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禁書探索官  作者: 遠野凪
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5

「良い匂いがする!」


 台所に顔をのぞかせたアンとユンは、目を輝かせていた。やはり子供なのだなぁとリルは思わず笑って、2人に言った。


「ルトンを焼いてるの。知ってる?」


 2人は首を振る。


「甘いお菓子だよ。もう焼きあがるから、サンとシンを呼んできてくれる? あ、手があいてたらでいいから、って伝えて」


「はーい」


 リルは、焼きあがった菓子を器に盛り、沸かしていた湯で茶を淹れた。駆けてくるような足音が聞こえ、4人が台所に入ってきた。


「食べます!」


 サンとシンの目も輝いていて、リルは笑った。


 台所の作業台に椅子を並べて、みんなでルトンを食べた。兄弟たちは、次々と食べながら、おいしいと言って食べてくれた。とりあえず成功だったようで、リルはほっとした。


「そういえばさっきの一角猪……って、この辺じゃ、良く見るんですか?」


 リルがたずねると、サンはうなずいた。


「いえ、あまり人里には降りてこないですね。ただこの辺りは草が荒れ放題で、見通しも悪く、それであいつも来てしまったんでしょう」


「なるほど。草、どうにかならないのかな……」


「灰山羊を飼ったら? たくさん草を食うし、一角猪みたいな野生動物も近づいてこなくなる」


 シンの言葉に、リルは飛びつく。


「飼いたい! どこに売ってるの!?」


「街に行けば手に入るよ」


「行ってくる!」


 立ち上がろうとしたリルを、サンが慌てて止めた。


「ま、待ってください、リル。街には1人で行かない方がいいです。あなたは人間で……その、快く思わない者たちもいます。暴言を吐く輩もいるでしょう」


「そっか……そうですよね」


「屋根の修理だけでしたらもう少しで終わると思いますし、昼食後一緒に行きましょう。ちょうどあなたの装備も揃えたいと思っていたので」


「ありがとうございます! じゃあ私、昼食を作ってますね……そうそう、装備品はこちらで調達するんでした」


 武器や防具は、魔獣の牙や爪、外皮を原料に加工したものが多い。しかしその切り出しは力のある亜人でないとできないため、中央大陸ではどうしても高価で種類も少なくなる。


 しかし亜人の島では、原料の調達・加工が近い距離で行えるため、武器や防具の種類が多く、また値段も中央大陸よりは安価だ。その為、亜人の島々へ遠征の際は、現地調達をすることが多かった。


「サン兄、木材もう少しあった方がいいよな? 俺も行って、ついでに買ってこようと思うんだけど」


「ああ、そうだな。釘ももう少し必要そうだ」



 昼食をとったあと、3人は歩いて街へ向かった。半刻ほどで街の外門へ着き、そこで待っているようにサンは言って中へ入っていった。リルは、探索官であることを示す腕章をつけているが、これから人間が街へ出入りすることを亜人の保安官に伝えておけば、いざという時円滑に解決してくれるらしい。


「悪かったな、左腕のこと」


 シンの言葉に、リルは驚く。彼は言葉や態度がぶっきらぼうだが、気にかけてくれているのだと感じた。


「ううん、全然……。探索官では、珍しいことじゃないんだよ」


「でも、利き手そっちだろ。つらくないのか?」


「えっ、よくわかったね」


「お茶を取る時、左手で取ってただろ」


「良く見てるんだね……。でも、もともと右も少しは使ってたから。字を書く時とか、食事をとる時とか。それに魔導義手もいいことがあるんだよ。強い力を出せて、第3級の魔獣くらいなら何とか剣で貫けるようになる。その分、疲労しちゃうけどね……って、ええ!? なんか笑うとこある!?」


 シンは笑っていた。その顔は、サンと似て柔らかかった。


「いや、前向きだなと思って」


「それって褒めてる?」


「一応、ギリギリ」


「なにそれ! まあでも……ありがとう」


 2人は顔を見合わせて笑った。わだかまりが溶けたようで、リルは嬉しかった。



 サンが戻ってくると3人は外門をくぐり、リルとサンは武器屋と防具屋をまわった。武器は細く軽めの剣を選び、それを万が一折られた時のために短剣を1つ買った。


 防具は、軽い胸あてを選んだ。洞窟の探索では、防御性より機動性の方が重要だ。とはいえ胸当てがあったおかげで致命傷を避けられた探索官は多い。無いよりはあった方が良いのだろう、とリルは思う。


「さて、灰山羊を買いにいきますか」


「やった!いきましょう」


 2人は裏通りを選んで、灰山羊を販売している郊外の店まで歩いた。すれ違う亜人たちがリルの顔をジロジロと見てくるのが気配でわかる。


 人間は亜人と違って髪と瞳の色が異なり、明るい土の色をしている。亜人には出ない色らしい。また、リルは探索官の制服を着て、腕章をしているので、ひと目で人間とわかる。


 亜人たちがわざと聞こえるように言葉を交わす。


「なんで人間がこんなところにいるんだよ」


「フルドの洞窟に潜るって話だぞ」


「魔獣に喰われちまえばいいのにな」


 サンが心配そうにリルを見てきた。リルはサンの方を向いて、大丈夫、というようにうなずいた。



 ようやく灰山羊を売っている店に着き、リルは外で待った。人間相手だと売ってもらえないこともあるようで、サンに購入を任せた。


 放牧場では灰山羊と思われる、灰色の毛並みの山羊が10頭いた。中央大陸にいる山羊よりも2倍程大きく、まるで馬のようだ、とリルは思った。確かにあれなら、草をたくさん食べてくれそうだ。


「おい、あんた」


 低い女の声に振り向いたリルは、目の前にいる大女に驚き、たじろいだ。


「な……」


「あんた、禁書探索官だろ。なんとまぁ、頼りないこと。あんたみたいな奴を任されたサンが可哀想だ」


「あなた……サンの知り合いですか?」


 女は、ふんと鼻を鳴らした。


「同業者だよ」


 女は銀色の髪を一つに束ね、いかにも女戦士といった雰囲気を纏っている。青の眼光は鋭く、両肩からむき出しの腕は筋肉が隆起している。


「あんた、サンに傷1つでもつけたら許さないからね」


「それは……保証できません」


「なんだと!?」


 女は今にも殴りかかってきそうだが、あの特性があるのでリルに手出しはできないだろう。しかしまるで悪神のような剣幕と凄みに、リルは気圧されてしまいそうになる。


「もちろん私だって傷ついてほしくはありません。でも今回の探索は、地形も、魔獣の強さも不明です。何が起こるかわからないんです」


「だから仕方ないって言うのか! お前ら人間は、いつも亜人を捨て駒のように扱うんだな」


「そんなことはしません! 彼が傷ついたとき助け、無事に外まで連れ帰るのは、私の役目です」


「でも傷つくことは仕方ないっていうんだな」


「仕方ないというより……そういう時もあるかもしれない、ということです」


 リルは言い、顔を上げて女の目を見据える。睨むような、蔑むような視線で女はリルを見る。


――めっちゃ怖い……


 勇気を振り絞って、リルは目を逸らさずにいた。すると女がリルの腕を掴み、引っ張っていく。


「来い!あたしと勝負しろ!」


 女の強い力を振りほどけず、リルは女に引きずられていった。


――勝負ってまさか闘い……!? いやいやいや、本気で死ぬしあの特性があるなら……


 女は、酒場の軒先で、酒を飲みながら談笑をしている2人の中年の男性に呼びかけた。


「どいて、おじさんたち!これからあたしが、人間の女を負かしてやるんだから!」


 なんだなんだと、彼らは追い立てられるようにそこをどき、リルは椅子に座らされた。目の前の円卓にあったのは、オーブという盤上の遊戯だ。白と黒の駒で、相手の駒を囲って自分の陣地とし、それが大きいほど勝ちとなる。


 リルは、殴り合いなどではなかったのだと安堵する気持ちとともに、不安を覚える。


「あたしが買ったら、さっきの約束を守ってもらう」


 リルは、盤上を見つめながら考える。オーブは小さい頃にやった記憶があり、まわりの大人を負かすくらい強かったが、もう規則や制約も忘れてしまった。また、サンの身の安全を保証できない以上、安易な約束はすべきではないだろう。


 しかし、ここで勝負を受けて彼女を負かさなければ、納得しないだろう。また、それ以上に見返りがあるのならば、やる価値はある。


「……わかりました。いいでしょう。ただし私からも条件が1つあります」


「なんだ?」


「私が勝ったら、私と友達になってください」


「はああ!?」


 女は目を丸くして絶句したので、リルは思わずたずねた。


「え? そんな驚くこと?」


「ど、どういうつもりだよ! 友達なんて、バカじゃねぇの!」


「いいじゃないですか。私、あなたたちのこともっと知りたいし。ダメならこの勝負はなかったことに」


「わかった!! のんでやるよ、その条件!」


 女はリルの前に、透明な液体が入った器を置いた。


「オーブをやる前には、これを飲むのが決まりなんだ。一口で飲めよ。じゃないとあんたの負けだからな」


 そう言って、女は自分の器に入っていた液体を一気に飲み干した。そして辺りには、亜人たちの人だかりができていた。リルは好奇の視線に晒されるが、それを気にしないように努め、器に手を伸ばす。


 リルは口をつける前に少し匂いを嗅いだが、無臭だった。


――なんだ、これ?


 訝しみながら、リルは口をつけ、一気に飲む。全て飲んだあとで、リルは咽た。


「酒じゃないか……!」


 女は可笑しそうに言う。


「当たり前だろ、ここは酒場なんだ。さあ、始めるぞ。あたしは強いから、先攻でやってやるよ」


 黒い円状の駒を掴み、女は盤上に置いた。リルは目の前が揺らぎ始め、ああやっぱりやるんじゃなかったかな、などと思い始める。



「リル! 何をして……」


 サンとシンが人だかりをかき分けてやって来たとき、勝負はついていた。


――危なかった……


 リルは昔の記憶を掘り起こし、何とか勝つことができた。あと2手判断を誤っていたら負けていた。


「ジェスカ!? 君、リルに何を……」


 サンが声をかけると、うなだれていた女は顔を上げた。そしてサンを見ると顔を赤らめた。


「あ、あたし……その……」


 彼女はきっと、サンのことが好きなのだろうな、とリルは思った。まるで乙女のように恥じらう彼女が、可愛らしく見える。


「さっきの条件、忘れずに。じゃあ私はそろそろ……」


 とリルが腰を上げた瞬間、その肩を1人の男が抑えた。


「待ちな、お嬢ちゃん。うちのジェスカがやられたんなら、黙って見ているわけにはいかねぇ。俺と勝負だ!」


 リルが抗議の声を発する前に、椅子に戻され、器に並々と酒を注がれた。サンとシンが止めようとしたが、周りの亜人たちの盛り上がる声に、場が進んでいく。


 男は酒を飲み干し、リルに言った。


「さあ、あんたも飲まないと、臆病者という烙印が押されるぜ」


――なんて勝手な……


 リルは悩み、思案したが、半ば自棄になって言った。


「わかりました! やりましょう!」


 周りから歓声が上がり、リルは酒を飲み干した。




 9度対戦に勝ち続けた頃、辺りはすっかり暗くなっていた。リルは酩酊状態になりながらも、盤上に白い石を置き続けた。


 その相手も負かし、次の対戦相手が名乗り出たところで、酒場の女将が声を張り上げた。


「あんたたち、もう店じまいの時間だよ! さあ帰った帰った!」


 余程その女将が怖いのか、蜘蛛の子を散らすように亜人たちは去っていった。リルはようやく帰れるのだと安堵し、椅子から立ち上がろうとした時、ふらついて倒れた。


「リル!」


「ああもう、馬鹿だね、あんた。さっさと帰りゃいいものを」


 滲んだ視界に、心配そうなサンとシン、年配の女性の顔が見える。


「だって……せっかく彼らが触れ合おうとしてくれるんだから……断れない……」


 女将の豪快な笑い声が響いた。


「あんた、変な人間だね。ほら、こっち来るんだよ。いっぺん吐いたら楽になるからね。あんたたち、井戸から水を汲んできて」


 リルは女将に抱えられて店の中へ入った。





「うう……気持ち悪い……」


 リルはサンに背負われながら、首を横に振った。


「吐きます?」


「ううん……もう出ない……何も」


 湿気を含んだ風が吹いている。そろそろ火の月に入る頃だな、とリルは思う。夜はまだ冷えるが、サンの背中は温かい。シンは先に、購入したリルの装備品を持ち、2頭の灰山羊をつれて帰った。


「ジェスカさん……」


「はい?」


「サンに傷を1つでもつけたら許さない、って」


「……すみません」


「違うんだよ!謝るところじゃない!」


「え、ええ!?」


「私もサンに傷ついてほしくない」


 リルは、まわした腕に力をこめる。


「サンが傷つかないように、私がんばるから」


「リル……」


「だから……これからも、よろしくおねがいします」


 澄んだ夜空に、サンの笑い声が響いた。


「もちろんです。私はずっと……あなたを守ります」

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