プロローグ、響く金属音
「うん、合格。合格だよ、救世主くん」
目尻の光るものを指ですくい取りながら彼は指を鳴らす。それに呼応するように俺の後ろでなにか金属が擦れながら遠ざかる音が。
「っ!?」
思わず振り返ると、見覚えのある頭の凹んだ甲冑が去っていくところだった。……その手に刃先が赤黒く染まった処刑斧を持ち、上げていたソレを床へ下ろしながら。
「首を押さえたりして……どうしたのかい?
何か悪いものでも見た?」
目元を拭い終わった彼が不思議なものを見るような顔で見てくる。それまで純粋な少年にしか見えなかった彼の顔が途端に嘘っぽく、貼り付けられた仮面っぽく見えてくる。
その落差に頭が混乱してくる。人として信じるべきか? それとも商売相手として? その混乱をひとまず置いておいて、少年神へ向き直る。
礼儀とかではなく、恐怖として。イマイチ計り知れないこの少年を視界から外すことの、恐怖として向き直ることを体が決断していた。
「ん? 何か新たな疑問でも湧いたのかい?」
きょとん、とした顔をした彼は首を傾げる。あどけない少年の可愛らしさを振りまくその行動だけれど、それも疑わしい。
自然に口が動いてしまっていた。
「今、俺は殺されかけてた?」
「そんなこと、なのか?」
さらりと命のことに対してそんなこと呼ばわりされ、衝撃を受ける。
やっぱり……?
むくむくと膨れ上がる不安を追い討ちするようにして、彼はあどけない笑顔で言い放つ。
「あそこで諦めてたなら、そうかもしれないですねぇ?」
ニタリ。蛇が獲物を見ているような顔、とでも言うべきだろうか。あどけない顔はそのままに、表情を変えないまま静かに獲物を見定める顔になる。
バケモノじみたその気配に気圧されそうになる。負けそうになる。だけどッ!
「んん?何でそこでふらついてるのかな?」
また首を傾げた神に、平気そうな顔をして目を見つめ返す。
「大丈夫だ。寝起きから時間がそれほどたってないせいで、めまいが起きただけだからな」
精一杯な強がりを、そう、の一言で流した神は皮袋をひとつ取り出すと、俺へと投げ渡す。
空中で掴んで受け取ったその皮袋は、小銭で少し膨らんだ財布位の重さで、なめしに荒があり質の良いものとは言えない手触り。決して高いものには見えないような感じの皮袋だ。
ソレを受け取ったのを両の目で確認した神は、またゆったりとした飛行空気椅子に戻る。
「救世主たるもの、やっぱり自分の武器くらいは詳しく知らなきゃ……ね?」
同じ大きさ、膨らみ加減の皮袋を取り出し手で弄びながら、神はニコりと俺に笑顔を向ける。その笑顔は余りに作り物じみていて、同じ笑顔のはずなのに後暗い不安感が大いに煽り建てられるような笑顔だった。