくれるはず! それに以前やつから聞いた地球とかいう星にはこの世界にはない珍しいものが溢れてそうなのだ! それを手に入れて売ればまだまだ!」
「どうやって?」
女王は妙案を思いついたと大臣に話して聞かせますが、大臣の表情は冷え切っておりました。
「へ?」
「だからどうやってそれをやるんですか! 勇者様はもう元の世界に帰られたのですよ!」
ちなみに勇者が帰還できるよう手配したのは女王その人です。
「な、ならばまた召喚し直せばよいであろう!」
「はぁ……女王陛下。あの召喚魔法はそう安々と出来るものではありません。前回だって多大な労力を使い、必要な触媒を必死でかき集めたからこそ出来たのですから」
「なんとかならんのか? なんとか!」
「無理ですな……」
「うぅ、ひょっこり戻ってきたりしないだろうか……」
そんな神頼み的な発言を繰り返し女王でしたが。
「そんな奇跡みたいな事に頼っても現状は何も好転しませんよ。ふぅ、とにかく私の方でもなんとかやりくりしてみますから、陛下も手を考えてください。そして仕事してください! いいですね?」
「う、うむ……」
結局大臣にピシャリと言い渡されぐうの音も出ない女王です。しかしにっちもさっちもいかないこの状況で、ますます頭を抱える女王なのでした――
王国も苦しい状況が続いているようです。
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