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 な・い!

 プロット用のノートが、な・い!

 そのことに気付いたのは次の授業。またしても退屈だった授業に見切りをつけて、新作の構想でもしようとしたときだった。

 体に良くない汗が滲み、五月半ばにしては異常な背中のぺっとり感が焦燥感を煽る。

 前の時間、トイレへ行くときに確実に机の中にしまったはずだ。

 再びノートを取り出そうとするまでの間の時間はわずか二十分程度。この間に何者かが俺のノート奪取を試みて、成功してしまったということなのだろうか? 

 しかし考えろ。俺が小説を書いていることを知っている人間はごく少数。つうか一人。

 学校内にその人物はいないから、プロットのノートを奪って困らせてやるという目論みでノートを奪ったことは考えられない。

 だとすれば、板書中にノートが切れてしまったクラスメイトが、非常識にも俺の机の中からノートを勝手に抜き取って拝借したとか? ……いや流石にないか。

 じゃあ他に……そうだ、何の気なしに人の物を抜き取って楽しむ輩、いるじゃん? その被害に遭って、偶然にもそのノートが取られてしまったということは有り得るんじゃないか? で、現在も返ってきていないことを考えたら、俺の赤裸々な妄想の数々がそいつに目撃されている可能性が高い。

 他に考えられる有力な可能性はないようだし、恐らくそれが正解だろう。

「……くそ、誰が……」

 頭を抱える。犯人探しを敢行したい気持ちに駆られる。

 候補としては、いつも絡んでいる男の連中が最有力か。こっちを見てニヤニヤしていたり、ノートを不自然に読み込んでいたりしたらダウトだ。

 教室の全体をぐるりと眺めてみる。誰もそんなやつはいなかった。

候補となる人間を絞って見たのだが、そいつらは例外なく突っ伏していた。うーむ、見通しが外れた。連中に取られていないとなると、あとは誰だろう。

 万が一ということもあるし、鞄の中も探してみるか。もし鞄の中に落っこちていたということがあれば俺は無駄に気疲れしたことになる。でも、好奇の目に晒されるよりは全然マシだ。

 微かな希望に望みを託し、鞄の中をまさぐろうと手を伸ばす。するとそのとき、何かの弾みで机の中からポロッと、授業中に密かに回される手紙のように折り畳まれた罫線紙が股間の上に落ちてきた。

 こんなものを書いた覚えはないから間違いなく他の誰かの手によるものなんだろうけど、はて誰だろう。

 とか考えたけど、こんなまわりくどい真似をせずに素直に思考すれば自ずと解は導き出される。十中八九ではなく、百発百中だ。

 なるべく音を立てないように、罫線紙を広げる。

『昼休み、図書室』

 案の定、ノートと入れ替わりで入ってきた代物のようだった。

 面倒なことになった。

 この文面から推察すると、こいつはあのノートが俺にとってどれだけの重要度を占めているか知っている。それはつまり、俺が小説を書いていることを知っている人間だ。

 いや、知っているというよりは知ってしまったという方が正しいか――でも何故? 犯人の意図がこれっぽっちも読めない。

 まさかとは思うが、「おっ、こいつこんなもん書いてんのか。ひゃっはー、いいこと思いついたぜ!」みたいなことになってて、いじめに発展するとかあるのか? 俺の秘密をバラさない代わりに、毎月○万円払えよ、とか……。想像しただけで全身に鳥肌が立った。

 うちのクラスにそんな人間がいるとは思えないし、特に自分の友人らがそんな真似に出るとは到底思えないけどそこは人間、どんな醜い姿に変貌を遂げるか分からない。

 どうして学校でプロットを作ろうなんて思い立ったんだろう。

 無駄な時間を少しでも減らすためだ。

 どうしてノートが奪われることを考えなかったんだろう。

 こっそりやっていれば、バレやしないと思っていたから。

 自問自答の繰り返し。答えを出す度溜息の繰り返し。エンドレスループ。可愛いヒロインを考えるどころではなくなってしまった。これは俺の今後に関わる由々しき問題だ。

 ノートは拉致されてしまったわけだが、このまま落胆して何もしないわけにはいかない。黙ってノートをダシにいじめを受けることは絶対に回避したい。

 残った手札は一つ――武力に訴えるしかない。

 図書室というもの静かな空間を指定したことは俺の武力を抑止するための一つの策と考えられるが、ここまでやられたらモラルもクソもない。たとえ停学処分を食らおうとも、そいつの顔面をぶん殴って、腹に蹴りを入れて、鉛筆を尻にぶっさすくらいしないと気が済まないし、そうでもしないとノートは奪取できないだろう。

 昼休みまではあと二十分弱。

 緻密な作戦を立てるには時間が足りないが、大雑把に戦闘のシミュレーションをすることは可能だ。授業なんて受けてる場合じゃねぇ!

 いきりだった俺は早速シミュレーションを開始するため鞄から適当なプリントを取り出そうと体を傾ける。

 すると視界に、ヒラヒラとパタついている例のノートが映る――隣席の無表情な眼鏡っ子が、床スレスレのところで例のノートをパタつかせていた。

「!?」

 それはまるでノートからのSOS信号のようにも見えるし、眼鏡っ子による見せしめとも取れるが、とにかく、その眼鏡っ子がわざとパタつかせているのは明白だった。

 右手で頬杖をつきながら、眼鏡っ子はこちらを一瞥する。そして、だらんと力なく伸びている左手に握られたノートをひょいっと、先生が黒板に向いているタイミングを見計らって俺に投げ渡してきた。正確に俺の手元に届いたのを見て、眼鏡っ子はそっぽを向いた。

 文句を言ったり追及したりするよりもまずは中身の確認だ。何か落書きでもされていたら堪ったもんじゃない。

 ハラハラしながら念入りにノートを捲る。幸いにも黒ペンで塗り潰されていたり、水がかけられてぼこぼこになっている等いじめらしい悪戯されれいなかったが、ただ最後のページ、ここだけは別だった。

 悪戯ではないにせよ、一言コメントが残されてあった。筆圧が罫線紙のメッセージのそれと同じだったから、やはり眼鏡っ子が犯人だったらしい。

 犯人が分かった今となっては図書室に行く必要はなくなったのかと思われたが、その最後の一言コメントを見る限りではそうではないらしく。

 『ちゃんと来いよ』と脅迫するような走り書きで書かれていた辺り、無視すると再びノートが拉致されかねないようだったので、仕方なく俺は貴重な昼休みをこの眼鏡っ子に捧げることにしたのだった。


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