新しい職場と友の悩みその5
新しい職場と友の悩みの最終章です。
「佐川さんが明日、転院になった」
翔太はその言葉を聞いて一瞬、頭の中が真っ白になった。
「え?どういうことです」
翔太だけでなくそこに残っていたスタッフ全員も怪訝な顔をしていた。
「どういうこともないよ。
結局、我々の治療が信用ならないと言っていた。
道具に頼るのは医者としての腕がないからだとも言っていた」
河野医師は少し悔しそうにしていた。
佐川さんの装具に関してはカンファレンスで、みんなが効果が出ると判断し家族へ勧めたのだが・・・。
それまでは患者さんの家族とも信頼関係が築けていた思っていた。
付き添っていた奥さんも最初は前向きだった。
自分一人では決められないから、娘に聞いてから決めます。お願いすることになります。と言っていた。
それが次の日には、装具は作りません。娘が作ってはいけないと聞いてきました。だから作りません。
装具を作るとまともに歩けなくなるので作りません。
どんな本に書いてあったのか?誰から聞いたのか?そう考えていたが・・・。
結局は、親戚の言葉一つで崩れる程度の信頼関係でしかなかった。
親類の言葉の方がより信頼できるのが普通かも知れないが。
非常に残念だ。その程度の信頼関係しか築けなかった。そんな想いがそこに居たスタッフの頭の中を巡った。
「どこに転院ですか?」
翔太の問いに対し、少し不機嫌な顔をしながら河野医師は答えた。
「寄居整形だ」
翔太は少し逡巡した後に聞いてみた。
「サマリーは誰宛に書けばいいですか」
「君の知り合いが居るのなら、そのPT宛でいいだろう。
住まないが、明日の朝一番に間に合うように出来るか?」
翔太はすぐ頷き、帰るために手にしていたバッグを園映え置き、その作業にかかるべく準備を始めた。
今日は残業になるな。まあ家に帰っても特にすることもないし、本を読むか作りかけの模型を作るか。でも10分もあればかけるなと、パソコンを起動させた。
「申し訳ない、残業させるな。今度ジュースでもおごるからな」
「ジュースですか、そこは昼ご飯じゃないんですか」
河野医師は、気さくな人で誰とでも気さくに話してくれる。だからこんな返答も出来る。
「おいおい、雇われ医師しかもペーペーは給料もそんなにもらってないんだぞ。
僕もサマリーを書かなくてはな」
そう言うと笑いながらまたすまないと言って医局へと帰っていった。
他のみんなは帰ってしまって翔太一人が残ることとなった。
サマリーはすぐに出来た。パソコンに入っているデータをサマリーに移し、簡単な文章を書くだけだ。すべてパソコン内で出来るので、紙に書くより簡単だ。
早く出来上がったので、明日ではなく今日のうちに渡した方が楽だと考え、ナースステーションへと足を運んだ。
ステーションには夜勤の看護師さんの他に河野医師と船井師長がいた。
翔太を見かけると船井師長が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「大変ねえ、佐川さんの娘さんもへんな考えにはまってしまって。
もう少し広い視野を持てばいいのに」
「全くだ、今回いきなり言ってきたからこちらは大変だ。
君にも急がせてしまったな」
「いえ、これも仕事ですから」
サマリーを看護師に渡すと翔太は家路につくことにした。
数日後の昼過ぎに柳司から連絡があった。
佐川さんの紹介のお礼と現状報告だ。
「今回は大変だったね、翔太」
「いや、しょうがないよ。
で、どうだい、佐川さんの様子は」
「昨日は少し落ち着かなかったけど、今日はもう大丈夫みたいだ。
普通はもっとかかるけど、佐川さんは割と早いみたいだよ」
「そうか・・・、それならよかった」
「ただ、担当を決めるときに一悶着あって。
サマリーが僕宛にきていたから、院長が担当を僕にしようとしたら家族が反対して。
しかもそのときにそっちの施設の悪口を言ったものだから院長が怒って、強引に担当を僕にしたんだ」
「え、大丈夫なのか?」
「まあなんとかなるさ。
それよりも、助崎先輩が今回の件で院長から相当怒られてかなりへこんでしまっているんだ。
とりあえず看護師さんとかがなだめて、今は落ち着いたかな」
「それは・・あんまり大丈夫じゃないんじゃないか?」
「助崎先輩がこれまで他院の悪口を言っていたことも院長に知られて。
看護師さんや僕たちも一緒に怒られる始末で。
助崎先輩を辞めさせるというとこまでいったんだけど、看護師さんがなだめてなんとかそのまま続けることになったんだ」
「もう一人の先輩がやめて、助崎先輩までやめたら、お前一人で仕事しなくては行けなくなってしまうもんな」
「そのことなんだけど。もう一人の先輩は今回のことで辞職願いを撤回したんだ。
さすがにこんなごたごたした時に辞められないといって、残ってくれることになった」
「それは助かるんじゃないか?」
「ああ、大分たすかったよ。
それに助崎先輩は例の大池先生から結構色々言われたみたいで、僕ら2人にも謝ってくれたよ」
「それはよかったな。
以前かなり悩んでいたようだったから安心したよ」
「あの時はすまん。
とりあえず、うちのリハ室の立て直しをやろうということで一致したし。
それと、佐川さんの装具については院長と僕とで説得しているよ。
助崎先輩の件があったから、家族も少し考え方が変わってきたみたいだ」
「じゃあ装具を作るかも知れないのか?」
「たぶん、一応作る方向に向かっている。
そっちのスタッフには色々迷惑をかけたみたいだったのでよろしく言っておいてくれ」
「わかった、そっちもがんばってくれ」
翔太は佐川さんの件に対しての懸念が拭えたことでほっとした。
彼は今回の柳司から聞いた佐川さんの情報を河野医師へ報告に向かった。
医師は渋い顔をして、師長はあけれたような顔をして報告を聞いていた。
報告には、なるべく助崎先輩の他院への批判は伝えないようにして伝えたつもりだったが、師長が噂を聞いていたみたいで余り誤摩化しきれていなかった。
それでも二人は一安心したようで、少しほっとしていた。
今回の件はこれで一応の収拾を得た。
しかしまだまだ患者さんがたくさん待っている。
今回はその中の一人の問題が収拾したにすぎない。
今回の件を次ぎにいかしていこうと思い、翔太は次の一歩を踏み出すべくリハ室へと向かった。
やっと第1話が終わりました。構成中に一部設定を変更したために、結構矛盾がでてます。
助崎PTの話はまた別の機会に出してみたいと思ってます。
なぜこんな考えになったのか、実現するかどうかはわかりません。期待せずにいて下さい。
次は第2話に移る前に閑話を一話挟みたいと思います。
タイトルは「謙ちゃんとえりかの無駄話」としたいと思ってます。