第47話 逃走と追撃
その男はヤギのような角と、青みがかった特徴的な肌の色と、赤黒い目をしており、黒を基調とした衣装に身を包んでいた。
――魔族。
より正確に言うなら『悪魔王』の配下にある悪魔系の魔族の男だった。
その場にいたメアジスト達や警備兵の誰もが、ケッパンも含めて。
予想外の存在の登場に驚愕し、硬直していたため、誰もが反応できずにいた。
ケッパンに勝利したという美酒が、彼らの緊張の糸を断ち切ってしまっていたのだ。
「――絶好のタイミングだな」
そんな言葉とともに、悪魔は自分の毛むくじゃらの右腕をこちらに向け、その手から巨大な魔方陣を出現させた。
詳細は分からないが、間違いなく頂級クラスの破壊魔法が放たれる。そうなれば周囲一帯は消し炭になるだろう。
それを理解し、真っ先に動こうとしたのはメアジストだったが、しかし彼女が対応するよりも早く悪魔の魔法が――放たれなかった。
――ぼきん。
という音を立てて、悪魔の右肘がへし折られてしまっていたからだ。
「ぐぅおおおおおおお!?」
「何が何だか よくわからんが、敵だろお前」
悪魔の右手首を掴んだまま、黄太郎は低い声でそう告げた。
彼はメアジストがマーカーに気付き叫んだ時点で動き始めていた。
息を殺し、気配を隠し、来るべき敵に備えていたのだ。
そして今、悪魔の右肘は破壊され、むりやり手首を掴んで魔方陣の矛先を悪魔自身の顔面に向けたことで、悪魔は魔法を解除せざるを得なくなり、思わず罵声を吐いた。
「くッ!! クソ!!」
フッと魔方陣が消え、破壊魔法の脅威が消え去った。
いきなり殺害すると魔方陣が暴発するかもしれない、という考えのもとに黄太郎は悪魔の右肘を破壊したが、こうなると何の遠慮もいらない。
黄太郎は自分の左手首を薙刀の刃に変え、突きを放つべく構えた。
彼の能力は鉄雅音が居なくては釘を放つことが出来ない。
とはいえ、既に自分の体内に一体化させたものならば、鉄雅音が人間形態に戻っていても何の問題もなくコントロールできる。
そのため、黄太郎は自分の左手を刃に変え、悪魔の喉笛を切り裂くべく突きを放ち――。
――きぃん! と、音を立てて弾かれた。
(……あ?)
だがそれは、何も悪魔の首が硬すぎて弾かれたというわけではない。
遅れてゲートから現れた もう一人の悪魔が、自分の剣でもって黄太郎の攻撃を弾いたからだ。
「隊長! ここは我らにお任せを!」
そういう彼は、最初の悪魔よりもやや小柄で体格も細い。
しかし必要な筋肉は十分に身につけ、今の反応も悪いものではなかった。
恐らく優秀な剣士なのだろう。
「まあどうってことないですけど」
自分の能力を隠す気がなくなった黄太郎は、ケッパンの攻撃を受け止めた時と同様に自分の左手を金属に変化――体内の特殊強化合金の球体と一体化させたもの――させることで、悪魔剣士の剣を掴み、引き寄せることで体重を崩しにかかる。
「くッ!!」
悪魔剣士は咄嗟に両足を踏ん張り、剣を引き返すことで黄太郎に対抗しようとするが、しかし黄太郎はそれを待っていた。
「フン!!」
重心を後ろに下げて対抗しようとする悪魔剣士に対し、黄太郎は そのタイミングで押した。
その結果、既に重心を後ろに下げていた悪魔剣士は容易く地面に倒され。
「しま――!?」
「寝てろ」
自分の右脚を薙刀に変化させた黄太郎は、躊躇うことなく倒れ込んだ悪魔剣士の右腹部に刃を突き刺した。
「がはッ!?」
(このままデカブツも狩る!!)
続けて最初に現れた悪魔も倒そうと彼に視線を向けた黄太郎は、自分の耳に何か嫌な音が聞こえていることに気が付き、咄嗟に飛びのいた。
すると彼の足元から刃物のような形状に変化した液体が襲い掛かり、数瞬前まで黄太郎のいた座標を貫いた。
反応があと少し悪ければ刺殺されていただろう。
(何だコレは!?)
と思って視線を向けると、それは刃から液体そのものに変化した。
しかし、それは単なる液体というよりも粘液に近く、かつ意思を持っているかのように自在に動いていた。
(あれは……スライムか!?)
ゲームでは定番のキャラだが実際に戦うとなると非常に厄介だ。
どこを殴って何処を刺したら倒せるのか見当がつかない。
そしてスライムに気を取られている僅かな間に、最初の悪魔が結界に包まれていた『孤独な姫君のアンティークドール』を奪うべく、猛然と駆けだした。
「誰でも構いません!! そいつを抑えて下さい!!」
「――分かったッ!!」
黄太郎の攻防を見て呆気に取られていたメアジスト達が慌てて行動しようとするが、しかしそれよりも悪魔は自分の指先を最初に動いたメアジストに向けた。
「『フラッシュ』!!」
悪魔の指先から放たれた閃光がメアジスト達の目を潰す。
効果の持続時間は短いが、それでも一瞬だけ時間を作ることが出来る。
「うあッ!!」
「目が見えないのです!!」
その間に悪魔が自分の手刀を振り下ろし、黄太郎が張っておいた結界を破壊、中に置いてあったアンティークドールを奪おうとするが、しかし。
「なッ!? これは!!」
アンティークドールは黄太郎が台座と一体化させたままだ。
このままでは盗むことはできない。
はずだったのだが。
「まあ良い。中身だけ手に入ればな!!」
「はああッ!?」
悪魔はアンティークドールの頭部を引きちぎると、中の綿に指先を突っ込み、内部に入っていた黒曜石のような結晶を取り出した。
彼の行動に、思わず黄太郎も驚愕の声を上げる。
そして すぐさま踵を返すと、悪魔はここにやってきた際に利用していたゲートに飛び込むべく駆けだした。
更に黄太郎が刺した悪魔剣士も、スライムが全身を包みこみ、そのまま体を引きずってゲートに連れ込もうとしている。
あの悪魔剣士はまだ死んでいない。
殺すよりも捕縛に意識を向けていたがために殺さなかったのだが、しかし甘かったかもしれない。
スライムに包まれると手を出しにくい。
その上 悪魔も来ているとなると止めきれないかもしれない。
「なら、ケッパン!!」
「な、何だ!?」
黄太郎は咄嗟にケッパンのマントについていた黒い虫のようなもの――つまり転移魔法のマーカーを薙刀で両断した。
――きんッ!! と甲高い音を立てて、マーカーが両断された。
すると、悪魔たちの通ってきたゲートも砕け散った。
「しまった!?」
悪魔は一瞬 動転したように声を上げたが、しかし すぐさま判断を修正し、自分の部下であるスライムに指示を出した。
「――退くぞ!! 急げ!!」
更に悪魔は自分の懐から小さなガラスの小瓶を取り出し、地面に叩きつけた。すると、中に入っていた液体が すぐさま気化し、煙幕のように広がる。
そして煙幕に乗じて、悪魔たちは美術館の窓を飛び降りて逃げ去っていく。
スライムにしろ悪魔にしろ、軽くない荷物を抱えているはずだが、思いもよらぬ機動力だ。
「――逃げた奴らを追う!! 鉄雅音さん!! そしてエトレットさんとギンガニアさん!! 一緒に来てください!!」
「分かった!! 黄君、式神術式を!!」
「了解した!」
「分かったのです!」
黄太郎と鉄雅音は式神術式を展開し、金槌の形態に変化させた鉄雅音を握りしめ、黄太郎が駆けだした。
更に その後ろを両手にレイピアを構えたメアジスト、槍を担いだギンガニアが追い、美術館の窓を飛び出した。




