願望の行方
止めることもきっと出来た。
いや、止めるべきだった。
何周も、それが行われるのをタップは傍で見ていた。
「何て便利なんだ!!この周回の俺の記憶や経験すらも取り込むことが出来た!!嬉しい誤算だな」
十。
これまで独学で習ったこともなかった剣技が急に術理を帯びる。『稲妻斬り』だ。
「難点は一々感情まで入り込むことだな——ガキの自分の癇癪を見させられるのは恥ずかしくて仕方がない」
五十。
ありとあらゆる可能性を検討する。剣士を仲間にした。魔術師を仲間にした。槍使いや、弓使い、僧侶や商人、騎士などガリアンに帯同するように働きかけることで『老ガリアン』はより戦士として高みへと昇った。
「クソが——仲間をこんなに死なせやがった……俺なら、今の俺ならこんなことは……」
百。
とうとうガリアンは『恩寵武器』を持って《宮殿》へやってくるようになった。有用な武具の類は老ガリアンが装備すれば持ち越せるので予めそれらを持って次の周へ行くことにした。
ガリアンは何度もガリアンを殺した。
正確に言うなら吸血することで行われるそれは殺すというよりは捕食や吸収に似た行為であったが、一個の生命を終わらせるという意味ではタップは「殺した」という表現を用いるべきだと感じていた。
「さあ、兄貴。次へ行こう。あの若造を取り込めば取り込むほど、魔力と霧を吸える量が増える!」
いつの間にかガリアンは、若い頃の自分を『若造』『あいつ』と呼ぶようになった。それはきっと自分と同じ存在を殺し続けることへの忌避であろうと、タップは知りながらも気がつかないふりをしていた。
それは矛盾だった。
他の人間を誰も死なせたくない、という理想を掲げるがゆえにそのための犠牲として己を捧げる。この理想に殉じる自分だからこそ、ガリアンは過去の己の存在を消すことを許容していた。その理想はタップにも理解が出来た。己がやっている『やり直し』も同じようなことだ。
だというのに、その己を他者と見立ててしまったら、それは救うべき他人を殺しているのと何が違うのか。
歯車が音を立てて軋むような、嫌な感覚。
「ああ、馬鹿が——何が英雄だ——」
陽の射さない《宮殿》の奥。五百周を超えたあたりからその悪魔は懊悩することが多くなった。
幾人もの若者の未来を絶った。最初は旅を始める前の子どもの頃を狙っていた。しかし旅を重ねて経験を積んでから同化した方が霧を吸う量が段違いだと分かってからは、旅の終わりを待つようになった。
それは子どもに手をかけたという罪悪感を感じずに済んだ代わりに、ひとつの大きな問題を遺した。
ガリアンは必ず《宮殿》へやってくる。生業が何であろうと、どのように生きようとも、導かれるようにそこへ悪魔の王を倒しにやってくる。心底信頼し合う仲間とともに。
同化するということは人生を追体験するに等しいのだという。悪魔はこれまでに出会った友を全て覚えている。当然、その死も。
「兄貴——どうやら俺は本当に悪魔の王になっちまったらしい」
それと比例するように、ガリアンの悪魔の力は増していた。同化するにつれて魔力は強くなり、悪魔としての能力も増えていった。
とうとう『悪魔を生み出す』ということが出来るようになった。体内の魔力と霧を混ぜ合わせて作った、人外の生物。
「……ま、少なくともこれで兄貴にも多少人間的な生活をさせられるな」
しかし厨番、庭師と名付けられた彼らは魔力もなく、ひどく優しい性格だった。それは傍目には人間にしか見えず、何周か前にガリアンが連れていた友にひどく似ていた。
なぜ霧から悪魔が生まれるのか。なぜヒトは霧の中で生きていけないのか、またあるいはなぜ生きていける者もいるのか。
薄々勘付いていることがあった。何百年もこの霧の満ちた世界で生きてきたのだ。何百、何千の書物を読み、古代の遺跡などに手がかりを求めて研究を重ねた。王都の最高学府など鼻で笑う程度には、今のタップは知の結晶であった。
幸い、死ねばリセットされる体だ。実験体は少ないが、何回でも試すことはできる。タップは己の体を用いて悪魔について研究した。それを通じて分かったことがある。
『霧』は願いを叶える力を持った粒子の塊である。
腕が千切れようが、心臓が破れようが霧を適切に吸い込むことができれば、元に戻れる。否、人間の頃よりももっと頑強なそれが新たに生えてくる。
取り込めば魔力が増え、その身にヒトならざる力を与える。それは考えようによっては数万年の時を経て行われる生物の進化をスキップする行為に等しい。
誰もがこの霧の使い方を理解していなかったのだ。強すぎる薬が毒となるように、ヒトやこの世界に生きるすべての命にとってこの霧は濃すぎた。
だからそれを吸った生物が変貌して『悪魔』が生まれる。この世ならざる造形の、残酷なまでの性能差が存在する悪辣な生物。
それは歪んで叶えられた願いの末だと言えた。
そして、同時にその霧は消費されていく資源だということに、長命種を遥かに超える年月を生きたタップだけが気付いた。龍脈はすでに枯れ、地上に漂う霧のみが世界を覆っている。
だから————。
だからきっと——。
***
「ま、そんな感じでここまでやってきたんだよ」
「全く、長い昔話だった」
壊れた玉座に腰掛けた悪魔が立ち上がる。片目は白濁し、旅塵に汚れたその男。『不死身』ではない英雄の成れの果て。
「分かったか、若造。俺はお前の存在を吸い、同化する。それが霧を消す唯一の方法だ」
「…………お前はそのために何年もここにいんのかよ?」
問いかけるは若き俊英。その目に蒼い炎を宿した汚れなき輝きの英雄。『仲間と共にいる』ことを選ばなかったエゴイスト。
「ああ、数えるのも面倒だが二千年はここにいる。お前みたいな未熟者の失敗を延々と見させられながらな」
「お前なら救えたって言いてえのかジジイ。たかが悪魔になったくらいでこの世の悲劇を集めたみてえなツラしやがって」
英雄は周囲の犠牲を嫌っている。このような旅に兄貴分を付き合わせる傲慢な己は不快な存在だ。
悪魔は己の無力を呪っている。これしきの旅で死人を何人も出す馬鹿な若造は何度殺しても飽き足りない。
「救えたさ、俺が悪魔じゃなきゃな」
「知るかよ、ならてめえが何者だろうが救ってみせろ」
当然、二人は同族嫌悪の極みにある。
「俺が救わなかったと思うのか!!だがこの世界が霧に満ちてる限り、俺が死ぬわけにはいかなかった。お前がここまで辿り着くように事態を動かすのが一番良かった」
「知らねえよ、てめえの良い悪いなんぞは。『一番良い』?あんだけ人が死んでて本気でそう思ってんならイカれてんのか?」
己を嫌いな人間が己の写し鏡を見させられる。
それは常人には経験することのない不快。
「この長話に付き合ったかいがあればいいが——一応聞いておく。お前は素直に首を差し出す気があるか?」
「何が何だか分からねえが……とりあえず景気付けにてめえの羽でもむしり取って矢羽にしてやらぁ」
一触即発。
固唾を飲んで見守る一同。話の急展開について行けずに戸惑うばかり。
「おい、二人とも。何回も同じことを言わせるなよ」
旅の初めからそばにいた兄貴分。数千年の時を越えた戦友。タップだけがにこにこといつもの笑顔を深くして話しかける。
「俺は、英雄と悪魔。お前を助けに来たんだよ」




