4.
「エリック! だめよ家の中でおとなしくしていなさい!」
「だめだ母さん行かないで!」
突如戻る意識。エリックが目を開けるとそこには見慣れない天井があった。いつもの孤児院の殺風景な部屋ではなく、いつもの硬い木の寝台でもなかった。エリックが、今寝ているのは、かつて家族と暮らしたときにくるまった暖かく柔らかい布団だった。
「こ、ここは?」
「あら、目が覚めたみたいね。少し待ってね人を呼んでくるから」
聞きなれない声の方へ眼を向けると見たことのないメイドの姿があった。
「あ、あの……」
現状を理解できないエリックが、メイドを呼びとめようと声をかけたが、すでにメイドは部屋の外へ出ていく所だった。
エリックの頭は混乱している。
「確か、院長先生に殴られて…どうしたんだっけ」
記憶をたどるが、エリックの記憶はぷっつりと途切れている。
「起きたのね!」
先ほど出て行ったメイドと共に入ってきたのは、エリックが見たことがあるメイドだった。
「確か……」
「ええ。いつぞやは大変ありがとうございました」
かつて助けた少女と共にいたメイドの姿があった。
「あの……なぜ僕はここにいるのですか?」
「まずは、ご安心ください。聞きたいことは色々あるでしょうが、詳しくは旦那さまがお話しになるそうですからその時にお聞きくださいね。さあ、まずはお怪我の確認と着替えが先です」
怪我と言われてようやく自分の身体の異変に気づく。身体を動かそうにも力が入らず、わずかに動くだけで激痛が走った。
「つっ!」
「あらあら。まだ無理ですよ。あなたの怪我は軽いものではないのですからね。お医者の先生からもしばらくは安静が必要だと聞いていますから」
抵抗しようにも動かない身体では抵抗できず、メイドさんに服を脱がされ新しい衣服に交換される。気恥ずかしい気持ちでいっぱいだったが、今のエリックは何もできない。
「まあ。男の子なんだからいいでしょ」
男子でも恥ずかしいものは恥ずかしいとエリックは、言いたかったが言えなかった。
「よし。これでいいわ。目が覚めた事は旦那様方に報告しておくから。そうねあと何か食べられそうかしら?」
メイドさんの言葉に答えたのは、エリックの口ではなく胃袋だった。
「あっ!」
エリックは顔を赤くするが、鳴り出したお腹は黙っていてくれなかった。
「あら案外大丈夫そうね。じゃあ、何か消化のよいものを持ってくるから少し待っていてね」
有無を言わせぬ物言いで顔見知りのメイドが部屋を出ていった。結局、ここがどこなのかわからないエリックは、身体を動かせる範囲で周囲をうかがう。調度品や花が活けられた花瓶などの様子からここが身分の高い者の屋敷だと判断する。着替えの時も見たが、自分の身体にできた無数の痣が治りつつあった。また、数日の間寝込んでいたかもしれないとエリックは考えた。
「お待たせ」
考え事をしている間に準備できたのかお盆にスープとパンを乗せたメイドが戻ってきた。
「どう? 自分で食べられそう? 食べさせてあげても良いけど」
「だ、大丈夫です。じ、自分で食べられますから」
慌てて痛む手を振り辞退する。
「そう? じゃあゆっくり召し上がれ」
側に腰かけたメイドさんに見られながら、ようやく持ち上げた手でスプーンを口に運ぶ。
「つうっ!」
スープを口に含んで初めて口の中の傷口に気がつく。
「大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
痛みは我慢すれば何とか我慢可能なものだった。そして、空腹を訴える胃袋はそんな痛みをよそに次のスプーンを要求する。痛みも忘れるように次々と口に運ぶ。夢中でお盆の上にあったパンもスープも食べ終える。どうやら胃袋も満足したようだ。
「おかわりする?」
メイドさんが笑みを浮かべて聞いてくれるが
「いえ、もう大丈夫です。それよりも少し教えてください」
「お話しは私よりも旦那様がいいわね。少し待っていて旦那様に声をかけてくるわ。それと私は、セシリーよ」
「はい。セシリーさん」
にこっと笑い部屋を出ていくセシリーさんを見送る。改めて見るとセシリーさんは、十代後半か二十歳くらいに見えるとても綺麗な人だった。
エリックは、少しの間ベッドの上で待っていたが、ふと、自分のような者が旦那様と呼ばれるような人にベッド上で失礼しても良いのだろうかと考えた。だが、エリックの身体はいまだに身体は起き上がるのも難しい状態だった。
そんなことをエリックが、考えているとドアが開き、そこには40代半ばくらいに見える紳士が立っていた。
「お邪魔するよ」
丁寧な口調、気品あふれる立ち居振る舞いは貴族のもの。ベッド上では、なかなかできないが精一杯姿勢を正しエリックはその紳士に視線を向ける。エリックがいるベッドの横にある椅子に腰かけた貴族は
「エリックくんだね」
「はい。エリック・アネルカです」
「ふむ。私はガスタン・トリスタンだ。一応貴族と言う事になる。それよりも身体はどうだね?」
「おかげ様で何とか」
「医師の見立てでは、まだ当分安静と言っていたが、ずいぶんと経過が良いようだね」
首を傾げるエリックを見て
「君がここに運びこまれてきたときには、それはひどい状態だったのだよ」
「し、失礼ですが、僕はいつからこちらにいるのでしょうか」
「君がここに運ばれてきたのは3日前だよ」
「3日……」
エリックは、昏睡していた時間に驚く。3日のわりには、身体の怪我も治っているようだった。
「回復が早いようでなによりだよ」
「医師の方にまで見ていただき、本当にありがとうございます。ですが、なぜ自分がここでお世話になっているのかを教えていただけないでしょうか」
「ふむ。君は年のわりに言葉もしっかりしているね。まあ、ゆっくりと説明するつもりだからあわてないで1つずつ話していこう」
言葉は、小さい頃から母親に厳しく言われていた。
「はい。お願いします」
「まず、君には、孤児院で起こった出来事について説明しよう。君が住んでいた孤児院の院長は、違法行為をしていた。君が持たされた荷物は、とある貴族との癒着を証明するものだったのだよ。そのとある貴族については伏せておいてほしい。これには色々と事情からむからね」
貴族の事情となれば、孤児のエリックが、かかわるような事案ではない。
「はい。他言するつもりはありません」
「それでよい。そして、その証拠を手に入れた憲兵と1人のエクソシストが孤児院に向かったのだが、そこで院長に殴られ傷つけられていた君を見つけたんだ。発見したときにはすでに意識もなく身体中傷だらけだったが、息をしている事はわかったのでエクソシストが君を連れてここへ来た」
「エクソシスト……まさかポーカーさんですか?」
エリックは、少女を助けた時に関わったエクソシストの名前を思い出す。
「おや。彼を知っているのか。そうだ彼が君をここへ連れてきた」
「そ、それはなぜでしょうか?」
動かない身体を身を乗り出すように尋ねる
「君は、そのエクソシストに会った時に1人の少女を救出した。間違いないね?」
「自分はただ、怪しい男に連れて行かれそうになった彼女を放っておけなくて。でも結局何もできずにかえって迷惑をかけたのかもしれません」
「それは違うな。彼にポーカーに聞いた話しだと。往来で見ていた者も多かったようだが誰も追いかける事もなかった。そんな中、君だけが大切なお使いを中断してまで少女を助けに向かい、そして武器も何も持たずに1人でその男に立ち向かったと」
「ですが、結局何もできずにその男に殺されそうになったところをポーカーさんに助けられました」
「それは、結果だよ。事実、君がいなければ彼も間に合わなかったと言っていた。君が気を引いてくれた事で生じた隙に無事少女を救出できたとね」
「もしかして……彼女はあなたの……」
あの時、少女と一緒にいたメイドがこの屋敷にいた。となれば答えはそれほど多くない。
「ああ。君が助けた少女は、私の二女リーズだ。エリックくん娘を助けてくれて本当にありがとう」
目を閉じ頭をさげる目の前の貴族を見てそれ以上にエリックは頭を下げ恐縮する。
「お、お願いです。顔をあげてください。じ、自分はただの孤児です」
「君の立場や素性は関係ないんだよ。それに娘を助けられて礼も言えない父親にはなりたくないからね」
柔らかく丁寧な口調、そしてその考え方は、貴族の中でもこんなすごい考え方をする人がいたのかとエリックは感心する。
「は、はい」
「それでよい。さて、話しを少し戻そう。君がいた孤児院は、院長が捕まったことで閉鎖される事が決まった。よくよく聞けば孤児たちへの暴力や搾取もあったようだしね」
「そ、そうですか」
エリックは、あの院長が捕まった事は喜んでも良かったが、帰る場所がなくなった事とディーンの事が気になった。
「君の他にいた孤児たちは、すでに別の孤児院に移されたから君が心配する事はないよ。おそらく君がいた孤児院よりは何倍もましな場所だと思うよ」
ディーンも新たな孤児院へ移れたと聞いてほっとする。
「安心しました。彼も行く場所がない仲間でしたので」
「君は、この後どうしたい?」
「それはどう言う意味でしょうか?」
「ふむ。君には幾つか選択肢をあげようと思っているんだ。他の孤児院へ向かう道。どこか奉公できるような店に向かう道……」
保証人のいない子供が働ける場所は限られる。住み込みで働かせてくれる場所を紹介してくれると言うのだろうかとエリックは考えた。だが……
「最後に……娘と共に王都へ行きエクソシストとなる道だ」




