新しい職場と友の悩みその1
リハビリと言えば理学療法士や作業療法士などが行うものだという風潮がある。
本来、リハビリテーションは大きく医学的リハビリテーション・教育的リハビリテーション・職業的リハビリテーション・社会的リハビリテーションの四つに分かれている。
医学的リハビリテーションは患者を中心として様々な医療職の人たちが、その自立を助けるものである。
その医学的リハビリテーションの理学療法という部分を担っているのが理学療法士である。
今リハビリと言えばこのなかの医学的リハビリ、それも機能訓練のみを指して言われることが多い。
実際には患者を中心にして、様々な職の人たちが関わって初めてその効果が現れる。
この医学的リハビリテーションにかかわる様々な人のドラマが、ここ桜坂リハビリテーションセンターにはある。
某年4月1日白い雲がまばらにある青い空。
すべてが満開であったらさぞ綺麗であろう桜並木。
もう満開の時期はすぎたのか、桜色の花の中に緑の葉があちらこちらに混ざっている。
その桜並木の下を、彼、岩波翔太は歩いている。
その先には大きな白い建物がある。桜坂総合医療センター。
桜坂総合医療センターは、ここ咲花市にある医療法人社団桜坂を母体とする医療グループの中心的な病院だ。
グループの名前は、創設者で理事長である桜坂隆一郎の名字からとられている。
この病院には救急だけでなく回復期の施設である桜坂リハビリテーションセンターも併設されている。
グループには医療センター以外にも、介護老人保健施設・介護老人福祉施設(所謂老人ホーム)・グループホーム・地域医療介護支援センターなどを持っている。
このなかの何処かが、これから翔太が働く職場である。
翔太の職業は理学療法士、年齢は27歳。新人としては歳が行っているが、高校卒業とともに約4年ほど印刷関係で働いていて、今回、養成校を卒業するとともに、故郷であるこの地に戻ってきたのである。
さて、どんな職場なのか、どんな人と出会えるのか、どんな患者さんと会えるのか、期待に胸膨らませての初出勤である。
就職して3ヶ月ほどたった。
すでに初研修は終わっている。
配置先は医療センター併設のリハセンターであった。
主に急性期の患者を診る部門である。
今日から患者さんを実際に診ていくことになる。
担当する患者のサマリー(要約)は研修後それぞれの元の担当者からトランスファーノートを渡され、説明も受けている。
最初は一日4名からだ。新患が出たら少しずつ増えていくだろう。
脳出血による片麻痺の患者さん、まだ十分な歩行はできない。自分の役目は歩行もしくは、移動を重点的に診ていくことになるだろう。
脊椎損傷による下肢の不全麻痺。この人も移動手段の確保が第一だろう。
こうしてみていくと、PTとしてはどうしても下肢・移動が中心になってしまう。それもそのはず、ここには作業療法士も言語聴覚士もいる。
彼らと共同して治療を進めていくと、やはり得意分野下肢・移動というわけか?いや、重点で見るのがそれであって、ほかにも見ていかなければならない部分が出てくるだろう。翔太はそれを期待している。
そうやって数日過ぎたころに、翔太より十くらい年上の男性がリハ室へ入ってきた。
「よお、相変わらずみんな元気だな」
スタッフのなかにはまたきたのかという顔と、久しぶりに見たという顔が入り交じっていた。
彼の声を聞いてかスタッフルームから山内部長が出てきて声をかけた。
「ひさしぶりだな、大池」
大池と呼ばれた男性はにこやかな笑みを浮かべていた。
「どうなんだい事業のほうは」
部長からの問いに、少し困ったような大池の返事があった。
「まあ、ぼちぼちだよ。ところで部長、また今年もたくさん新人入れたのか」
「まあ、また医療事業と介護事業の拡大もあるし、保険点数改正の影響もあるからな。そんなことより何か用があるんじゃなかったのか」
「さすが部長、よくわかったな」
「それ以外でお前がここにくるか。ここでは何だから向こうで話そう」
部長は大池を相談室へと誘った。
翔太はどうしても大池の事業というのが気になっていた。そこで近くにいた先輩に聞くことにした。
「先輩、今の人は誰なんですか」
先輩はほかのスタッフからも聞かれたことがあるのか、またかというように答えてくれた。
「大池先輩のことか。かれは以前はここのスタッフだったのだが、3年前に退職して開業してるんだ」
「開業ですか、できるんですか。学校では出来ないて聞いていたんですけど」
先輩は少し困ったように答えてくれた。
「我々理学療法士が患者を診るときは、必ず医師の指示のもとに行うことが義務づけられているのは知ってるな」
学生の頃を思い出しながらうなずいた。
「授業で習いました。医師法で患者に診断を下し、治療できるのは医師だけなので、必ず医師の処方のもとに治療をしなければならなかったはずです」
「そうだ、そして2014年1月に理学療法士会が、開業して整体のようなことをするのは違法という見解を出している」
「それならなおさらのこと開業は難しいのでは」
「ただそのとき協会の方は、転倒予防教室等は個人の責任において行うようにと、そして厚生省はこういった教室に関しては特に違法とはとらえていない旨の報告が上がっている」
そこで先輩は言葉をきると、ため息をついた。
「その厚生省の報告をを理由に開業した整体みたいなことをするのも合法といっている人たちもいる。
しかも、施術という言葉で治療じゃないからと理由を付けている人もいる。」
「それは、こじつけじゃないですか」
あきれたように言うと
「基本的に理学療法と整体と一緒にしている人がいるし。そう思っている理学療法士もふえているから、そういう解釈をする人がでてきている。
しかし理学療法士が開業できないかというと、出来る方法もある」
「え?そんな方法があるのですか」
「簡単なことというより当然のことだが、人の体を診なければいいんだ」
翔太が疑問に思っていると
「何も開業とは整体をすることじゃないだろう。介護タクシーや訪問介護ステーションなんかだと治療を行うんじゃないから別にいいだろう」
「たしかに」
「まあ彼は医療相談所を開業しているんだが、相談だけで治療や施術というのはやってないから問題ないんじゃないか」
「それでやって行けるんですか」
「彼だからできている」
怪訝な顔をしていると
「彼は弁護士や知り合いの医師や色んなとこと提携しているし、なによりも真剣に話を聞くから利用者も多いと聞くぞ。
まあこういった人脈がないと出来ないことだが。
特に弁護士に知り合いがいるのはつよいな」
「はあ、なるほどいろんな職種と連携をとらないとできない仕事ですね」
「おいおい、リハビリ自体が他職種との連携しなければならないだろ。
医者はもちろんのこと、看護師やOT・ST、その他色んな職種と連携しなければ仕事に並んだろ。
PT単独で仕事ができるなんて思い上がりもいいとこだ」
「あっ、確かに」
翔太は、完全に自分の仕事をする上でのことを失念していた。
「今回はその相談者で難しい例が出たんだろうな」
翔太にはその仕事内容にははあまり想像できないことだった。
「正直言うと、なんでそんなにしてまで開業するのかなと思う。
開業すると、色々な雑務、経営のやり方、税金や運営上の様々な付帯する雑務。
はっきり言うとめんどくさい。
それよりも宮仕えしていると、患者のことを一番に考えておけばいい。
その方が楽だからな。
後は、自分たちの制度を知ることと、ちょっとだけ上からの色々を我慢してればいい」
「そうですね、開業するより雑務は少ないでしょうし」
「俺は開業自体を否定はしないが、整体みたいなことをしたいなら理学療法士になる必要はないんだから、最初から整体師になればいいんだ」
「自分も学校に行くまでは、リハビリは整体みたいなことをするんだと思っていましたから、人のことは言えないんですけど、確かに先輩の言う通りですね」
「最近その辺はあまり教えてないのかな、リハビリイコール整体みたいなこと言う理学療法士が増えているが?」
「自分の学校はちゃんと教えてましたが、他の学校までは・・・ちょっとわかりません」
「そうだよなあ。
俺も自分が行った学校以外知らないしな」
彼はそういうと
「お前は変な方に進むなよ」
変な方てどんなことだと考えている翔太をそこに残し、彼は自分の仕事へと戻っていった。
第1話は全4回程度になります。
投稿時は第一話の3回まで、第二話の2回まで完成してます。
第三話から五話までのプロットは出来てます。
投稿には間が空くかもしれませんが、2〜3日に1回位できればと思っています。
よろしくお願いします。