第1話『紅き竜騎士と村娘』
暗転した世界から一転。シュウジの目には明るい日差しが差し込んできた。
まぶしさに再び目を細めてシュウジは周りを確認する。あたり一面は木で埋め尽くされていた。
自分の格好を見やると死んだときの学校の制服のままだった。黒に赤いラインが入ったブレザーだ。なんとなく生き返ったのだということだけは理解した。
――とりあえず、スマホで……。
そう思ってシュウジはブレザーのポケットを漁るとスマホを取り出して電源を立ち上げる。
――圏外かよ……。
やはりかと思いシュウジはあたりを見回す。見渡す限り木と草だけが生い茂っている。ただ、幸いなことに周りが平坦なのでそこまでの山ではないだろうと、適当な方向に向けて歩みを進める。
――電波たつかな。
そんな不安を感じながらゆっくりと探索をするように周りを歩く。
生き返った状態なのに今度は餓死するなど考えたくなかった。ゆっくりだった足取りがだんだんと速くなっていく。
まだ、スマホの電波は圏外の表示のまま何も変わっていない。
――絶望的過ぎるだろ……。
一度足を止めてシュウジは現在の持ち物を確認する。ポケットの中にあったスマホと財布、たまたま持っていた飴玉一つ。
近くの木にもたれようとして違和感に気がついた。通学用のリュックだ。これもちゃんと一緒にあった事に少しだけ安心感を覚えてシュウジはかばんの中に入っていた水筒からお茶を少しだけ口に含む。中身はまだ冷たいままだった。
――留まっていたって仕方ないな。
遭難したときは動かないほうがいいといわれるが、こんな誰もいないところで立ち止まってしまうのは自分を再び死に近づけているような行為としか感じない。
そもそも、家の人間にどこに行ってきますと言ったわけでもない。死んで生き返ったのだ。もちろんそんな状況で救助を待てない。現状で自分がどこの森にいるのかもわからないのだ。
木にもたれかかるのをやめて、再び歩みを進めて空を見る。すでに日が傾きかけていた。この分では野宿確定である。
どうしたものかと思案しながらも歩くことを続ける。だいぶ最初の場所から離れた気がする。
「あっ……」
思わず安堵のため息が漏れる。煙だ。少し遠くだが煙が見える。人がいるかもしれない。そう思うとシュウジの足は加速する。
森の木々の間を転ばないように木をつけながらシュウジは早足でかける。おそらく煙が立ち上っている位置までここからならば一時間はかからないだろう。日の入りまでの間にはたどり着けることに胸をなでおろしてなれない道を駆け抜ける。
やっとの思いで森を抜けた先にあったものはすべて木で作られた家だった。家というよりもどちらかというと小屋に近いように感じる。
畑も近くにあるが、何かが、どこかが違う気がする。シュウジにとってそれははじめてみる光景だった。何がと問われれば現代においてこのような科学を使わない生活をしている人間がいるのだろうかと思うような、電気も使われていないような暮らしだと言うことは見て取れた。
普通ならあるはずの電柱も立っていなければ街頭もない。スマホを確認してもやはり電波は圏外を指し示している。
――どうするか……。
とりあえず、煙が上がっているほうに向けて歩き出す。何をしているかは知らないが、火があればそれを見張るために人がいるはずだ。
「あの……」
「――ッ!」
そうして歩き始めた瞬間、後ろから声をかけられて焦って体がビクッと震える。女の人の声だ。一瞬驚いたが、シュウジは気を取り直して声の主のほうへと振り返る。
そこにいたのは金髪碧眼の幼さを残した少女だった。金色の髪は胸のあたりまで伸び、その眼は純粋そうな印象を与える。胸はつつましやかだが、あと二年もすれば美少女になるだろう。
自分よりも年下なのは確実だろう。綺麗で可愛らしい表情をした少女はこちらを見るなりシュウジの左手を両腕でつかむようにしてまじまじと観察するようにみる。
「えっと……なに……かな?」
突然の行動に不意を突かれて戸惑うシュウジをよそに少女は嬉しそうにシュウジの手を握ったまままるで騎士のように傅いた。
「無礼をお許しくださいませ。紅き竜騎士様」
あまりの展開にシュウジは口をあんぐりとあける。紅き竜騎士という言葉にまったく聞き覚えはない。なぜ少女にそのような呼び名で呼ばれているのか皆目見当もつかないシュウジをよそに少女は言葉を続けた。
「私はこの村の村長の孫娘のリィゼ・ノーラと申します。無礼を承知で申し上げます。どうか、どうか……この村を救ってくださいませ!」
傅いて頭を下げながら少女はシュウジに懇願するように言葉を続ける。
「この村に本日、山賊が現われ食料を要求されました。この村は先の戦争で男手が少なく食料をとられてしまっては……それに拒否すれば……」
「ちょっと待って! 待って!」
リィゼと名乗る少女の言葉を遮りシュウジは声を荒げる。あまりの超展開過ぎてシュウジ自身がついていけてない。
「俺はただの学生で君の言う《紅き竜騎士》なんかじゃない!」
「そんなことはございません! 竜騎士様の手の甲の紋様は間違いなく伝説に伝わる戦士の紋様と同じにございます!」
「いや、そんな紋様なんて……」
リィゼに手を離してもらい、自分の左手の甲を眺める。そこには血のような紅で魔方陣のようなものと直線で描かれたドラゴンの顔が記されていた。