第二章 カミソリ奉行 4
廊下を渡る荒い足音が消えるのを確認すると、銀次郎は騒動のきっかけを作った舎弟二人を問答無用で蹴り倒した。
「見境なくいきるんやない! どアホ!」
背中を蹴ってうずくまったところで脇腹を蹴り、胃液を吐いてのたうちまわっているところを、今度は顔面を容赦なく蹴りあげる。
手加減なしの制裁に二人は口から鼻から血をが流すが、銀次郎の怒りは収まらない。
「不細工な真似しやがって。何で俺が同心風情に頭を下げなあかんのや!」
嗚咽を吐き、苦悶の顔を歪ませながら、舎弟二人は許しを請い謝罪の言葉を口にするが、銀次郎が聞きいれることはなかった。
鼻が折れる鈍い音がしてもなお蹴り続け、白目を剥いて気を失ったところで、ようやく蹴るのを止めた。
残った舎弟連中が気絶した二人を担ぎ出し、胃液や返り血で汚れた床板をバタバタと掃除すると「失礼しました」と蜘蛛の子を散らしたように引き上げていく。とばっちりは御免と心得ているのであった。
誰もいなくなった板の間に銀次郎はどっかと腰を据えると、腕を組みつつ口をへの字に曲げたまま天井を凝視する。
「冗談やないぞ」
迅三郎相手にとぼけてみせたが、確かに昨夜から舎弟で三下の平吉の行方が知れずにいた。バカ正直が取り柄なだけの男で、ヤクザでありながら一滴も飲めず、杯すら水で交わしたという文字通りの下戸。その上博打はおろか女にも手を出さないという、真面目が服を着て歩いているような輩で、何故渡世に身を委ねたのか首を傾げるような男だった。
お頭の出来も推して知るべき。使える仕事は使い走り程度と、奉公に上がった丁稚程度がやっとこさだが、口が堅いのと無用な詮索がしようにもできないので伝言役としては重宝していた。
迅三郎の話通りなら溺死していたということになる。たかが三下、死のうがどうしようが平吉自身のことなど構いやしないが、ヤツには大事な伝言を託ていたのだ。こと次第によっては龍神組の屋台骨を揺るがしかねない。
さて、どうしたものか。
下手に動けないだけに、銀次郎は思案に暮れていた。