pre.プロローグ
女神歴2000年4月2日お昼の中ほど。
なんてことの無い春の日が訪れる筈だったその日、そのお昼時。
「何……アレ……?」
思わず眠くなるような心地よい春の風が連れてきたのは、
冬ごもりから開放され民が活気づく喜びの季節の面影が無いナニカだった。
町のみんなが同じ表情をして空を見上げる日が来るなんて見たことがなかった。
空がガラスみたいに割れる景色なんて想像すらもしなかった。
木々が萎れ、塵になっていく森の断末魔なんて聞いた事は無かった!
時には風と高波を、時には魚と貝を分け与えてくれていた海が! 跡形もなく消える日が来るなんて、悪夢にも見たことは無かった!!!
目の前に広がっていたのは、そんな、終わりに終わりきっていく世界。希望なんて一欠片すら残っていない絶望そのものだった。
呼吸すら忘れていた私は、崩れ落ちて体を地面に打ち付けてようやくこれが現実なのだ、と認識した。
何とか、しなければ。
出発前にくすねてきた林檎が泥団子のような色へ変化していくのから目を背け、ただ湧き上がる正義感にも似た衝動だけで体を動かす。
ろくに家に帰ってこない父ならば、何かを知っているかもしれない。
指に光を灯して服に図形を描きつつ家へと逆戻りに走る。
「我八命ズル 影トカゲ八不要ナリ 消エ失セロ!!!」
何度も試し開発に2年間もかけた魔法が弾ける光のシャワーを体ででかき分け、隠形が溶けて現れた金の髪を振り乱して惨めなくらいに全ての力で走る。
そして、その道筋を塞ぐ群衆へ向かって声の限りに叫ぶ。
「私はリココ!!リココ=グローヴィオ。王女なり!!!王城への道を開けなさいっ!!!」
少しなりと空いた隙間を身体中から光をこぼれ落としながら疾走する。
何か、何か救いはないのか! と。
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キチチチ、キチチチ、と果ての見えない砂海をヤドカリのような生物は餌を求めて甲殻を擦り合わせながら歩いて行く。
背中に背負った木箱。それに書かれた果実と三叉槍の紋章、そして下に焼き入れられたグローヴィオという文字列。
その意味を知る人は、もう、存在していなかった。
2016/3/16 指摘された箇所の修正
2018/11/22 しっくりこなかったので丸ごと書き直し 前までにあった部分は別の場所に振り分けて書いていく予定