3 朝のお勤め
「マギ! マギ、きた! マギ!」
「……おはようございます、マーガレット様」
毎朝の日課として、二歳のキャサリン=ギルベルト侯爵閣下の部屋に参じたマーガレットは、謹んで朝食の用意を侍女に指示する。
侯爵閣下への朝の挨拶は、侯爵代理としての最重要任務なのである。
不思議なのは、毎朝、私がやってくるよりも早く、ヒューバートが閣下の滞在する子ども部屋にやってきていることだ。
黒髪に青白い肌、深いクマを刻んだ目、常に無表情で、挨拶をするときもそっけないヒューバート=チェンバレン。
不思議なことに、彼を見るだけで、二歳の侯爵閣下は毎朝、きゃっきゃと楽しそうに笑うのである。
「おはようございます、キャシーちゃん、ヒューバート様」
挨拶もそこそこに、マーガレットは朝食の前に侯爵閣下を座らせ、食事の補佐を開始する。
その横で、ヒューバートも朝食を開始した。
(なぜ毎日、ここで朝食を摂るのかしら……)
通常、貴族の子どもは十歳頃まで大人と食卓を共にしないらしい。
テーブルマナーを守ることができないからだ。
……そのように侍女達に習ったので、平民出身のマーガレットは、既に朝食を済ませてこの場に来ている。
だというのに、ヒューバートはわざわざ毎日、侯爵閣下の隣で朝食を摂るのだ。
(これって、貴族としてはどういう意味があるのかしら?)
まあ、ヒューバートが実践するからには、きっとなにか大切な意味があるのだろう。
「ピーマン、や!」
「ほら、キャシーちゃん。なんでも食べないと、大きくなれませんよ」
「や!」
「これを食べたら、ヒューバート様が、後で高い高いをしてくれるかもしれません」
「ヒュー?」
「そうです。ね、ヒューバート様!」
頼むからそういうことにしてほしい。
そう思ってヒューバートを振り仰ぐと、彼はなにかに感動したような顔でうち震えていた。
目には涙が浮かび、頬は血色よく赤らんでいる。
……そんな感情を動かすような場面、ありましたか!?
「侯爵代理が言うことだ。謹んで承ろう!!!!」
すごく強い圧力と共に、膝をつき、マーガレットの手を取って誓いを立ててくるヒューバート。
マーガレットはもしかして、彼に命を捧げろとでも命じてしまったのだろうか。
「ヒュー! 高い高い、ヒュー!」
結局、侯爵閣下はきゃっきゃと喜んで、なんだかんだピーマンを食べてくれたので、一安心だ。
そしてヒューバートは、「もういっかい! もういっかい!」とねだられるままに、十五分くらい高い高いを繰り返していた。
マーガレットが止めても、侯爵閣下が喜ぶままに続けていたのだから、不思議……いや、真面目な男である。
そのまじめな男は、細腕を疲労でプルプルさせながら、キャサリンを抱いたまま、マーガレットに声をかけてくる。
「そういえば、マーガレット様」
「はい」
「私が個人的にギルベルト侯爵家の資金繰りに関して精査したところ、問題が見つかりました」
「問題?」
目を丸くするマーガレットに、ヒューバートは頷く。
「このままだと、あと五年でこのギルベルト侯爵家は潰れます」
それだけ言うと、キャサリンと向き合ってその場でくるくる回りだすヒューバート。
侯爵閣下の喜ぶ声を背景に、今日も今日とて、マーガレットは頭を抱えた。
侯爵代理は楽ではないのである。




