扉を潜ったら
私こと、佐々木 真歩は24歳の雑貨屋の店員だ。
広い店内には、書籍や文具、可愛い玩具やコスメ、お菓子類も並んでいる。その品出しと、ポップや小さな説明書きなどがメインの仕事だ。
私は店内を回りながら、空いている棚や、曲がって置かれている品などを、丁寧に整えていく。そうして一通り周り終わると、大体何が1番売れているのか、次にどんなものの仕入れを増やした方が良いのか、傾向がわかるのだ。
店の奥のバックヤードに続く、鏡になっているドアに手をかける。
ふと、その鏡に映る自分と、目が合った。
…え?
ドアを潜ると、違和感を感じた。
きょろり、と周りを見渡しても、特に変わったものは見当たらない。
私は何に、違和感を感じたのだろう。
「真歩!」
バックヤードで、同僚の真城 甲斐が手を振っている。
「新入荷のお菓子、届いてるよ!早速味見してって!」
「うん、わかった」
私と甲斐の机の上に、7種類の新作お菓子が載っている。
『眠気が醒めるグミ』
『魅力が上がるチョコ』
『筋力が上がるシリアルバー』…?
『魔力が回復するキャンディ』…魔力?
「魔力…?」
キャンディを手に取っていると、甲斐がそれを私の手から引き抜いた。
「真歩は魔力が無かっただろ?その計測は俺がやるから、他のから頼む」
え?魔力が無い?
計測?
どういう事?
振り返ると甲斐が机の上に置いてあったタブレットを起動した所だった。
いつも使っているタブレットだ。私もタブレットを起動しながらも、甲斐が何をするつもりなのか、気になってしまう。
甲斐は手のひらのアイコンのアプリをタップすると、自分の左手を画面に押し付けた。
「!?」
手を離すと画面に表示されたのは、まるでゲームのステータス画面。
甲斐の名前の下には、体力や魔力、魅力まで数値化されて表示されている。
「あ、真歩!人のステータス見るのはマナー違反だぞ!」
振り返った甲斐が、真歩の頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜながら言ってくる。
「あ、ごめん」
「許さない!真歩のも見せろ!」
冗談ぽく言って、甲斐は真歩のタブレットのアプリをタップして、真歩の手を画面に押し付けた。
「どれどれ?魔力がゼロから1にでも増えてるかなっと……えっ!?」
魔力 780900
「ななじゅうはちまん…ええっ!?」
あまりに驚くから普通と違うのかと、つい甲斐の画面と見比べる。
魔力 6540
「えっと、78万って、多いの?」
「多いよ!多すぎ!ってか、なんで今更そんな事言ってんの!?」
「え?知ってんのが普通なの?」
不安になって甲斐を見ると、甲斐は驚愕してこちらを見ていた。
今まで甲斐と仕事をしてて、魔力だの、ステータスだの、会話に出た事なんて無かった。
さっき、バックヤードに入るドアを潜ってから感じた違和感が、どんどん大きくなってきている。よく知ってると思っていた甲斐が、まるで知らない人みたいだ。
「「あなた、誰?」」
2人の声が重なった。
私の声は不安でいっぱいで。
甲斐の声は、探るような響きがあった。
「私は真歩だよ」
「でも、俺の知る真歩じゃない」
「甲斐だって、私の知る甲斐じゃない」
甲斐はうん、と頷いた。
「オープン前の朝礼の時には、まだこの世界の真歩だった。君はいつ、この世界の真歩と入れ替わったの?」
確信的な甲斐の口調。
この世界の、真歩と入れ替わった…。
バックヤードのドアの鏡。
鏡の中の、自分と目が合った、と感じた。
あの時の違和感…。
「多分、バックヤードのドアを潜った時、かも…」
「なんでそう思う?」
「鏡の中の私と、目が合ったと思ったの」
甲斐はうん、と頷く。
「それから、違和感があって…魔力って何?ステータスなんて、私の世界じゃゲームの中の世界だった。お菓子だって、こんな効能、付いてなかった!」
言ってるうちに、だんだん興奮してきて、声が大きくなる。
不安で、声が震える。
手をぎゅっと握りしめると、その手に甲斐がそっと手を添えた。
「大丈夫、落ち着いて」
「だって…」
「大丈夫、たまにある事なんだ。市役所に行けば、専門の課がある。そこで相談すれば良い」
「へ?」
「夜間受付窓口もある。今は仕事中だから、仕事が終わったら、一緒に行こう。大丈夫、落ち着くまで付き合うよ」
「〜〜〜!」
涙が滲んでくる。
不安だらけの気持ちに、甲斐優しさが効いた。
5時に退勤して、市役所へ向かう。
夜間窓口へ行くと、『異世界転移課』があった。
「異世界転移課」
現実とは思えない。
だが、夢だとも言い切れない。
「この娘が異世界転移してきたみたいなんですけど」
窓口のおじさんが、カウンター越しに席を勧めてくれる。
甲斐と2人で並んで座りながら、聞かれるままに答えていく。おじさんはカウンターに設置されたモニターをこちらに向けて、手元のキーボードから内容を打ち込んでいく。
「はい、はい、おそらくドアか鏡が異世界転移の入口だと思われます。で、この世界に居たあなた、えーと佐々木さんと入れ替わったのでしょう」
更にキーボードに色々打ち込んでいく。
「あ、マイナンバーカード持ってますか?」
「あ、はい」
カウンターの隅に置いてあるマイナンバー読み取り機にカードを置き、顔認証を行う。
…世界が違っても、カードは共通なんだ…?
更にキーボードを打ち込む音が続き、おじさんがモニターを指差す。
「ああ、こちらのカードは、こちらの世界の物ですね。顔認証も問題なく使えるようですので、このまま継続してお使いになれますよ。病院の保険証や、銀行口座とも連携済みのようですね」
「え、銀行?」
この世界の私の貯金などを使うのは、なんだかいけない事のように思えてしまう。
「あ、説明不足でしたね。こちらの佐々木さんは魔力が無かったですよね。そういった方は幼い時などに、別世界の自分と入れ替わってしまった事がほとんどなのです」
「え」
幼い頃に、入れ替わった?
「ほとんどの方は1年以内に元の世界に戻れるようですが、ごくたまに、大人になってからお互いの世界に戻る方も居ます。それが、貴女達ですね」
びっくりして、頭が回らない。
つまり、自分はもともとこの世界で生まれた、という事か?
「ああ、だから魔力が…」
甲斐が呟く。
「で、そういう方は、ほぼ100%、2度と入れ替わりません。世界が元に戻そうとして戻った為、2度と世界から弾かれないのだ、とか。諸説ありますが、原理は分かりません。ただ、そういった方が、再び入れ替わった記録はありません、一件も」
一件も。
つまり、私はあの世界には、戻れないし、この世界の私も、この世界に戻れない。
「不思議な事に、行き来された世界はとても似通っており、本人同士も、とても似た人生を歩んでいるのです。なので、住んでいる家も同じだし、銀行の暗証番号も同じだと思いますよ」
……。
私がぽかんとしている間に、おじさんはモニターの位置を戻し、キーボードを片付けた。
「佐々木さんは現在販売店にお勤めでしたね。国から異世界転移などで社会に適応する為の準備期間が必要な方の為に、職場への補助金支援制度があります。そちらを利用して頂くと、半年の間給料はそのままで、職場で指導員配置などの措置を取って頂けるはずですよ」
手で読み取り機に置いたままになっているカードを忘れないよう示される。
「また何か不便があったらお越しください。お疲れ様でした」
退席を促されてしまった。
「ありがとうございました」
そう言うしかなかった。
「アパートまで送るよ。本当に帰れるか、不安だろ?」
「うん、ありがと、甲斐」
途中のコンビニで、缶ビールや缶チューハイを買う。飲みたい気分だし、甲斐も付き合ってくれるらしい。
コンビニから5分も行けばいつものアパートが見える。
2階へ続く階段を上がると、自分の部屋のドアの前に立つ。
ここ、ほんとに私の部屋なんだろうか。
不安に思いながら部屋の鍵を取り出すと、差し込む。
カチッ
空いた。
もう一つの鍵も、問題なく空いた。
「…ただいま〜」
少しドアを開けて、中を覗く。
同じ間取り、同じ匂い。置いてある物も、配置も同じ。
トイレやユニットバスも確認するが、全く変わりない。
「あ」
ロフト付きワンルームの中央に置いてある座卓の上に、瓶に入った薬が置いてある。
『魔力増幅薬』
それは見た事のないものだ。きっとこの世界に居た私が魔力が無くて、魔力が少しでも欲しくて飲んでいたに違いない物だった。
瓶を覗くと、残りは半分より少ない位。
これが、この世界に居た私が、ここで生活していた痕跡。
なんだか、少し切なくなった。
それから、異世界での私の生活は、ほんの少し変化しただけで平和に続いている。
化粧品とか、食品とか、向こうの世界と同じ物だと思って使った物に魔力が含まれてて、私の魔力と反応して劇的な効果をあげたり。それを聞きつけた店長に、自社製品のモニターをさせられて、臨時ボーナス沢山貰ってウハウハしたり。憧れの毛穴レスな卵肌になってウキウキしたり。
心配した甲斐にアレコレ世話になってるうちに、良い感じになってドキドキしたり。
まあ、今はなんだか、幸せです。
拙い文章ですが、最後まで読んで頂きありがとうございました。




