第12話『謎の声と黒い炎』
「――■■■■■■■■■■■■■■ッ!」
オークの次に大量に表れたゴブリンを切り倒したところで、シュウジは咆哮する。
もう、何体目だろうか。
一番最初のオークを倒してからすでにもう二時間は優に超えていたはずだ。
「大丈夫ですか?」
「――――――っ」
声を掛けてくれた竜騎士にこくりと頷いて返事をして、シュウジは剣を構えなおす。
もう既に腕も足も力が入らなくなりそうなほどだ。
「では、御武運を」
先ほど声をかけてくれた竜騎士は伝令役だろう、そういうと戻っていってしまった。
――きっついなぁ……。
いい加減にしつこいと言いたくなる気持ちを抑えて、足に力を込めてその場を飛ぶ。
オークと違いゴブリンには打撃が効くようで、時には剣を使わず拳で殺した。
「――■■■■■■■■■■■」
――いい加減にしろ!
吠えながら拳を突き出しゴブリンを鎮める。
ゴブリンを殴り倒した拳から嫌な感触が響き、ゴブリンは痙攣する。
――何度殴っても、この感触は気持ち悪い……。
先ほどからクリスにはあえておらず、今もどこかで戦っているだろうか。
――それもいつまで続く……だいぶ、奥まで誘い込まれたかな。
味方も疲労困憊で、敵は増えていくばかり。
――本当に、いったい何対いるんだ。
幸い、死傷者こそそこまでいないがこのままではこちらの被害が増えていく一方ではないか。
森の地形はゴブリンには有利なようで、時には奇襲をかけられている。
「無事かシュウジ?」
切り払い、ゴブリンを仕留めた所で後ろからクリスが近づいてきた。
だいぶ前に出すぎたためだろう。
ひとまずクリスに頷いて、未だ迫りくるゴブリンたちに目をやる。
――まだくるか……。
そう思い、足を踏み出した瞬間足がよろけた。
「ぇっ……?」
急速に意識が遠のくような感覚と、体を包み込んでいた鎧が消えた感覚が体全体を襲う。
「シュウジっ!」
「あれ……?」
バランスを崩して、片膝が地面に落ちる。
「強制解除!? 使いすぎか……」
細くなった剣が手から転げ落ちて、シュウジの体が倒れた。
「どうする……」
クリスは地面に倒れるシュウジを見て顔色を悪くする。
この状況でシュウジを放って置いて逃げられるほど、クリスは冷酷ではなかった。
「お願いね」
背後を守っていた竜をシュウジの守りにつけて、自分の二刀をクリスは構える。
どうにも、きな臭くなってきた。
ここまで何十体のゴブリンやオークを攻撃し、殺したがそれでも一向に攻撃の手が緩む気配はない。
魔物もここまでやれば動物と同じで尻尾を巻いて逃げると踏んでいたクリスの読みは外れた。
「いい加減にしろっ!」
青い閃光が流れると同時に幾多ものゴブリンが切り裂かれる。
返り血を浴びて、それでも止めることなく二対の剣を振り続けた。
鎧を全身に纏っているため弓矢の攻撃などは一切受けないが、それでも体力は徐々に消耗していく。
「囲まれてるわね」
味方は自分たちのことで手一杯だろう。そうなると応援は期待できそうにもなかった。
『何、この程度の雑兵共がいくら来ようとも敵ではない』
立ち上がる影がひとつ。
シュウジだ。
『人間の娘、お前はよくやっているよ』
下を向き、にやりとした悪趣味な笑みを浮かべていた。
発声器官が同じでこうも違う声がでるのだろうか、暗く闇へといざなわれそうな声。
『ここは任せるがよい』
瞬間だった。シュウジが地面に転がった剣を持ち上げたところで、姿が変わる。
「なによ……それ……」
『何だ、そんなこともわからんのか』
先ほどまでシュウジが持っていた剣と明らかに違う、大きさは身の丈を超えて装飾も赤かったものが黒へと変色している。
シュウジが纏っていた鎧と同じようにまがまがしいデザインであることに変わりはないが、やはり異常とでもいうべきだろう。
『ふむ……まだ完全というべきではないか……』
シュウジの顔をした何かはそんなことを呟きながら一閃、軽く剣を薙ぐ。
その斬撃は風を切って目の前にいた数体のゴブリンの体を無残にも切り刻んだ。
ボトボトと体の一部が欠損して、地面に転がる。
「異常よ……」
明らかに今のシュウジの力は常軌を逸していた。
『竜騎士を名乗るのだから、これくらいやってもらわねばな』
そういいながらそいつは笑う。笑いながら、殺戮を始めた。
苦戦するはずのオークですら、その手に持つ剣の一振りで沈め、何体襲い掛かってこようが意に介さない。
『甘いなぁ……』
そんな一言を吐きながら、出てくる敵をなぎ倒していく。
鎧も纏っていない、人間の姿で。
「…………」
言葉を失った。今まで自分の力はある程度強いと確信していたクリスですら、手も足も出ないであろうことは想像に硬くない。
ぞろぞろとそれでも集まってくるモンスターを無残な死体へと変えていく。
「人間じゃ……ないわ……」
『この程度の敵しか居らんのか……退屈だな』
それはまさに圧倒的な暴力だった。
「グオォォォォオオ!」
「ハイオーク!? こんなところに?」
突然聞こえた叫び声と同時に姿を現したのは先ほどみたオークよりも巨大な固体。
街の入り口に現れた固体よりも更に大きく、その体に防具を纏っている。それが、五体も同時に現れたのだ。
「嘘でしょ……」
もはや、意味がわからない。なぜ普段魔物が出なかった村にここまで多くの魔物がでるのか。
『面白い……俺もやってみるかな……』
呟いた瞬間に、地面から巨大な黒い炎が吹き上げる。
シュウジの体を包むように魔法陣のようなものを地に描きながら、黒い炎は螺旋を描いていく。
『さて……』
右の手の甲に黒い炎が灯って、黒い刻印が刻まれていく。間違いなく、それは竜騎士の魔方陣だ。
「どう、なってるの……?」
何の契約もなしに、右手に刻まれたそれを見てクリスの頭は追いついていなかった。
『いくか』
剣を肩に乗せて右手の甲を突き出して静かにシュウジだったものは呟いた。
『変身』
瞬間、シュウジの体を炎が包み込んだ。




