6.
「もっと余裕があると思っていたけどぎりぎりになっちゃったわね」
新しく仕立てられた服を着せ寸法を確認するセシリーさんが言う。
「すみません」
「あなたのせいじゃないわ。早く怪我が治ってよかったじゃない」
真新しい服に袖を通すのはいつぶりだろうかとエリックは考えるが、記憶にあるのは母親がまだいた頃だ。孤児院に入れられた時から服は最低限しか与えられない上、おさがりばかりだった。
真新しい服を着せられたエリックは、セシリーに連れられ屋敷の中を案内される。この日までエリックが過ごしたのは自室と側にあったトイレとお風呂だけだ。そのお風呂もようやく昨日一人で入る事ができたばかりだ。
「あの……」
「これから旦那様のお部屋でお話しがあるそうよ」
セシリーに連れられながらどう接したら良いのかを考える。
「緊張するなと言っても無理でしょうけどね」
くすくすと笑うセシリーさんが恭しくドアをノックすると
「どうぞ」
と返事がある。ドアを静かに開け入室する。
「エリック・アネルカをお連れしました」
そう言うと優雅に挨拶しセシリーは退室する。部屋には、ガスタンと娘のリーズ、そしてエリックの3人だけだ。ガスタンは、執務用の机の席に座り、その隣にリーズが立っていた。
「すっかり回復したようだね」
「はい。おかげ様でようやく動けるようになりました」
「病み上がりの者を立たせたままと言うわけにはいかないな。先に挨拶だけさせてもらおうか。改めて私は、ガスタン・トリスタンだ。そして隣にいるのが娘のリーズだ」
目で娘に合図したガスタンは挨拶するように促した。
「リーズ・トリスタンです。先日は、危うい所をお助けいただきありがとうございます」
綺麗な声でそう礼を言ったリーズに満足したガスタンは
「さあ。立ち話もなんだろうから椅子に腰かけるといい」
と執務室の前に置かれたソファーまで移動すると2人にも腰掛けるように言った。ガスタンが腰かけ、その横にリーズも腰掛ける。2人が腰かけたのを見てエリックも対面にあるソファーに腰をおろした。
「まずは君の快癒を心から喜ぼう」
「ありがとうございます。これも旦那様はじめ皆様のおかげです」
「改めて君の事を少し聞いてもいいかな?」
「はい」
「君はこの街で生まれたのかい?」
「はい。自分はこの街で生まれました。この街の北側にある家で両親と暮らしていましたが、自分が6歳の時に悪魔が絡む事件がありそこで両親を失いました」
リーズがエリックの話しに反応して目を見開く
「悪魔に襲われた時、自分は気を失っていたので後で大人たちから聞いた話しでは、母は自分を庇って倒れ父は悪魔と戦って死んだようです。ようですと言うのは、自分が気がついたのは悪魔の襲撃から3日後で、そのときには両親の葬儀もすでに終わっていたからです。自分は気がつくとすぐに孤児院に連れて行かれたので両親の墓がどこにあるのかも知りません」
エリックの話しを真剣に2人は聞く
「そのあとは、孤児院での生活でした」
「そうか。君はずいぶんと苦労したようだね」
「はい。ですが、旦那様のおかげで自分にも少し可能性が持てました。とても感謝しています」
「リズ。君はエリックの話しをどう聞きとめたのかな?」
「はい。私も母を亡くしています。その想いは一緒なのかもしれませんね。私は、母を奪った悪魔を許しませんから」
か弱くも見える少女の強い意志を垣間見る。
「エリック。あなたは、エクソシストになれたら……エクソシストになった時どうしたいと思いますか?」
乗り出すように聞くリーズの勢いに一瞬、戸惑ったが
「自分は、エクソシストになります。そして、自分と同じ想いをする人が増えないように悪魔と戦いたいと思っています」
エリックの答えにリーズは困惑する。
「あなたは…ご両親の仇を討つのではないのですか?」
「両親を殺した悪魔を見つけ、倒した時に戦いは終わるのでしょうか。自分は、リーズ様や自分のように大切な家族を奪われる事がないように1人でも多くの人を救いたいと思います」
リーズが俯く。ため息をひとつ入れたガスタンが娘を見ながら
「エリックくんの言葉の方が正論だろうね」
「ですがお父様……」
「いいかいリズ。君は憎しみや復讐のためにエクソシストになると言うなら僕は反対だよ。きっと君の母さんもそんな事は望まないしね。だけどねリズが皆のために悪魔と戦うと言うのなら父さんは、精一杯応援するつもりだよ」
ガスタンの言葉を聞いて少し納得したのかリーズの表情も変化する。
「2人には約束してほしいんだ。僕は、可能な範囲でエクソシストの養成を行っている養成所であるベルキュリアを支援している。それは。僕たち家族のように大切な人を失う事がないように戦える者を養成するためなんだ。決して個人のためや自分だけのために活動してはいけないよ。君たちが目指すエクソシストは、民を守るための剣なのだから」
エリックは、ガスタンと養成所ベルキュリアの関わりを聞き、ポーカーさんとの関係や紹介状の事を理解する。
「はい……」
リーズは、父の話しを聞き入れたのか少し元気なさそうだが、納得したようだ。
「エリック。君もその力を使う時には十分考えて欲しい」
「はい」
「それと2人には言っておくが、養成所では私の娘だと言う事や推薦があると言う事は何の恩恵もないからね。厳しい訓練は君たちの想像を超えるものになるだろう。だから入所するまでの3年間は、君たちが将来エクソシストになるために必要な土台作りをしなくてはならない」
「「はい」」
「いい返事だね。そこで僕からポーカーに少しお願いをしてある」
「お願い? とはなんですお父様」
リーズが父親に尋ねると
「ポーカーに時間があるときに、君たちの指導を頼んでおいた。これから時々屋敷に来てくれるだろうから彼の指導に従うようにね」
「ポーカーさんは、エクソシストなんですよね」
「ああ。彼はそのエクソシストの中でもアブソープに成功したコンタクターだからね」
聞きなれない言葉にエリックは首をかしげる。
「アブソープは、教会でスピライザーが行う儀式のことよ。その儀式で天使と契約することに成功した者をコンタクターと呼ぶの」
詳しく説明するリーズを見てエリックは関心する
「ポーカーから聞いていたな?」
「ポーカーおじさんが、教えてくれたから……」
「そう言う事だ。ベルキュリアでは、悪魔との戦闘を前提にした知識の習得や戦闘技術を身に着ける事になる。その技術の1つが現在も研究開発が継続されているアブソープによるコンタクトだ。下級の悪魔などであれば、戦闘訓練を積んだ者であれば戦いようもあるが、上級悪魔やその上の悪魔と戦うには、悪魔を退ける力が必要になるんだ」
「それが、天使との契約、つまりアブソープですか?」
「物わかりがいいなエリック君は。このことはあまり一般的には知られていないのだけどね」
「誰でもコンタクトする事ができるのですか?」
「いや。コンタクトできる者は限られているんだ。「魂の力」「生きる力」「運」「素質」「相性」によるなんて言う者もいるが、実際にはよくわかっていない。但し、普通の暮らしをしているような者は、ほとんど成功していない」
「旦那様はどのように考えているのですか?」
「僕はね強い意志と信念が必要だと思っているんだ。強い想いがなければ神は天使は応えてはくれいないとね」
「ポーカーさんが同じ事を言っていましたね」
「私も彼の受け売りだからね」
ガスタンが笑いながらいった。
「明日、ポーカーがここへ来ることになっている。2人は直接話しを聞いて自分たちがすべき事をしなさい」
「「はい」」
「それとエリック。セシリーから聞いたが、ここでの君の仕事と役割についてだったな」
「はい。お役にたてる事があればなんでもします」
「君は文字の読み書きはできるかい?」
孤児院の子供の多くは簡単な文字しか読めない者が多い。学校などに行けるのは貴族や商家の子供くらいなものだ。
「はい。幼いころ母に習いましたので難しい事でなければ大丈夫です。孤児院でも書き物をしていましたから」
「なら君の役割は、娘と勉強すること。娘とポーカーの訓練を受ける事だな」
リーズもエリックも「えっ?」と互いの顔を見てすぐに視線を外す
「君たちの戦いはすでに始まっているんだ。目標があるのだから少しでも努力しなくてはならない。そのためには勉強も重要だし、体力をつけたりしておかなければならないんだ」
説得力のある説明に2人は否定することもできない。
「勉強は、僕か執事のカルネルが教える。エクソシストの訓練や知識はポーカーが考えてくれるはずだ」
「ですが、それではあまりにも申し訳ありません。何か自分に仕事を申し付けてください」
あまりにも優遇されるエリックは申し訳なさそうにガスタンに申し出る。
「君は本当にしっかりしているな。気が済まないか……なら君には皆の雑用を頼むことにしよう。なんでもできる事はけっして無駄にならないからね」
「はい。精一杯お勤めさせていただきます」
エリックの姿勢を見てリーズは少し恥ずかしさを感じる。恵まれた環境にいる自分と厳しい環境の中生きてきたエリックを比べると取り組む姿勢も覚悟もずいぶんと違う。
「よし。難しい話しはこれまでだ」
ガスタンは話しを区切ると明日ポーカーが来る時間を2人に伝える。
「失礼します」
とエリックが退室すると残った親子は話し始める




