失くしたもの その1
おそくなりました第3話です。
予定通りの失語症の話です。
4回位を予定してます。
side?
ここはどこだ
おれはどうしたんだ
右手を動かそうとしたが、動かない。
左手は少し動かせるが、何か紐のようなもので何処かに繋がれている。
そうだ、目をあければいいんだ。そんなことに今気づいた。
まぶたがなかなか開かない。
誰かの言葉が聞こえた。
何を言っているんだろか?
誰かを読んでいるようだ。
まぶたが少し開いた。
周りに人がいる。
白い服を着ている。
マスクをしている。
頭にはパーマのときにつける帽子のような物をつけている。
目だけ出している状況だ。
今、おれはどこにいる。
わからない。
おれはだれだ。
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思い出した。
俺の名は、佐川洋之、絵本作家だ。
昨日は何をしていたか?
少しずつ思い出してきた。
昨日夜は、次の作品の打ち合わせで、編集さんと会っていた。
そのあと軽い食事をして家に戻った。
家には妻と子供が一人いる。
女の子だ。
昨日は遅かったので娘は寝ていた。
妻は起きて待っててくれた。
俺は寝る前の酒を少し飲んだ。
妻は簡単なつまみを作ってつきあってくれた。
その後風呂に入った。
風呂に入った後の記憶がない。
そこまで思い出したとき、部屋に誰かが入ってきた。
部屋?
ここはどこだ。
ベッドの上なのは解った。
透明なビニールの袋らしきものからチューブのようなものが左手に向かってのびていた。
周りには女の人がいる。
みんな白い服を着ている。
そうだ、これは看護師のきる服だ。
ということは、ここは病院で、のびているチューブは点滴か?
俺は何か病気になったのか?
入ってきた誰かが顔を覗き込む。
男性だ。
「佐川さん、解りますか」
今度ははっきりとした男性の声が聞こえた。
覗き込んだ男性の声か?
おれはどう返していいか解らなかったが、とりあえず『わかります』と返事をしようとした。
でも出てきた言葉は、「う〜うう、う〜」
言葉になっていない。
なぜだ、なぜ言葉が出ない。
男はそばの看護師らしき女性と何か話をしていた。
「大丈夫ですよ、ゆっくり休んでいて下さい」
そう言うと男は女性に何か指示をして部屋から出て行ったようだ。
何が大丈夫か解らない。
しかし何となく眠くなってきた。
そう考えているとだんだん意識が遠のいていった。
side Dr.
「先生!佐川さんが目を覚ましました」
ICUの看護師が私を呼びにきた。
私はこの病院の救急救命センターに勤務している医師だ。
佐川さんとは一週間前に救急搬送されてきた、脳出血の患者さんだ。
緊急オペが必要だったが、幸い危篤状態は脱していた。
後遺症が懸念される。
特に出血部位が運動領域だけでなく言語野まで達していた。
運動麻痺とともに失語症が懸念される。
とりあえず佐川さんの状態を見に行くことにしよう。
部屋へ入ると確かに目を覚ましているようだ。
そばの看護師に状態を聞いてみることにする。
「症状は何か出ているか」
「右手を動かそうとしてましたが少ししか動きませんでした。
それと言葉がすこし・・・」
おそらく失語症か?
声をかけてみよう。
「佐川さん、解りますか」
返事は?
「う〜うう、う〜」
言葉になっていない。
どうやら懸念したことが現実になったようだ。
そばの看護師に今後の予定を伝える。
「バイタルが安定したら、リハビリを開始する。
理学療法と言語療法を早期に始めよう。
今は言葉が出ないが早いうちから治療を始めると改善する可能性が高くなる」
佐川さんが不安そうに見ている。
もう一度声をかけておこう。
「大丈夫ですよ、ゆっくり休んでいて下さい」
さあ医局へ戻ってPTとSTに治療開始の指示箋をかこう。
どこまで回復するか解らないが、CT上ではかなり厳しい判断をしなければならない。
おそらく、歩行が出来るか出来ないか位かとなるだろう。
明日には家族に説明もしなければ。
忙しくなるな。
結構難産でした。
今までと表現を変えたこともですが、失語症の患者さんという自分で経験していない症状をどう表現するか、書いていいものか大分悩みました。
それでも書いた理由はこの話を最後まで読んでいただくと解ると思います。
見放さずによろしくお願いします。