第3話『血に染まる』
「――変――身――!」
その言葉に連動するようにシュウジの体に一つの深紅の輝きを放つ鎧が重なる。
刺々しい狂気すら感じるデザインの鎧はシュウジの体に重なると同時に、シュウジの体を包み込む深紅の鎧が顕現した。
その腕は太く。
その爪は鋭く。
その顔は竜を象り、その背にマントを携える。
まさに≪紅き竜騎士≫と呼ばれるにふさわしい装い。
「――――」
山賊の繰り出した剣戟を鎧はものともしない。剣は弾かれ、その身を傷つけることはなかった。
「――――■■■■■■■ッ!」
紅き竜騎士が吠える。聞いていることのできない咆哮があたりに木霊する。
その咆哮は地を揺らし、山賊たちを怯ませるには十分だった。
咆哮が終わった瞬間に繰り出される竜騎士の拳は、山賊の骨を砕き、家の壁を破壊し、まるでトマトを床にぶちまけたように山賊の体は地面に転がる。
「――――ッ」
そこから先は一瞬だった。十数人いた山賊は、最後の頭目を除き、地面にその脳症を、血液を、内臓をぶちまけて絶命していた。
竜騎士はゆっくりと山賊の頭目に近づいていく。
「た、助けてくれっ!」
怯えて、腰を抜かした頭目に、それでも竜騎士は容赦なくその距離をゆっくりと詰める。
「金ならやる! この村ももう襲わない! だから! だから、命だけは」
安っぽい命乞いだとシュウジは内心で毒づく。結局、自分は殺したが殺されたくはないと目に涙をためて懇願しているのだ。
返り討ちに合う覚悟もなく、殺していたのだ。シュウジは頭目に更に怒りを覚える。
「待って……」
止めを刺そうと拳を振り上げた竜騎士にリィゼが不意に声をかけた。ぴたりと拳を止めて竜騎士はリィゼの方を見やる。
「――――?」
「そ……ぉ……ら」
小刻みに体を震わせながらリィゼは呟く。
「そいつを……」
自身の震える体に鞭を打って、力強く言葉を紡ぐ。
「そいつを殺すなら……私がやります。いえ、やらせてください」
リィゼの目には確かな殺意が宿っていた。祖父を殺された復讐をしたいのだろう。
「――――」
リィゼから目を離し、頭目の右腕を掴み思い切り力を込める。まるでバナナがつぶれるように簡単に、頭目の右腕は潰れる。
「アアアァァァッァァァァァァ!」
悲鳴。
「――――?」
続いて左腕。
「ぁ……あぁ……アァァァァウウゥゥゥゥウッ!」
右足。
「がっ……」
左足。
「アアァァァァァァァァッ!」
四肢を全て潰され、頭目は地面に転がる。もはや自分で自分の体を支えることもできていない。
「――――――――」
「私が殺します」
台所から持ってきた包丁を両手で力強く握ったリィゼが前に立った。復讐をするつもりなのだろう。
殺さなければ殺される。そう思い、山賊たちを手にかけた自分と違い、祖父を殺した奴らが憎くて仕方がない。そういった表情だ。
復讐――。
それで気が済むならやらせて上げた方がいいのではないだろうか。
復讐に意味などないと教えられてきたが、彼女がこれから進む道にはこの復讐は大きな意味をもつのではないだろうか。
「たす……け……て……くれ」
懇願する声を無視するように、リィゼは頭目へと近づき、覆いかぶさるようにして包丁を突き刺した。
絶叫。
「お前がッ!」
憎しみをぶつけながらリィゼは何度も包丁を突き刺す。
「お前がいなかったら!」
刺すたびに家の中に盗賊の叫び声が響く。聞いてるこちらが痛々しく感じるほどの声を張り上げながら、それでもリィゼは手を止めることなく刺し続ける。
「おじいちゃんはッ!」
頭目の断末魔。
「死ななかった……」
目から大粒の涙を流しながら、リィゼは手を止めた。もう、頭目が動くことはなかった。
死んだのだ。殺した。リィゼが、自らの意思を持って殺したのだ。自分と同じように。
「おじいちゃん……」
リィゼの手から包丁が転がり落ちる。
その手は血に染まっていた。
着ていた白い服は所々が返り血で汚れ、その透き通るような白い肌にも。
「騎士様……逃げましょう」
放心状態でいたリィゼがぼそりと呟く。
この状況を他の村人に見られたら、もうここにはリィゼも住めないだろう。
シュウジは頷いて、変身を解除した。




