表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

Stargazer - Part 2

 ◆ ◆ ◆

 

 装甲車は炎に包まれた摩天楼が立ち並ぶ大通りをしばらく疾駆した後…道路から歩道へと脱線すると、そのまま目前の高層建築物へと突進する。

 周りのビルディングと比べて随分と幅が広く、正面玄関の作りが豪奢な建物である。元はこのアオイデュアを来訪するアーティストたちのための、高級ホテルだったのかも知れない。今は高温の灼熱のためにガラスは全て溶融し、辛うじてガラス細工の骨組みを残す金属枠も、炙り過ぎたバーベキューの肉のように発火している。

 突入の瞬間、装甲車は強烈な震動に襲われる。ノーラは今度は事前に心構えが出来ていたため、大きくバランスを崩すことはなかった。加えて、元はガラス壁であった正面を突き破ったため、対して破片が飛んでくることもなく、積乱雲の魔化の集中を乱すことはなかった。

 しかし、事態が酷くなったのは、むしろ突入後である。通路は当然ながら人間用に出来ているため、装甲車が走るには狭すぎる。そこを強引に、コンクリートの壁を瓦解させながら突き進むのだ。装甲車は始終ゴリゴリゴリという耳障りな音と、強烈な震動に苛まれる。ノーラはなんとか踏ん張り続けていたが、あまりの酷い状況に胃袋が不調を訴えてきたほどだ。

 「あ…あの、イェルグさん! こんなに揺れが酷いと…! 車の中の怪我人の方々に、悪い影響があるんじゃないんですか…!」

 怪我人を引き合いに出しながら、ノーラが劣悪な環境への文句を口にする。が、イェルグはこの酷い事態にも笑みを崩すことなく、相変わらずマイペースな穏やかさで答える。

 「大丈夫、中はサスペンションが効いてるよ。大和は良い仕事するから、揺れても地下鉄程度じゃないかなぁ。

 きっついのは運転席と、オレたち外部組だけだよ。…って、それがノーラちゃんには問題なのか。うーん、乗りなれてないと、やっぱりキツかぁ」

 イェルグは流石は災害救助の経験者、この程度は余裕綽々のようである。そして悲しいかな、運転手に運転を手加減するようには言伝してくれない。人命がかかっている状況下では、車の運転程度で四の五の言ってはいられないということだ。

 さて装甲車は、イェルグとノーラの積乱雲を建物内に運びながら、何度かの直角のカーブを経て、目的地へと近寄ってゆく。建物内も炎がそこら中で目にできるが、建物が大きいことが幸いしているのか、火の回りは外ほどではない。だからこそ、要救助者たちはこのビルの中に避難したのだろう。とはいえ、天井は一面、轟々と燃え盛る炎の海になっており、時折炎の塊が雹のように床に落ち、大きな炎の柱を上げる現象が見受けられる。放っておけば、要救助者たちは10分と持たずに炎の中に煤となって消えてしまうことだろう。

 そして、ビルの中を走り回ること、1分半ほど。急に視界が開けた空間に行き当たる。そこは元々ロビーであったところらしい。装飾目的の柱が疎らに立つ合間に、テーブルやら椅子、ピアノなどの豪奢な家財が見える。天井は相変わらず炎が海のように広がっている状態だが、家財の大半は無事だ。

 そしてこの空間こそ、イェルグらが目指す目的地であることを、ノーラはすぐに悟る。空間のほぼ中央に、右往左往しながら寄り集まる一団を見つけたのだ――人である。老若男女、様々な人種が周囲の焦熱地獄に怯えながら寄り集まっている。パニック状態に陥って騒いでいる者の姿も見えるが、集団がバラけるような致命的なトラブルには至っていないようだ。また、幸いにも、危急な重篤状態に陥っている者の姿も(ざっと見た限りでは)見当たらない。

 とは言え、イェルグらの救護隊は安堵して手抜かりするような真似はしない。装甲車は烈風の勢いで人々の集団に突っ込むと、その目前で急激にUターン。人員収納スペースの後部ハッチが要救助者たちの正面に来るようにして停車する。この際に、ノーラは振り落とされそうになって冷や汗をかいたが、剣を積乱雲の中から引き抜いて装甲車上に刺し、支えにして踏ん張ることで、なんとか難を逃れた。

 しかし、一息吐く暇などない。イェルグの豪雨が降りしきる中、装甲車の後部ハッチが重苦しい音を立てながら速やかに開き、アオイデュア消防局の局員たちが続々と降車。要救助者に駆け寄り、彼らの身体を抱えて装甲車の中へと運び入れる。車内はかなりのギュウ詰め状態だが、かと言って危険に晒されている命を見捨てるワケにはいかない。なんとかスペースを作りながら、要救助者を収容して行く。

 一方、建物内の業火は、イェルグとノーラの合わせ技による豪雨で見る見るうちに鎮火してゆく。その様子を見たノーラは、先の乱暴な運転で悲鳴を上げる胃袋を必死に抑え込み、顔色に青白さを呈しながらも、イェルグへと気丈に声をかける。

 「火の手の方は、大分抑え込めてますから…! 私たちも、救助の手伝いに行きましょう…!」

 「ああ、うん。勿論オレは行ってくるけど…ノーラちゃんは、気分が良くなるまで、少し休んでな。

 初めての『現女神』勢力相手の災害救助実戦で、ここまで成果を出せたんだ。車酔いで休むくらい、誰も文句は言わんさ。

 それでもただ休んでるだけじゃ気が収まらないっていうなら…そんなヘロヘロの状態じゃ、怪我人を運ぶ戦力にはならないってことで、納得してくれ」

 そう言い残したイェルグは、雨の勢いを少し弱めると、ヒラリと装甲車上から地上に飛び降りる。人員収納スペースの中で見た消防局員たちに比べて、彼の体格はそれほど恵まれてはいないが、タフさは彼らと同等以上のようだ。流石は"英雄候補生"たるユーテリアの生徒というところだ。

 一人車上に残されたノーラは、勧告に甘えて、その場に尻餅をついて一息。身体を優しく叩く、雨滴の心地よい涼しさを味わいながら、黒雲で覆われた頭上を仰ぐ。苦く酸っぱい味が満ちる食道に、冷えた空気が非常に心地よい。

 (まだ1時間も経ってないよね…。だけど、色々大変な事があって…。でも、なんとか、やれてる…はず…)

 ノーラは、この場に来るために部室で言い放った自分の言葉と、これまでの救助作業を照らし合わせると、再び一息吐く。彼女自身の採点では、決して満点ではない(車酔いで足を引っ張ったのは、大きな減点だ…と考えている)が、まぁまぁ及第点といったところだ。

 (誰かのために、自分の力を思い切り使ってみるのって…結構、良い感じかな…)

 車酔いがスーッと引いてゆく頃には、眼下の消防局員たちの必死のやりとりを耳にしながらも、ノーラの桜色の唇にはうっすらと爽やかな笑みが浮かんだ。

 

 しかし。終わっていない災厄の中で安堵するのは、早すぎる。

 新たな悪意が、ノーラ達の眼前に、文字通り降りかかろうとしている。

 

 初めに異変に気付いたのは、頭上を眺め続けていたノーラである。黒々とした積乱雲の中に、真紅の輝きが灯ったことを発見した。

 (暫定精霊!?)

 体調がほぼ万全な程度まで回復したノーラは、素早く立ち上がり、蠕動する水刃の大剣を構える。そして真紅の輝きから目を離さずに、眼下の人々へ警告を力いっぱい叫ぶ。

 「皆さん! 暫定精霊が――」

 全てを言い終わらないうちに。漆黒の積乱雲全体が、まるで爆雲のように強く輝く赤に染まった、かと思った瞬間。爆発的な熱風の衝撃波が雲を蒸発させながら吹き飛ばすと同時に、攻撃的悪意に満ちた赫々(かっかく)の巨体が天上から大地に降り立つ。

 体長は優に5メートルを超える。体型は人間…というより、人間の全身骨格に似ている。ただし、通常の人骨に比べて凸部が鋭く強調され、眼窩は険悪なキレ目になっている。骨格の合間には筋肉や内臓の代わりに、網膜を灼き焦がすような燦爛(さんらん)たる橙赤色の業火で満ちている。

 (違う…! これ、暫定精霊じゃない…っ!)

 ノーラが胸中で叫ぶ。存在定義から醸し出される魔力の気配が、全く違う。暫定精霊なら、もっと儚くて、不安定に揺らいでいるような定義をしているのだが。この炎の巨人は、魂魄に原始的畏怖を植え付けるような、強烈な存在感を放っている。まるで、人々の畏怖を信仰という形でかき集める、太古の神格のようだ。

 …"神"。その言葉を連想して、ノーラははっとする。この炎の巨人の胸部の中央に、炎とも骨格とも違う、異質な存在が埋め込まれている。そしてその姿を、彼女は見知っている。星撒部の部室でナビット経由で見せられた、禍々しい赤の空を群れて飛び回る、のっぺらぼうの異形…"獄炎の女神"の天使だ! そう、こいつは暴虐を働く神の意志が具現化した、暴虐たる御使いなのだ!

 この炎の巨人の登場と同時に、眼下から幾人かの悲痛な絶叫が響く。声帯を破り壊すような、悲惨極まりない声だ。

 何が起きたのか? ノーラが小走りで装甲車の端まで走り、視線を向けると…炎の巨人から噴き出した業火が、人々を焼いている! 中には、全身火だるまになり、地面を激しく転げ回っている者までいる。まさに阿鼻叫喚の灼熱地獄の光景だ。それを見た巨人は、険悪なドクロの顔立ちにニンマリと残酷な笑みを宿している。

 「ったく、このヤロー…シャレになってねーだろがっ!」

 地獄の只中で、剣呑な抗議を炎の巨人にぶつける者がいる。イェルグだ。彼は消防局員や避難民と違い、ほぼ無傷の状態であったが、ズブ濡れだった髪も衣服も乾ききっている。巨人が降り立った瞬間、どうやら地上には常人には致命的な熱波が吹き荒れたらしい。イェルグが無事だったのは、彼がとっさに何らかの防御行動をとったからだろう。だが、残念ながら、彼の防御作用はすべての人々には行き渡らなかったようである。

 イェルグは即座に右腕を突き出すと、巨大な水塊弾を作り出すと、炎の巨人めがけて砲撃の勢いでブッ放す。対して巨人は右腕を大きく振りかぶると、腕の周囲に大蛇のような火炎の螺旋を纏わりつかせ、肉薄する水塊に真正面からぶつける。

 ジュッ! 耳をつんざく蒸発音と共に、水塊が一気に沸騰し、爆発的に蒸発。白い霞と化し、突風と共に空間を吹き荒れて霧散してしまう。

 これまで、どんな強大な暫定精霊であっても、一撃の元に粉砕してきたイェルグの攻撃であったが…今回は全く功を奏さない! やはり相手は天使、暫定精霊とは格が桁違いということなのか。

 巨人が、今度は左腕を大きく振りかぶって叩き付けてくる。発生した拳風だけでも、皮膚をチリチリと炙る熱風が発生するほどの、強烈な一撃だ。直撃を受ければ、人体は骨すら残さず一瞬で昇華することが、容易に想像できる。

 この凶悪な攻撃の前に、イェルグはあろうことか飛び出すと、指を広げた右手を突き出す。瞬間、服の裾から爆発的な勢いで黒雲が発生。その側面から、水平方向に豪雨――というか、雨滴が一体化し、もはや滝状と化したもの――が発生。業火の拳と雨の奔流は再び真向から激突すると、ジュワワワワッと鼓膜を聾する蒸発音が連続する。事態は、真っ白い水蒸気の烈風が吹き荒れる拮抗状態に陥ったようだ。

 「ノーラちゃんッ!」

 激しい蒸発音の中、イェルグが雷鳴のような余裕ない叫びを上げる。

 「オレの後ろに、全力で防御用方術陣を作ってくれ!」

 この言葉を聞き、ノーラはすぐに彼の意図を悟る。彼は周囲の人々を巻き込むほどの強力な攻撃手段で、天使を粉砕するつもりだ!

 ノーラは装甲車上を走りながら、手にした大剣に定義変換を実行。先刻ロイに見せた、ペン先状の刀身を持つ剣を作り出すと、イェルグの背後へと急ぐ。その道程では、常人ならば直立困難なほどの水蒸気爆発の烈風が吹き荒れており、それに翻弄される人々の姿が見える。五体満足な者たちは地に伏せて身体を踏ん張り、火傷に苦しみ悶える者はもがく姿のまま、風に流され地を転がってゆく。例えイェルグに天使への対抗手段が無かろうとも、防御行為は必須となったことであろう。

 イェルグの背後に位置どったノーラは、出来るだけ大きな円を宙に描き、その内側にも素早く魔術式の文様を刻む。その作業速度は、彼女が出来うる最速のものであった。

 「終わりましたっ!」

 数秒後、烈風に抗うノーラの絶叫と共に、方術陣が発動。円は更に拡大しながら、眩いほどの蛍光を放つと、文様の合間にガラスのような半透明の輝きが宿る。同時に、烈風が半透明の輝きによって物理的に阻まれ、方術陣の背後には凪ぎの静寂が訪れる。方術陣によって、強固な物理障壁を作りだしたのだ。

 ノーラの絶叫と同時に動きを見せたのは、方術陣だけではない。イェルグもまた、彼女の声に寸分と遅れずに新たな行動に出る。指を広げていた右手を閉じ、人差し指と中指を合わせて伸ばす形をとると、指の切っ先を炎の巨人に向ける。そして穏やかな笑みが張り付き続けていた顔の表情をガラリと変え、剣呑な雰囲気で目を見開き、弱った獲物を前にした獣のわらいを浮かべる。その歪んだ口元から、重厚な積雲のような威圧を伴った言葉を滑り出す。

 「天使さん一匹、外惑星の極寒のお空にご招待だッ!」

 転瞬、激流の豪雨が凪いだかと思うと、くすんだ白の煙状の奔流が出現。爆発的な流速に周囲の大気がギィンと金切り声を上げ、人々の鼓膜をつんざく。煙の奔流は、豪雨の障壁を失って解放され、迫りくる炎の巨人の拳に激突。(ゴウ)、と烈風の絶叫を響かせながら、爆発的な気流をそこら中にまき散らす。

 爆発的に膨らむのは、大気だけでない。イェルグが放った煙もまた、拳への激突と共に強烈な勢いで膨張。やがて、炎の巨人をすっぽりと覆う、煙の半球と化す。半球の表面は幾パターンか波打つのくすんだ白の帯が走り、所々には薄茶色から白にかけての色合いを持つ楕円模様を持つ。その姿はまるで、太陽系第6惑星土星の表面のようだ。

 半球は数秒間、その形状を維持した後、中心に向かって凝縮して消滅する。そうして露わになった半球の内部は…冷気の煙がモワモワと棚引く、極寒極地の世界だ。床や柱の表面には細かい氷粒の粒子がこびりつき、遠くで燃える炎の光を反射してキラキラと輝いている。そして、半球の中央に位置していた炎の巨人は…今や、氷の巨人と化していた。身体を構成していた炎は、燃え盛る瞬間をそのまま切り出したかのように躍動感たっぷりに凍結し、身体一面がツルリとした澄んだ水色に覆われている。

 どうやらイェルグは、先に言い放った言葉の通り、自身の能力を使ってガス惑星型外惑星の極寒の大気を作り出したらしい。通常のガス惑星の場合、大気には可燃性の水素なども多く含まれているが、今回爆発しなかった事を鑑みると、ヘリウスや窒素といった不燃性物質ばかりで大気を構築させたようだ。

 完全に氷結した炎の巨人であるが、その体の所々からビシビシという音と、細かい震動が見て取れる。見れば、巨人の胸に埋まっている"獄炎"の天使は健在だ。炎をそのまま凍り付かせる極寒を受けてなお、その独特の法則体系を持つ体構造は破壊されなかったらしい。顔は相変わらずのっぺらぼうなので表情は読み取れないが、震えながら首をグリグリと獅子舞のように動かしている姿を見るに、憤怒している様子が見て取れる。

 天使は己の力を総動員して、炎の巨人を再び動かすつもりだ。だが、動きのままならぬ、この致命的な隙をイェルグは見逃さない。

 「極寒の空の旅、ご苦労さん。それじゃ、ゆっくりと休んでくれよ。出来れば、永久に、な!」

 非情な別離の言葉を口にした、直後。イェルグの指先から、再び何かの奔流が放たれる。それは、網膜に灼き付くような眩い青白さを呈した、巨大な電流だ。龍のごとく幾度か蛇行した電光は、大気をイオン化させる生臭い匂いを生成させながら、一瞬のうちに天使の顔面に到達。落雷時に耳にする、大気が破裂する大轟音を発生させながら、独特の定義によって形成された天使の体内を駆け巡り、あるいは貫く。余剰の電力が天使の身体から漏れ出し、氷結した巨人の体表を蛇のように走り回った。

 稲妻の直撃後、巨人の身体がバキバキと音を立てて木端微塵に粉砕。微小な氷の粒子となって大気の中に溶け込んでゆく。そして、宙に張り付いたように停止していた天使は、というと…純白の体表面にピキピキと亀裂が走り、全身を覆ったかと思うと、パアッと超新星爆発のような眩い純白の光の爆発へと変じる。爆発の中からは幾つもの白い羽状の魔法的構造物――神性体と呼ばれる――を振り撒き、そのまま空間中に昇華してゆく。

 消滅してゆく仇敵を、眩しげに細めた眼で見送りながら、イェルグは恨み言を込めた勝ち台詞を吐き捨てる。

 「ったく、空は壁じゃないっての。誰かを守りながらの戦闘ってのは、苦手なんだよなぁ。

 だからロイのヤツの手を借りたってのに…アイツ、明らかに職務怠慢だろ。後でたっぷり、文句言ってやらないとな」

 何はともあれ。"空の男"を名乗る男子学生、イェルグ・ディープアーは見事、天使を打ち破ったのだ。

 (ホントに…人の身一つで…天使を倒しちゃった…!)

 眼前に突き付けられたこの事実に、ノーラはただただ愕然と立ち尽くし、頬に冷たい汗を幾筋か走らせるのだった。

 

 戦闘の喧騒が静まり、周囲に平穏が訪れるかと思いきや…そうはいかない。強敵を打破した勝利に酔いしれる暇は、一瞬たりともない。

 それまで戦闘の渦中に埋もれていた被害が、急激に表面化する。傷ついた人々の間から悲鳴と怨嗟が渦巻き始める。

 「イェルグさん、早く消火を!」

 無事な消防局員から、雨あられと要請が鋭くイェルグにぶつけられる。周囲を見渡せば、炎の巨人の登場と共に火傷を負った者たちの多くは、未だ患部が燃焼している状態だ。現状、消防局員たちは天使の炎に対して対抗手段は持っておらず、巨人との戦闘中に患者を救護することもできないでいたのだ。

 「はいよ」と返答するが早いか、イェルグは両腕を大の字に伸ばすと、両袖の内側からモクモクと黒々とした積乱雲を生成。炎が海のように広がる天井を見る見るうちに覆ってゆく。周辺が宵の口のように薄暗くなると、雲内放電のゴロゴロとした音が轟き出し、やがてポツポツと…すぐに勢いをましてドバドバと豪雨が降り始める。

 「おーい、ノーラちゃーん!」

 雨降り始まった頃、未だ驚愕を味わったまま立ち尽くすノーラに、イェルグが雨音に負けじと大声を張り上げる。

 「魔化の方、頼むよ! 天使の炎を直にくらったんだ! オレの能力程度の消火じゃ、効果が薄いと思うんだよね!」

 「あ…は、はいっ! すぐ、やります!」

 ノーラは慌てて、大剣に再び定義変換。ペン先型大剣から水刃のチェーンソーへと変形させると、頭上数十センチのところにわだかまる黒雲の中へ刃を差し入れる。辺りは再び強力に魔化された雨滴に覆われ、天使が残した厄介な炎は見る見るうちに鎮まってゆく。

 …はず、だった。

 天からの救いたる豪雨が降りしきる一画から、雨音を大きく上回る騒ぎが上がる。矢継ぎ早に交わされる悲鳴のようなやりとりを耳にする限り、予断を許さない、相当深刻な事態が起こっているようだ。

 イェルグとノーラは顔を見合わせてアイコンタクトを取ると、一緒に騒ぎが起こる方へ向かう。高密度の雨滴の中でも、消防局員の集合がはっきり黒々と視覚に飛び込んでくる。そして、それ以上に網膜にギラギラと――文字通り、輝いている――灼きつく赤が、黒々とした集団の合間からチラチラと見える。

 (炎…!? …間違いない、あの輝き方は、炎だ…!

 でも、なぜ…!? イェルグさんと私の力でも、鎮火できないの…!?)

 顔を滝のように伝う雨滴と共に、困惑の冷や汗を流しつつ、ノーラたちが集団の間近までたどり着くと…。雨に冷える思考が一気に燃え上がるような緊迫感と共に、二人は何が起きているのか、なぜ炎を制圧できないのか、すっかりと悟る。

 消防局員たち3人が囲む中央に、全身が火だるまになっている人物がいる。あまりに炎が明るく、燃え上がる人体の細部が確認できないため、性別や年齢などは全く読み取れない。とはいえ、全身が火だるまになったのは、"彼"(と、仮に男性格で呼ぶことにする)だけではなかったはずだ。それはノーラも確認している。だが彼らも豪雨と共に、全身に重度の火傷は負ったものの、炎自体は鎮圧できている。

 ではなぜ、"彼"のみが未だ、燃え続けているのか。

 "彼"を蝕む天使んじょ炎は、もはや彼の肉体のみを燃焼しているのではないのだ。魂魄そのものどころか、より高次元の領域、形而上層上の定義レベルで、"燃焼"という事象が固着されてしまったのだ。その証拠に、炎と共に吹きあがる二酸化炭素や煤の黒炎に混じって、羽根の形にまとまった白く輝く存在定義式片が可視化して見える。"彼"の存在定義自体が、"彼"の中心から剥離し、いずこかへと飛び去ってゆく。…おそらく、"獄炎"の女神の膝元へ向かっているのだ、彼女に隷属し盲信する存在へと成り下がるために。

 「なんとかなりませんか…!?」

 消防局員の1人が、泣き出しそうな表情で懇願をイェルグに突き付ける。その様子からすると、被害に遭っているのは局員の仲間なのかも知れない。対して、イェルグが浮かべたのは、非常に苦々しい笑みである。いや、もう笑みの形を成してはいない、辛うじて口角が引きつりつつも吊り上がっているだけだ。

 存在定義レベルまで魔術現象に侵食された生命を救うのは、至難の極みである。存在を根本的に扱う力は、『神』の御業にほかならない。魔術を得て30年経った人類はまだ、この御業を科学技術にまで落とし込めてはいない。そしてそもそも、存在定義を扱うような分野に関しては、イェルグは全くの専門外だ。

 ――こりゃ、降参だ。

 笑顔を振り撒く立場にあるイェルグの顔が、失意の陰に覆われる。笑みがフルフルと震えながら消えてゆき、薄い唇が絶望的な言葉を紡ぎ出そうかという…その時。

 「イェルグさん! 雨の魔化、一度停止しますね!」

 真夏の太陽の輝きのような勢いで、人々の失意や絶望の陰を振り払って響く声がある。ノーラだ。普段は一歩引いたような物言いをしている彼女だが、この時は、獲物を前にして寝床から飛び出した猟犬のように活力に満ちている。

 ――何をするつもりだ? 全くの予想外の出来事に、イェルグはきょとんと眼を見開いてノーラを見つめる。

 視線を彼女に注ぐのは、彼だけでない。消防局員たちも同様だ。しかし、視線に込められた感情の色は、イェルグのものと全く違う。奇跡の救済を求める非力な者の視線だ。

 そのすべての視線を受け止めながらも、決してノーラは緊張に臆することはない。むしろ、彼女は視線を気に留めてなどいない。もとより、そんな余裕などない。それほど集中する必要があるほどの、超高難度魔術の実践に挑もうとしている。

 まず、ノーラは大剣を積乱雲から引き抜くと、柄を両手でつかんで真っ直ぐに捧げ持つ、定義変換の実行スタイルを取る。そして両の眼を閉じて、自身の魂魄に超深部にアクセスすべく、意識を針先のように集中する。集中のあまりの強さに、思わず眉間にしわが寄るほどだ。そうして自身の内側から紡ぎだされた魔力は、夜空に大きく輝くオーロラのような、強烈な蛍光のゆらめきを作り出す。頭上の積乱雲や、ノーラを囲む者たちの顔が、照り返しで黄緑色に染まる。

 そのままじっくり数秒の時間が過ぎた後、大剣の刀身に機械的な直線の亀裂が幾つも走ったかと思うと、その隙間からブシュウゥゥッ、と盛大な水蒸気が上がる。その後の刀身の変化は、今までノーラが見せたどんな定義変換よりも、異様でダイナミックなものだ。まるで掌の中で転がるルービックキューブのように、刀身は幾つもの立方体へと姿を変え、カチカチカチカチと高速でソロバンを弾くような音を立てながら変形してゆく。やがてカクカクした"とある"形を成すと、刀身は再びブシュウゥゥッ、と盛大な水蒸気を噴出。そして、白煙の中に消えた刀身が再び姿を露わした時、大剣は変形を完了する。

 柄の上に乗っている刀身は、3本の横軸を持つ、幅の太い巨大な逆十字架だ。その刀身には細かい鎖が幾重にも絡みついている。しかしながら、今までの定義変換で見られたような計器類は一切見られない。鎖を除けば、非常にスッキリとしたフォルムをしている。

 ノーラは完成の感触を確かめるように、この大剣を大きく一振り。フォンッ、と重い風切音を確認すると、その四角い剣先を炎上する局員に向ける。

 「機関、始動ッ!」

 ノーラが鋭い号令をかけた、その途端。剣にまとわりついた鎖がバラバラと解けて十数本の蠢く銀糸と化すと、炎上する局員の真上の空間へと一直線に走る。地上3メートルほどまで上昇した後、鎖は各々が空間に白い穴を開けると、その中へと侵入。物質世界から姿を消す。

 消えた鎖の切っ先は、どこを目指しているのか? 鎖の一部は今、形而上層中を"あるもの"を追跡しながら、疾駆している。その"あるもの"とは、天使の炎に魂魄ごと焼かれている消防局員の、焼失して昇天してゆく霊魂の定義情報の残滓である。物質世界では、白く輝く羽根状の光として見えていたものだ。

 消防局員が焼かれている様を見た時、ノーラはこの現象が抱えるデメリット的制約に注目した。"獄炎の女神"の力は、部室で聞いた渚の苦言通り、肉体を焼いて霊魂を剥き出しにするものだ。そして、その霊魂を自分の膝元へと運ぶ。その方法は、"燃焼"という現象に依存するものだ。すなわち、霊魂はただちに女神の元に転移されるワケではない。燃焼という過程を経て、霊魂を徐々に切片に分けねばならない。ならば、失った切片を集めると共に、霊魂を切片に切り分けられないように外力で固着させてはどうか、と考えたのだ。

 形而上層に入った銀糸は大剣本体に内蔵された魔術式機関のルーチンに従い、質量の概念を捨てて光速以上のスピードで霊魂の切片に接触すると、即座に絡みついて引き戻す。そして焼失しゆく霊魂本体の元に戻り、切片を本体へ組み込むと共に、霊魂自体を幾重にも取り巻いて固着させる。この動作を十数度と繰り返し、霊魂の昇天を食い止める。

 形而上層での激しい動作は、やがて物質界にも視覚化された現象として描画される。もはや消し炭同然となり、床に転がるだけとなった肉体の真上に、ぼんやりとした人型の青白い光が浮き上がる。再構築された霊魂だ。光はやがて輝きを増し、超新星のように眩い輝きを放って人々の網膜に焼き付く。余りの眩しさに眼球に小さな痛みが走り、人々が涙粒をこぼしながら眼を細め、しばし耐えた後…フッと、ロウソクの炎が吹き消されたように、輝きが突如として消滅する。

 ――一体、何がどうなったのか? 涙が触れる瞼を開き、光の残滓が残る視界を巡らすと…。まず見えたのは、地に転がる炭化した有機物。豪雨によって鎮火されているところを見ると、"獄炎の女神"の影響はもう、及んでいないらしい。しかし、安堵出来るワケではない。悲惨な生命の馴れ果ては、残酷な現実を世界に訴える。

 「…ロイドォ…ッ!」

 消防局員の1人が、炭素の塊と化した人物に、潤んだ声をかけた、その直後。

 「…ああ、ここにいるけど…」

 返ってくるはずのない答えが、聞こえてくる。声が聞こえてきたのは、頭上の方からだ。消防局員は慌てて首を巡らし、黒雲が垂れ込める天井の一画を見つめる。

 そこに、うっすらとした青白い輝きを放つ、煙のように揺らめく輪郭を持つ人体がある。物質を持たぬ意識体でありながら、自我を持つことから人類として認められている、"死後の人種"…幽霊ゴーストである。

 「ロイド!? ホントにロイドなのか?」

 「どうしたんだよ、その姿!?」

 仲間達から質問責めに遭ったロイドは、豪雨の中をフヨフヨ漂いながら、頬を掻く仕草を見せる。

 「いや…オレもよく分からんのだが…。

 体が燃え出してから、痛みが急激に消えて、意識がパーッと真っ赤になって、なんだか泣き出しくなるような…屈服したくなるような…ともかく、変な感覚に襲われて、意識がおかしくなったんだよな…。

 そしたら、今度は急に意識がはっきりし始めてさ…はっと気づいたら、こんな風に宙に浮いてたんだよ。

 どうやら…オレの肉体は焼死しちまったみたいだけど、オレ自体は幽霊になって第二の人生を歩むことになったみたいだな」

 「な…なんだよ、そのテキトーな言い方はよぉッ!」

 消防局員たちの声は、潤みを通り越し、籍を切った嗚咽としなって咽喉の奥からほとばしる。物体でなくなってしまったため、当人と抱き合うことはできないが、その代わりに幽霊と化したロイドの真下で3人の局員は円陣を組んで喜びをたたえ合う。

 この明るい喧騒の一方で…。

 「…はぁっ…!」

 大きく息を点き、雨滴で濡れる地面に尻餅をついて座り込む者がいる。ノーラである。その口から洩れた息は、勿論、安堵一色に染まっている。彼女の試みは、成功したのだ。

 被害者が火だるまになっている様を見た時点で、肉体を救うことは捨てた。彼女の力では、残念ながら、生命維持不能なほどに破損した肉体を蘇生させることはできない。むしろ、どんな医者でも匙を投げる状態であっただろう。そこで彼女は、霊魂だけでも救い出そうと、"炎獄の女神"に隷属するだけの惨めな悠久の時間を過ごす地縛霊とならないよう、急いで手を打ったワケだ。

 昇天してゆく霊魂を繋ぎとめるのは、至難の業である。これが自然死する人体を相手にしたものであれば、ノーラの試みは残念ながら失敗しただろう。人工的な昇天であり、霊魂が離散するでなく、意図的に流動してくれたことが幸いだった。とはいえ、足腰が立たなくなるほどの集中力と、全身の筋肉が脱力するほどの魔力を消費するほど、疲労困憊になる程度の高難度の魔術だった。おかげで定義変換を保てなくなった大剣の刀身が、コンニャクのようにデロリと弛緩して大地に広がっている。

 「…フゥ…」

 もう一度、今度は随分と気軽な安堵の呼吸をしつつ、胸中でほっと一言漏らす。

 (なんとか、やれた…)

 その心の声を待っていたかのように、タイミングよく背後からパチパチパチ、と軽快な拍手の音が聞こえる。まだ重い疲労が残る身体でゆっくりと首を巡らすと…そこに見えたのは、ズブ濡れになった平穏な笑顔を満面にたたえたイェルグである。

 「いやぁー、キミ、スゴイを通り越して、最高だね!

 部員のオレでも不可能だと思っていたことを、可能にして、人々に笑顔を振り撒く! 星撒部員としちゃあ、上出来も上出来、文句なしの100点満点さ!」

 「いえ…そんなこと、ないです…。恐らく…霊魂は網羅的に収集できてはいませんし…。了解も得ずに、勝手に幽霊化させてしまったワケですし…」

 「いやいや、あの状態から肉体を完璧に修復した上で、霊魂まで完璧に修復するなんて、それこそ神の領域だ。現代の魔法科学はその水準まで、全然達しちゃいない。

 空の広さを持つオレの知識によるところじゃ、カレを救うには、キミの方法がベストにして唯一の方法さ。そして、実践難度が無茶苦茶高い方法でもある。それをやり遂げてみせたんだ、そんなに謙遜しないで、胸を張るといいさ」

 「…あ、ありがとう…ございます…」

 あまりに褒められるものだから、ノーラはこそばゆくなり、頬をうっすらと赤く染めながら返事する。ただただ必死にやるべきことをやっただけで、誇るつもりも、褒められるつもりもなかったのだが…。ひどく骨が折れる作業をやり遂げたことは事実なので、ここは素直にイェルグの褒め言葉を受け取ることにした。

 星撒部員2人がほっこりと心身を休めていると、「あの~」と、非常に申し訳なそうな声がかかる。声の主は、ノーラが救い、幽霊となった消防局員、ロイドだ。

 「あの、その…助けてもらった…んですよね?」

 「ああ、この娘がアンタの事、助けたんだ。あのままだったら、アンタ、今みたいに自我を持つこともなく、最悪向こう数十世紀の間、"獄炎の女神"を崇拝するだけの幽霊として時間を過ごすところだったんだ。

 肉体は壊れちまったけど、例え幽体だろうと、命あっての物種だぜ。ちゃんと感謝しておいて損はないよ」

 「そっか…。確かに、あんなに黒コゲの状態じゃ、身体の再生なんて無理だよな…。

 ありがとうな、お嬢ちゃん。オレがオレでいられる状態で、命を長らえさせてくれて」

 「いえ…こちらこそ、困惑させてしまうような状態にせざるを得なくて…すみま――」

 ノーラが思わず頭を下げそうになった、その直前。背後からイェルグが彼女の頭をムンズと掴み、阻止する。

 「だーかーらー、ノーラちゃん。感謝されることはあれ、謝るような事じゃないんだって。胸を張れって言ってるんじゃんか。

 全く、謙遜ってのし過ぎるってのは、害悪そのものだよな」

 そう小言は口にするものの、イェルグの顔からは穏やかな笑みは消えない。もしかすると、常に笑みを浮かべているものだから、表情筋がその形に固定されているのかも知れない。

 それはそうと…。ロイドは更に話があるらしく、後頭部を掻きながら、困ったような笑いを浮かべて留まっている。その様子に気づいた学生二人が、息を合わせたように視線を向けると、ロイドは表情そのままの困惑を言葉に乗せて語る。

 「それで…あの…こんな身体になっちまったワケなんだけど…これからオレ、どうすりゃいいのかな…?」

 しばし、場から言葉が失われ、床を叩く雨音だけが響く。

 やがて、イェルグがポリポリと頬を掻きながら答える。

 「いやー、どうすりゃいいかって言われてもねぇ…。アンタの人生のことだし、オレたちがどうこう口を挟む問題じゃないけど…。

 幽体になったことに困惑やら不安を感じてるなら、まずはその身体に慣れてみることを目標にしたらどうだい? 幽体は物質体ではできないことが色々出来て便利だっても聞くし、慣れりゃ以前の身体以上に人生を満喫できるかもよ?

 まぁ、それよりも何よりも、まずはこの場を離れることが先決じゃないかね。天使をブッ倒して辺りを鎮火したとはいえ、ここは完全なシェルターじゃないから、また暫定精霊だの天使だのが来る可能性があるからね。

 これから先の人生のことを考えるのは、この災厄を乗り切ってからで良いんじゃないかな?」

 「それも、そうだなぁ…。正直、幽体ってのにはまだ慣れてないし、変な感じはするけど…とりあえず、身体は言うことを聞くみたいだしな。

 まずは、消防局員として、この身体で出来る限りのことをやってみることにするよ」

 「うん、それで良いンじゃないかな」

 イェルグは親指を立てて、ロイドの言葉を肯定する。するとロイドは満足したようで、フワリと身体を回して背を向けると、仲間たちが撤収の呼び声を上げている装甲車の人員収納スペースの方へと、宙を滑るようにして向かう。

 彼の背中を見届けることなく、イェルグは「さて」と声を上げてノーラに視線を向ける。

 「とりあえず、オレたちも移動しようか。いつまでもここで雨に当たりっぱなしってのは、空じゃないキミの身体にゃ(こた)えるだろ?

 さっさとシェルターまで移動しちまおう。

 ノーラちゃん、もう立てるかい?」

 「はい…もう大丈夫です。魔力も戻ってきましたから…雨の魔化も出来ます」

 「ホントに、魔化も大丈夫? キツいなら、休んで良いんだぜ?

 シェルターに行ったら、すぐにとは言わんけど、ノーラちゃんにはまた働いてもらうことになるしさ」

 「ホントに、大丈夫です」

 語りながらノーラは、へたり込んでいた尻を持ち上げ、キリッと直立するとイェルグに向き直る。手に握りなおした大剣も、先ほどまでのグニャグニャした不定形を捨て去り、水刃のチェーンソーへとすっかり形を整えている。

 「それに…この程度でへこたれていたら、絶望を希望に変えることなんて、出来ません」

 鋭く、活気に溢れた眼光をたたえて、ノーラがイェルグを射抜く。その力強さに心配の芯を折られたイェルグは、フッと鼻で笑いながら両手を上げる。

 「オッケー、ラジャー、了解だよ。

 いやー、仮入部員だってのに、部員顔負けの働きぶりだねぇ。キミ、ますますウチの部向きだよ」

 そしてノーラとイェルグは、既に人員収納スペースのハッチが閉じた装甲車の車上へと一跳び。そしてイェルグがナビットで運転手に発進を指示すると、装甲車はバックで元来た道を戻り、建造物から脱出。赤々とした空の下に出ると、大通りに沿って驀進を開始。元の目的地である彼らの拠点、コンサートホールへ向かう。


 - To Be Continued -

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ