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ラノベって可愛い女の子出しときゃ売れると聞いたので。  作者: 設楽 素敵
第二章 素人の苦悩は金にならない
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 自宅に帰宅し、たまには帰宅部らしくゲームにでも興じようかと自宅警備員よろしく前髪をカブトムシの角のようにまとめてコントローラーをがちゃがちゃしていると、ノックもなしにドアが開かれた。

 わっ、ちょっと待て待て――と別に悪いことをしていたわけじゃないのに慌ててしまうのは最早癖だ。その様子を見て、ノーマナーな輩――俺の妹、(てき)は息子のエロ本を見つけた母親のようなニヤニヤ顔を浮かべる。

「お兄ちゃんってゲームするんだー」

「うっせ、さっさと出てけ」

「へいへーい……じゃなかった。漫画返してよ」

「漫画というと……あー、分かった。悪かったな」

 早く出て行ってくれないかな、と思いながら俺はりていた漫画を探し出して笛に渡した。そして出て行けと手を払ったが、笛は一貫してニヤニヤ顔をやめようとはしなかった。

「なんだよ、早く出て行けよ」

「えー、なんでそんなに冷たいの?」

「お前は俺にとっちゃ邪魔者でしかないからな」

 妹を邪魔者なんて言うと、兄妹愛のない冷徹な人間という印象を与えてしまうかもしれないがそれは誤解だ。邪魔者という言葉が、俺にとっての笛を一番如実に表現している。

「今日は小説書かないんだね」

「言うなや!」

 うわっ、恥ずかしい! こいつうぜぇ! 存在消したい!

 俺が笛を邪魔者とする理由――それは、俺が小説を書いていることを知っている唯一の人間だからだ。廿里に知られた今となっては二人だが、あいつは同業者だからからかったりしないし邪魔者ではない。

 関係者ではない純然たる第三者で知っている人間は、今でも笛オンリーだ。今後も受賞でもしない限り増える予定はない。親なんてもっての他だ。

「私がからかう度にお兄ちゃんそうやって怒るけどさー」

 と、笛は不服そうに口を尖らせた。

「最初に、俺小説書いてんだーってドヤ顔で原稿押し付けたのはそっちだからね?」

「ぐはっ」

 痛いところを突かれた。漫画だったら吐血してる。

 憎らしい三年前の俺。当時中学二年生だった俺は、なんというかエンジン全開の中二病真っ只中で、今でこそそんな感情は薄れてなくなったも同然だが、そのときは小説を書くことがかっこいいと思っていた――サッカーをしているやつよりも、野球をしているやつよりも個性的な人間だと思っていた。

ふらーっと契機もなしに執筆を始めておきながら、後天的にそういった感情が生まれたのは若さゆえの過ちか、はたまた作家を志す者としての通過儀礼的なものなのか。中二病から覚めた今では、小説を書くことが特別高尚で運動の才能よりも優れているという考え方はアンインストールされているけど。

 んで。

 その中二病の俺が、だ。

 何を思ったのか、処女作を当時小学六年生だった妹に読ませた。ぽかんとした妹の顔が印象的だったことを覚えている。きっと今後何年経っても、こびりついて取れなくなったガムのように脳裏から離れないんだろうなぁ。タイムマシンができたら、まず最初に中二の俺をしばき倒しに行くことを遠い昔に決めている。

「《白銀空間》だっけ? 十一の《使徒》が集まって……」

「それ以上言ったら、その昔お前がネットにポエムを投稿していたことをバラす!」

「わぁあああああああああ!」

 カーッと瞬間沸騰したように赤面して俺をベッドに押し倒してきた。手をグーにして、ボコボコと無差別に体中を殴る。

「それは駄目! 絶対に駄目! やめい、やめい!」

「わーったから! わーったから離れろ!」

 妹が恥ずかしげもなく兄を押し倒すな!

 兄弟揃って創作に励むのは一体誰の遺伝子が影響しているのかねぇ……皆目見当がつかない。

「寄せる唇――kiss me baby」

「殺す、お兄ちゃんだろうとこれは殺すしかない! 圧殺待ったなし!」

「真っ先に圧殺が出てくる辺りお前の性格ってやっぱ変だ」

 パッと出てくるそれ系の言葉って刺殺とか虐殺だろう。物騒な妹だ。ラノベのヒロインでいたらヤンデレ扱いされそうな我が妹である。

 いつまで経っても避けようとしなかった妹を強引に押しのけて俺は椅子に戻る。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

「わざとやらしく吐息するんじゃない」

「事後っぽいでしょ?」

「最低の妹だ」

「ところでお兄ちゃん、最近は何書いてんの? なんか書き終わったんなら読もうか?」

 急に落ち着きを取り戻した笛のこの言葉から察しがつくように、俺はよく完成した小説を読んでもらっている。どうせ知られているんなら、と吹っ切れた俺は去年くらいから協力してもらっているのだ。

 そのときの妹は至って真剣で、単純な感想も言ってくれるし、たまに批評的なことも言う。お礼にお金を渡したりはしていないので、純粋に兄妹愛だけで成立している無償の協力である。だから俺は妹にはなかなか頭が上がらないし、頼まれたわけでもないのに勉強を手伝ったり、出掛けたときにはお土産を欠かさないようにしている。

 要は俺たち兄妹はなんだかんだ良い関係性を保っているのだ。

「いんや、書き終わった小説はないけど……」

「ないけど?」

「国語の作文に四苦八苦してる」

「へっぽこなりにも作家を目指してるお兄ちゃんがたかが学校の課題に四苦八苦? こりゃお兄ちゃん、スランプかな?」

「俺みたいなアマ作家がスランプに陥ってる暇なんざねぇよ。でも聞いてくれよ笛。その作文っていうのが実質掌編なんだよ」

「掌編って何?」

「超短編小説って感じ」

「へぇー、じゃあお兄ちゃんの独壇場じゃないの?」

「お兄ちゃんが主に書いてるのは長編だから短くまとめるのは不慣れなの。普通にコマ割りしたり見開き使ったりしてる漫画と、四コマ漫画は全然違うだろ?」

「あ、なるほど」

 笛がポンと手を叩いて納得する。我ながら良い例えだと思った、小説に使おう。

 掌編に不慣れということもあるが、もう一つ筆が進まない理由がある。

『これ書きたいな』というネタがない。

 それはモチベーションがないにも等しいことだった。

 せめてこれが長編小説コンテストだったら試してみたいネタもあるし、幾らか筆が進んでいたんだろうが、掌編のネタなんてストックしてないから書きようがない。

 俺はゼロからブレインストーミングして話を作るというタイプではなく、どちらかというとパッと降ってきたアイデアを発展させて話を作っていくタイプなので、そのアイデアが降ってこないと執筆が開始しずらいのだ。

「おい笛、お前今ポエムにしたいネタとかない?」

 行き詰まった俺は笛に助けを乞う。

 笛は「だから今はそういうのやってないってー!」と否定するも、「まあ強いてね? 強いて言うなら」と実はまだポエムをやめていない可能性を匂わせた。

「ゴールデンウィーク終わったあとの学校の空気、とか?」

「ほう、そんなもん全く思いつかなかったぜ。なるほどそれなら短くまとめることができるかもしれないな」

 問題はそこにどんな物語性を持たせるのかなのだが、話の種としては悪くない。

 俺の高評価を受けて、笛は鼻を伸ばして得意げな顔をする。

「はっはっは、またしてもお兄ちゃんを助けてしまったようだ」

「いやぁー、お前は本当に良い妹だなー。よしよしよし」

 愛犬を愛でるときのように笛の頭を撫でてやる。ノリの分かる笛はきゃうんきゃうんと犬のように鳴いて喜んでいた。可愛い妹だ。馬鹿だなぁ。

「んじゃあ私風呂入ってくるから」

「おう、サンキューな」

 パタンとドアを閉め切って出て行くと、部屋には静寂が訪れる。

 ポーズボタンを押して固まったままだったゲーム画面を切って、早速プロット制作に入る。勿論その基盤は、笛から貰ったアドバイスだ。

「よっしゃ、久し振りに文学してやるぞー」

 おーっ! と口には出さなかったものの拳を突き上げて意気込む。

 プロット作りのためペンを握ると、ぐーと腹の虫が鳴った。これから書こうとしているときに鳴るとは、タイミングが悪い。

 空腹のままプロットを作っても長くは持たないだろうしなあ……。

「……しゃーない」

 折角やる気になっているところ尻込みするが、背に腹は変えられないと言い訳して食糧調達に向かうことにした。

 階段を降りて台所へ。

 棚の上にあるお菓子箱から適当なスナック菓子を選別し、ついでに飲み物も持って行くことにする。コップにオレンジジュースを注いで準備完了。今度こそ執筆だ!

 リビングを出て階段に差し掛か「あっ」足を滑らせる。バシャッという水が弾ける音と共に、カランコロンと残った水気を撒き散らしながらコップが床に無残に転がった。

「やべっ、水浸しだ」

 誰が見てもティッシュで済む量ではない。タオルを使おう。

 リビングに空のコップとスナック菓子を置いてから、タオルのある脱衣所へと向かう。途中で笛が風呂に入ると言っていたことを思い出す。

 危ない危ない、ここで我を失って脱衣所に急いだら妹の全裸を拝むという漫画じゃよくあるシチュエーションに遭って、サービスシーンを提供してしまうところだった。

 脱衣所のドアから腕だけ伸ばしてタオルを渡してもらおうと考えながら脱衣所へ。

 そして腕を伸ば――そうとしたら、そこにはあるはずのドアがなかった。 

「え」

 と、唖然として声を上げたのは俺。

 丁度下着を脱ぎ終えて全裸になっていた妹がこちらに振り向く。

 あまり事細かく説明することは死んでもしたくないが敢えて一言残すなら、中学三年生の裸って結構熟れてるんだな。もしかしたら廿里より……。

「え、え、えーと」

 対応にひどく困っている廿里はのろい動作でとりあえずという風に、両手を使って隠すべき部分を隠した。

「きゃ、きゃー?」

「なんで疑問形なんだよ! あとドア閉めとけよ阿呆か!」

 声を荒げたのが見られた笛じゃなくて俺の方というのも面白い。笑えないけどな。

「いやー、まさかとは思って敢えて開けておいたんだよ」

 笛は部分を隠したままの体勢で、しかし恥ずかしがったりはせずに言う。

「何がまさかだよ、典型的なラッキースケベ想定してんじゃねえよ……」

「ははー、良かったね」

「何が!?」

 本気で何を良いとしたのか分からなかった。何考えてんだ、妹の貞操観念はどうなっている。心底心配だ。

「あ、そうだお兄ちゃん、このこと小説の題材にしたら?」

「誰が! つうかお前、油断して手ぇ離すな!」

「おっとっと」

 早くも両手が部分を隠すという使命を忘れて自由になっていたので指摘する。

「ったく、もうこれ以上付き合い切れねぇよ……」

 俺は嘆息しながら能天気な妹に早く風呂に入れと促してから脱衣所を後にする。誰が妹の濡れ場なんて書くか。最後の手段であっても使いたくないね。


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