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たぶん貴方  作者: 豆狸


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2/2

後編 そして彼女

 話が終わり帰路に就いた公爵殿下を見送った私は、自室へ戻って新式の治療魔法(改)の研究報告書の続きに取りかかった。

 集中しようと思うのに、どうしても出来ない。

 婚約破棄の場で見た彼女の驚愕の表情を打ち消すかのように、学園でも同じ体勢で彼に腰を抱かれていた彼女の勝ち誇ったような表情が浮かんでくるからだ。


 彼女の祖国は自由恋愛の国と呼ばれていた。

 身分に縛られず、だれとでも自由に恋が出来る国だからだ。

 その呼び名の通り、彼女は我が国の学園でも自由に恋愛を楽しんでいた。自分が結婚していることを秘密にして、婚約者のいる令息達と──


 前の夫との結婚は、彼女自身が望んだことだった。

 彼女の家族は年の離れた富豪との結婚を反対していたらしい。

 認められたのが彼との結婚後だっただけで、彼女の父親は以前から会社に辞表を提出していた。娘を売って出世したと言われるのが嫌だったのだろう。


 年の離れた異性を好み、愛し合って結婚する人間などいくらでもいる。

 だが、彼女はそうではなかった。

 彼女が愛していたのは前の夫の財産だった。


 それなりに見た目の整った金持ちで、親よりも年が離れているからこそ自分に甘い夫。

 自身が望んで手に入れたのに、彼女はそれだけでは満足しなかった。

 年の離れた男に若いという理由でしか相手にされない女ではないと証明するために、我が国の若い貴公子達を誘惑したのだ。留学先の異国でのことだから、夫には知られないで済むと思っていた。


 もちろん私に他人の心を読むことなど出来ないし、親しくもない私に彼女が打ち明けるはずもない。

 金目当ての人間には金目当てのお仲間が集まる。

 彼と彼女の結婚後に、彼女の友人と称する人間が彼女の真意を赤裸々に綴った手紙を暴露したのだ。当然彼女はそれを捏造だと喚き立てたのだけれど、人は自分に関係しない限り悪趣味でも面白いことを真実にしたがるもの。


 それに、見せられたあの手紙の筆跡は確かに彼女のものだった。

 私は以前、彼女から私の元婚約者に宛てた恋文を見たことがあるのだ。

 盗み見をしたわけではない。落ちていた封筒に記入がなかったから、便箋を確かめるしかなかったのである。


 彼女は私の元婚約者と、宛名も差出人もない手紙を自分達しか知らない秘密の場所に隠して交換することで、こっそりと愛を育んでいた。

 婚約者のいる令息達を(はべ)らせて、自由恋愛の国から来た奔放な女であることを楽しんでいた彼女でも、さすがに王太子殿下との関係は秘密にしたほうがいいとわかっていたらしい。

 未来の国王である王太子殿下との恋愛は国を揺るがしてしまう。いや、実際に彼と侯爵令嬢()との婚約破棄によって我が国は揺らいだ。


 ──話を戻そう。私が拾った恋文は確かに彼女のものだった。

 なにしろ彼女は私がそれを盗んだと決めつけて、思いっきり平手打ちをしてきたのだ。

 我が国と彼女の祖国の文化の違いなどでは誤魔化すことも出来ない、不当な暴力行為に呆然としている私の手から恋文を奪い、彼女は去っていった。今に至るまで謝罪の言葉は聞いていないし、その直後に私は婚約者だった殿下からお叱りまで受けた。


 もう殿下への想いなど涸れ果てているのに、真実を語ることも許されずに冤罪で叱責されたときのことを思い出すと、心臓が潰れるような気持ちになる。

 あのときも彼女は殿下の隣にいて、それ以降は当然のようにそこが定位置となっていた。

 婚約者である私に知られてしまったのなら、隠す必要はないと考えたのかもしれない。


 ちなみに自称友人が放出した彼女の手紙は友達に見せてもらった。

 第二王子の婚約者だった友達は、今は王太子妃となっている。彼が私との婚約を破棄して王位継承権を放棄した後で、彼のひとつ下の弟である第二王子が王太子になったのだ。

 私は彼と同い年で友達よりもひとつ年上なのだけど、未来の王太子妃とその予備として同じ教育を受けていたので、自然と親しくなったのである。


 おそらく学園に提出された書類や課題などで、彼女の筆跡かどうかの確認は済んだ後だったのだと思う。

 友達と王族の方々は、彼が私を捨ててまで選んだ彼女はこんな女性だったのだと教えてくれたのだ。女性を見る目のない彼に捨てられたからといって、卑下することなどないのだと。

 もっとも王室の威信に関わるので、公式にはその手紙は悪戯だったことになっている。


 そこまで思い返して、ふっ、と息をつく。

 人の心は簡単に癒えるものではない。

 彼に心を残していなくても、明日魔法大学の研究室に行けば愛しい人に会えるとわかっていても、辛い過去が掘り起こされれば苦しくなる。


 だけど現実と同じように、記憶も時間が過ぎれば落ち着いていく。


 私が見せてもらった手紙のひとつで、彼女は言っていた。

 王太子殿下と結ばれるつもりはないのだ、と。

 この恋の記憶は想い出にして、卒業後は夫に尽くして生きていくのだ、と。


 殿下が私との婚約破棄を強行して、彼女が逃げられないようにしたのは、相手のそんな気持ちを察していたからなのかもしれない。

 良かった、と心から思う。

 過去の不貞を綺麗な思い出にして表面だけ取り繕った彼と、長い人生を過ごすだなんて冗談ではない。殿下が一時の恋に我を忘れるほど愚かな方で助かったわ。


 新しい婚約者、魔法大学の先輩研究生の顔が頭に浮かんできた。

 侯爵領に引き籠っていた私の治療魔法研究を認めて、魔法大学に誘ってくれた方。私の心に残った傷痕を新しい恋で消し去ってくれた男性。

 愛しい人のことを思うと、報告書の作成を再開しようという気力が湧いてくる。


 一瞬、私が数ヶ月後に結婚すると告げたときの元婚約者の顔が()ぎった。

 酷く絶望に満ちた顔をしていた彼は、もしかしたら私と復縁するつもりだったのかもしれない。

 そんなこと出来るわけがないのに。


 嫌な話だけれど、政略結婚の相手が身動き出来なくなったのなら、多少の遊びも許されるだろう。最初から望んでの結婚ではなかったのだから。

 だが、彼は侯爵令嬢()との婚約を破棄してまで彼女を選んだのだ。

 彼はこれからも彼女と生きていくしかないのだ。自分以外の男(前の夫)に会いに行って傷を負い、身動き出来なくなった最愛の彼女と。


 この結末を選んだのは、たぶん貴方。そして──彼女。

 だけど、こうなると知っていたのなら私もこの結末を選んだわ。

 ええ、きっと、ね。

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