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俺は作家を目指している。いつから作家を目指しているのかは正直言って分からない。きっかけも忘れたというか、きっかけ足り得る出来事が多すぎて判然としないのだ。
それは小学六年生のときの学習発表会で、先生が作ったお堅い台本を友人らと面白おかしくアレンジしたことかもしれないし、作文を書くのが早かったからかもしれないし。
あるいは本格的に書き始めたのが中学二年生というだけあって、単に中二病を拗らせたことがきっかけなのかもしれない。まあいずれにしても決定打に欠けるので、いっそきっかけなどないと言ってしまってもいいかもしれない。
出鼻からかもしれないばかりを多用する俺だが、そういえば中でも一つ、突出したきっかけっぽいものがあったことを忘れていた。
中学二年のときにやっていたいやしいテレビで、作家の印税が紹介されていたんだ。そのときから本屋で「○○万部突破!」という帯が巻かれた本を見つけては自分が億万長者になる妄想をしたっけな。
……ああ、そうだそうだ! んで、ある日妄想の最中に「俺も書いてみようかな」という邪な考えが浮かんで、それまでまともに使ったことのなかったワードを開いたんだった。
訂正しよう、はっきりしたきっかけはありましたと。
それは何か? 金です、と。
だけど高校二年生になった今では印税のことなど全く頭にない。いや、全くというのは嘘だけど金のために書いてはいない。癖になったのか義務的にキーボードを叩くようになった。誰に求められているわけでもないのに。
「ぐっ……心に……」
ネットの巨大掲示板に投稿した俺の作品に対する感想もとい罵倒が心を抉る。
私が怒るのは君が嫌いなんじゃなくて、君に成長して欲しいからだみたいなことを大人はよく言うけど、こいつらに限っちゃ絶対ストレス発散も含んでる! だって「童貞臭丸出し」とか書かれてんだぜ? 関係ねーじゃん。
日々こんな風に精神を摩耗しているわけだが、他人にこれを知られたら「じゃあやめたら?」という言葉が返ってくると思う。
至極当たり前の返しだけど、それはゲーム中に腹を立てているやつに「そんなに怒りながらやるならやめなよ」と言うようなもので、ぶっちゃけ言っても無駄なのだ。
メンタルがミジンコ並に弱いやつは別として、普通小説を書いているやつはそう簡単に小説を書くことをやめられない。特に年単位で書いているやつはそう。創作が習慣になっているから、割り切って筆を置いたつもりでも仕事中や授業中になんやかんや考えてしまう。冗談抜きに寺でも入んなきゃやめられないんじゃないか? と俺は思う。
現時点で俺は小説をやめようと思ったことはない。習慣を通り越して中毒になり、挙句の果てには呪われたようにキーボードを叩くのだと俺は将来を予言する。
感想に対するお礼を打ちこんでプラウザを閉じ、例の如くワードを開く。題名はあとがき。気分転換に作家になりきってあとがきもどきを書こうという魂胆だ。
「さて、書き出しはどうしよう」
はじめましての方は~という常套句を使おうかと思ったが、ふと印税の話が脳裏を過ったので取りやめた。印税について話そう。詳しく知らねぇけど。
もしこの先俺が作家になったら、最初のあとがきは印税の話をすることにしよう。印税の税率、出版社がいくら持っていくのか、税金は幾ら取られるのかとか。
ただ、今のところ、俺が作家になる目途は立っていない。