第3話 過去
ジェイド王子の婚約者になって数日が経った。
一応、妃教育なるものを受けることになり、午前中はこの国の歴史や王族としての振る舞い、マナーなどの講習を受けている。
騎士養成所でも座学はあったし、勉強は嫌いでないので苦ではなかった。
それよりもつらいのが、午後から。
「なにも、することがない……」
暇過ぎるのだ。
王宮の長い廊下を歩きながら手入れの良き届いた庭を眺める。
ここに来たころは午後からはずっと剣術の自主鍛錬をしていた。
すると手にできたマメを見たジェイド王子から鍛錬を禁止されたのだ。
優雅にお茶、なんて柄でもないしすることがなく、こうして徘徊しているというわけだ。
まあ、広すぎるほどの王宮内は行ったことがないところも多く、探検みたいで案外面白いけど。
なんて考えながらボーっと歩いていると、見知った人が廊下を曲がってきた。
「ルイス……」
「え?」
彼は私を見て驚いた表情をすると頭を下げる。
「カリーナ様、気づかずに申し訳ありません」
「カリーナ様だなんてやめて。私たち同じ年でしょ」
「ですが、いずれ王妃になられる方ですし……」
すごくよそよそしい。
まあ、前に打ち解けたのも出会って随分とたってからだった。
ルイスは王宮薬師団に所属する優秀な薬師だ。
ギル団長の紹介で一度薬を調合してもらってから顔見知りになった。
大人しい性格で、打ち解けるのに時間がかかったけど、信頼できる友人の一人だった。
今は打ち解けるどころか距離が開いてしまったようだけれど。
「そんなことは気にしないで仲良くしてね」
「うん。ありがとう」
じゃあ、と軽く挨拶を交わすとそのまま分かれて私は部屋へと戻ることにした。
することもないしお昼寝でもしようかな、と思ってドアを開けるとなぜか部屋にはジェイド王子がいる。
ソファーに足を組んで睨むように私を見ている。
「どうして、私の部屋に……?」
「どうして? それは僕が聞きたいよ。どうして僕というこの上ない婚約者がいながら他の男と逢引きなんてしてるのかな?」
「逢引き?! いったいなんのこと――」
もしかしてさっきルイスと廊下で話してたこと言ってるの?
今日は午前中にマナーの先生に会っただけで男性にはルイス以外会っていない。
ルイスだって、すれ違いざまにちょっと会話をした程度なのに。
しかもさっき会ったばっかりだ。
それを先に部屋で待っているなんて。私、監視でもされているのだろうか。
「本当、カリーナはわかってないね」
「え……?」
ジェイド王子は立ち上がり近づいてくる。
そして、腕を引っ張られると苦しいくらいに抱きしめられた。
「他の男を視界に入れないで」
「それは……」
無茶じゃないか?
仲良くしないで、とかならまあわかるけど、視界に入れないでは無理過ぎるでしょ。
「ねえ、わかった?」
返事に困っていると、抱きしめる腕の力が強くなる。
苦しい。
「善処、します」
「うん。じゃあお茶でもしようか」
お茶?
視線を向けると、ワゴンにポットとカップが用意されていた。
もしかしてもともと私とお茶をするつもりだった?
そしてその前にルイスと話しているところを見かけた。
タイミング悪過ぎでしょ。
でも、そこまで怒らなくてもいいのに。
腑に落ちない罪悪感を抱えながら、私はお茶の準備をしようとした。
お茶を淹れるのはよくやらされていたから慣れている。
けれど、ポットに手を伸ばした瞬間ジェイド王子に止められた。
「僕が淹れるよ」
「そんな、王子にしていただくわけにはいきません」
「きみはそんな王子の婚約者でしょ。僕が淹れたいんだ」
優しくて怖い。
だけどこれ以上食い下がるのも失礼かと思い、素直に淹れてもらうことにした。
想像以上に王子の手付きは慣れていて、もう何度もこうして自分でお茶を淹れているということがわかる。
なのにどうして騎士だった私にわざわざさせていたんだろう。
疑問は尽きないけれど、お茶は本当に美味しかった。
ソファーに並んでお茶をする時間はなんだか本当の恋人のようだ。
「そういえば、ジェイド王子は私のことが好きだとおっしゃいましたが、なぜ私を?」
「カリーナは覚えていないみたいだけど、僕は五年前きみに助けられたんだよ」
五年前は父が騎士を引退して私が騎士になると決めた頃だ。
あの頃、そんなことがあっただろうか。
王子を助けたとなると覚えていそうだけど。
「すみません。全く覚えていなくて……」
「まあ、変装して王宮を脱走したから僕だと気付かなくても無理はないよ」
「変装して脱走?! そんなことをなさっていたのですか」
「誰も僕が王子だと気付かないまま街をうろついていたら、スリに合ったんだ。所持金と母の形見であるブローチを奪われた。その時、カリーナが現れたんだよ」
これ、なんとなく覚えている。
街ではスリなんて日常茶飯事で、みかけるとよく犯人を追いかけていた。
あの時は追いかけることもせずただ立ちすくむ男の子にちょっと腹を立てたんだった。
「私、ものすごく不敬なことを言ったような気が……」
「あの言葉が忘れられないんだよ」
『大切なものからは絶対に手を離してはだめよ! なにがなんでも自分のものだと強く主張するの』
「大変失礼なことを申し訳ありません」
「僕はそんなきみの強くて美しいところに惚れたんだよ」
ジェイド王子って、変わった趣味なんだな。
怒られて惚れるって普通ないよね。
それにしてもそんなに前から私のことが好きだったなんて知らなかった。
いや待って。
だったらどうして一回目の私は暗殺未遂の罪を着せられたの?
私のことが好きならどうして殺した?
わからない。
わかってもいけないような気がする。
「ありがとう、ございます……」
とりあえず、お礼を言っておいた。
その後もまるで相思相愛カップルのような距離感でお茶の時間を過ごした。




