11.
「本当に準備はできたのかい?忘れ物とかはないかな?」
「はい。必要な物はすべて馬車に積み込みました」
ガスタンの問いにエリックが答える。どうにもガスタンは先ほどから落ち着きがないようだ。
「旦那様。また、お嬢様に怒られますよ」
馬車にはすでに2人の荷物を積み込み終えている。ついに養成所ベルキュリアがある王都へ2人が旅立つ日がやってきたのだ。
セシリーに宥められるガスタンは、娘との別れの時を迎えどうしてよいのかと悩んでいるのだ。
妻を失い。長男が王都へ向かい。長女は嫁に出てしまってからガスタンにとって側にいる娘は、生活のすべてと言っても過言ではなかった。
その娘がいよいよ王都へ旅立つ。屋敷があるニフリーズの街から王都までは馬車で北に5日程と言ったところにある。会おうと思えばいつでも会いに行ける距離なのだが
「お父様!」
旅装した娘が現れると父親は小さくなった。
「約束ですよ」
昨日、娘に言われた事は、リーズがエクソシストになるまでは会わないと言うもの。娘の決意の表れでもあり、覚悟でもあるのだが、ガスタンは理由をつけて王都まで時々視察にいくつもりだった。
「だがね。リズ。僕も仕事で王都へ行く事もあるんだよ。ましてベルキュリアの出資者の一人としてだね」
「だからです。私が、特別扱いされても嫌ですし」
「何かあったらどうするつもりだ…」
「エリックもいるから心配はいりません」
身も蓋もない娘の厳しい一言にしゅんとする父の姿がある。
「リーズ様。お父上をあまり困らせるのはいかがなものでしょうか?」
近習モードでエリックがリーズに声をかけると一層不機嫌になった。エリックも失敗した事を自覚する。
「エリック! あなたも私を怒らせたいの?」
藪蛇だったとエリックは静かにすることにした。
「じゃあ。こうしよう。リズに会うのは我慢する。だけど、エリック君に会うなら問題はないはずだ。僕はエリック君の保証人でもあるからね」
良いアイディアを思いついたとガスタンは思った。
「そ、それは……」
さすがにリーズもエリックとの面会まで断る理由を思いつかない。
「じゃあ。そう言う事で。王都までの旅はそれほど心配ないと思うけど何があるかわからないから気を付けていくんだよ」
話を覆されないうちにとガスタンが話しを進める。
「何か釈然としないけど…。改めて、お父様、そして皆さん私達はこれから王都へ向かいます。しばしのお別れですね。ウエインさんのお美味しい食事を食べられなくなるし、カルネルさんに勉強を教えてもらえなくなります。セシリーやメアリを頼れなくなります。でも自分で考えた未来に向けて私は進まなくてはなりません。皆さん、今までありがとうございました。そして、どうか皆さんもお身体をご自愛いただき、願わくば父の事をよろしくお願いします」
頭を下げたリーズに
「こちらこそ」
「気をつけて行って来てください」
「お帰りをお待ちしています」
「エリック、ちゃんとお嬢様の世話をするんだぞ」
とそれぞれ声をかけてくれる。トリスタン家の暖かい人達に囲まれた生活は2人にとって幸せな時だったと言える。
別れの挨拶を済ませた2人は、皆に見送られ王都へと旅立った。
街と街の移動手段は、もっぱら馬車が一般的だ。二頭の馬が引く馬車には、御者が1人いるだけで後は荷物と2人の少年少女だけ。移動手段として乗り合い馬車も走っているが、この馬車はガスタンが用意した2人だけの馬車だった。旅は、退屈なもので1日もあれば飽きてしまうと言う者が多いが、2人の会話が途切れる事はない。王都の事、養成所の事、訓練の事、エクソシストの事など話のネタは尽きない。
「間もなく王都ですよ」
そんな2人と旅を共にした御者の男が、2人にそう声をかける。2人が乗り出すように馬車の窓から王都の方を見る。
「ついに来たわね」
「僕は王都は始めただから。迷わないようにリズについて行くよ」
「私だって2回しか来たことないし、小さい頃の事は覚えていないわよ」
2人が向かうエクソシスト養成所ベルキュリアは、寮や食堂が備え付けられているため養成所で寝食を揃える事ができるようになっている。わずかな私物を持ち込めば、すぐにでも生活は可能だ。
王都の街へ入り、しばらく進むと馬車は道を折れ、王都のはずれに向かった。華々しい王都の本通りと違い馬車が向かう方向はどこか閑散としいて2人は寂しさを感じた。
やがて、道の先に一際大きな建物が見えると
「あれが、2人が行くベルキュリアですよ」
御者の男が指を指し、目的地を示した。
「大きいですね」
「ほんとね」
建物の通用口に到着すると御者が馬車を止める。すぐに通用口にいる兵士のような男が馬車に近づいてきた。
「養成所に入る者か?」
「はい。リーズ・トリスタンとエリック・アネルカです。紹介状はこちらに」
リーズがそう伝えると兵士のような男が紹介状を確認する。
「よし。馬車事中に入ってくれ。今、係の者が案内する」
そう言うと後ろから係の者らしい男が現れ馬車を誘導する。
「なんかすごいな。まるで軍隊みたいだな」
エリックがそう感じるくらいの警備と建物の作りになっている。
「お父様に聞いても見てのお楽しみだと言って教えてくれなかったわ」
誘導される馬車は、大きな建物の前で止まる。どうやらここが生活する寮のようだ。誘導してきた男が、寮の管理者のような女性に引継ぎをしている。
馬車を下りた2人にその女性が
「この寮の監督をしているゼノビア・ラホーンです。リーズさんとエリックさんですね」
「はい。リーズ・トリスタンです」
「エリック・アネルカです」
「はい。それでは、荷物は御者の方にお任せして少し、2人には説明する時間をいただきましょう」
後ろで御者の人が任せておけと返事する。
「では、こちらへ」
ゼノビアに案内され2人は建物の中に入る。建物の入り口すぐに建物の見取り図があり
「1階に食堂、浴室、洗濯室などの部屋があります。2階から4階までは男性の部屋が5階には女性の部屋があります。5階は男性の出入りを一切禁止していますので注意くださいね」
ちらりとエリックを見て目を戻す。
「食事は、3食共食べる事ができます。決められた時間内でしたらいつ食べても構いません。入浴も時間内であれば好きな時間に入ってくださって結構です。洗濯物は、洗濯物を入れる袋が部屋にありますから部屋の前に出しておけばこちらで洗濯してお部屋の前に戻しておきます。ここまでで何か確認はありますか?」
2人は顔を見合わせ
「いえ。大丈夫です」
「では、寮のご案内の前にこれからの日程について説明しますね。明日、入所手続きをいただき、簡単ですが入所式があります。朝食後9時には係の者が迎えにきますので、準備だけはしておいてください。それではご案内します」
ゼノビアに案内されて食堂や浴室などを見て回る。1階には、このほかにも談話室などもあった。
「ではここからは、男女別でご案内します。リーズさんは、私がご案内します。エリックさんは別の者が案内しますね」
また後でと別れた2人は、それぞれの階へ進む。今、エリックを案内しているのは、体格の良い男性だ。
「こっちだ。3階の端から2番目の部屋だな」
鍵を開けて扉を開くとその鍵を手渡す。
「大事な物を失いたくないなら鍵はきちんとかける事だ。泥棒はいないと思うが、おかしな奴が多いから気をつけろよ。あと、女を連れ込むのもお勧めしない」
リーズと一緒にいたのをどう受け止めたのかわからないが、エリックは初めから連れ込むつもりはない。あくまでここでは近習として接するつもりでいた。
「大丈夫です」
「そうか」
簡単に部屋の設備や道具の使い方の説明を受けると
「こんなとこだな。何か聞きたいことはあるか?」
「ここには何人くらいいるんですか?」
「ああ。今は200人くらいだな。だが、おそらく来月にはそれより少ないだろう。ここに来る奴は、それなりの覚悟をしているが、やはり訓練に耐えきれない奴が多いからな」
「ここに先輩はいないのですか?」
「1年ごとに宿舎となる寮が違うから別の寮にいる。受けるカリキュラムも違うからそんなに会う機会はないだろう」
「ありがとうございます」
案内を終えた男は、夕食の時間や入浴の時間を説明すると去っていった。エリックは、ベッドに寝ころぶとベッドの感触を確かめる。
「孤児院に比べれば天国だな」
ドアをノックする音に部屋のドアを開けると御者の男の人が荷物を運んで来てくれていた。
「ありがとうございます。お嬢様の荷物は運び終えたのですか?」
「ああ。そっちは終わっている。これで最後だ。一応、ここにサインしてくれ。依頼主に報告するからな」
「はい」
紙にサインすると御者の男は確認する。
「よし、これで俺の仕事も完了だ」
「長旅ご苦労様でした」
「ああ。お前たちも頑張れよ」
「はい」
荷物を部屋に入れ必要な物を出し整理する。と言ってもエリックの荷物は鞄に2つとそれほど多くないからそれほど多くの時間はかからない。
「さて、養成所の訓練はどんなものかな」