誠に非凡なりしは
状況は混沌を極めた。数度の人生を繰り返し、三百と余年。タップは己が子ども時代に戻ることそれそのものには慣れつつあった。
いつもいつも村の外れの人がいないところからタップの『繰り返し』は始まる。たまに麦畑に逢引きに来たカップルが盛り上がって近くへ来るくらいで、村の隅は用がなければわざわざ足を運ぶような場所ではない。
直前にこの時代の自分が何をしていたかは流石に覚えていないが、帰ったら毎回殴られるので何か失敗をして落ち込んでいる最中なのかもしれない。
今回はそれが功を奏した。ここにいるのは老齢のガリアンではあるが、何しろ悪魔である。誰かに見られていればすぐに噂は広まり、ガリアンは殺すべき怨敵として広く追われることになっただろう。
失敗。
タップは失敗を恐れない。神の加護はその人を映す鏡だというが、まさにこの『繰り返し』はタップの人生観であると言えた。
タップは昔から失敗する子どもだった。村の誰よりも好奇心が強く、漠然とした不満を世界に感じていた。大人の言う正しさ以外にも人生には道があるということを薄らと勘付いている賢い子どもだった。
何せ隣には神童がずっといたのである。自分の凡庸さなど嫌になるほど知っていて、それをどうガリアンのために活かすかをずっと考えているのである。
救われたのだ。弱虫を連れてガリアンは世界を見せてくれた。この心優しい友は足手纏いを《宮殿》まで連れて行った英雄なのである。
挑戦し、失敗し、成功までの足掛かりを一歩ずつ進んだ。
故にその成功体験は、けして一度の失敗に左右されない不屈の精神を育てた。たとえ数百年の計画が失敗に終わっても、タップはまた立ち上がり歩み出す。
また失敗したという落胆はあれど、どの人生においても学びがあり着実に目的に近付いている実感が、タップを非凡たらしめる狂気の旅路へと駆り立てている。
だが、ここにきての異常事態。
なぜかガリアンがここにいる。この時代にいるはずのない老境に差し掛かったその男は、悪魔の翼を背から生やしながら戸惑ったようにぽつりとこぼす。
「ここは村か?だがあそこはもう亡びたはず。それに兄貴……の子ども……?」
どうやら相応に困惑しているらしかった。無理もない。何度も繰り返しているタップにしても初めのころはそうだった。
「俺の加護だよガリアン。俺は死ぬと時を遡って人生をやり直してる……だが、なぜお前も——?」
しかし、困惑しているのはお互い様である。『繰り返し』は加護の持ち主であるタップにのみ起こる現象のはず。
それも、子どもの自分の肉体に憑依するような形で行われる。ガリアンはそれとは違い、死の直前の姿でここに現れている。
(この差はなんだ……?そもそもなぜガリアンがここに……)
村の家々の隙間から、ちらりと少年のガリアンが見える。あちらは普段通り何も知らない様子で、ぼろぼろになりながら畑の世話を命じられている。背丈の小さな彼は水の入った桶を動かすのも重労働だ。ふらふらとふらつきながらも、その目だけが残光すら錯覚するほどに強烈な意志を発していた。
「『加護』か。ああ、そうか。どうやら俺もそれらしい」
「それ?」
「何でかよく分からねえが、俺には加護が備わったと何となく分かった。その効果も」
「ああ、それは確かに俺も同じようにして理解したな。しかし一体なんの——お前ほどの者が加護を持っていないなんておかしいと思ってはいたが」
「『心折れぬ限り友の隣に立つことが出来る』だとさ。いつどこにいてもアンタを一人にしないでいられるな」
「————そうか。そうか、ありがとう。しかしガリアン……」
「ま、霧を吸い込んで悪魔にはなっちまったが、悪魔が世界を救っちゃいけねえという道理はねえ。だろ?」
これがガリアンなのだ。この光り輝く精神性。己の姿形が悍ましくも作り変えられ、命を絶たれたその直後。この理解も及ばぬような突然の状況にも動じず、己の理想を語るこの姿。
見よ、この男こそが英雄。この男こそが救世主。
この年下の幼馴染の美しい姿に尊敬を新たにしたタップは——静かに激憤していた。
(神がガリアンを見込んだというのならば……ならばなぜここへ連れてきた!!!)
神が今世を照覧し、見込んだものに加護を与えるというならなぜガリアンまでもをここへ連れてきたのか?タップの内心は荒れ狂っていた。
タップはガリアンを救うために人生を繰り返しているのだ。彼の輝かしい人生をそれに相応しいものにするために命を賭けている。それなのにその張本人がこうして悪魔になりここへ着いてきてしまった。これでは本末転倒だ。
(俺を一人にしない?ダメだそんなことは!)
霧を消そうが、世界を救おうが人は彼を悪魔だと見るだろう。嫌悪し、蔑み、時には攻撃すらするだろう。
だから、タップだけは。出口のない牢獄のような旅へ彼を連れてきてしまったこの罪だけは背負わなければならない。
「……ああ、きっと——きっとお前は世界を救うよ、ガリアン」
この悪魔を、救世の英雄としてみせる。
***
《宮殿》までの旅路は大きく短縮された。
何せ隣には悪魔がいるのである。それも人間として元々そこへ辿り着くほどの経験と武勇を兼ね備えた上で魔力が大きく底上げされたガリアンだ。
腕の一振りで魔獣や低級な悪魔は消し去れるようになったし、背についた翼で飛ぶこともできた。
数十年の旅はほんの三年ほどまで縮んでいた。
しかし、問題があった。
ガリアンが霧を吸うことが出来なくなったのである。
「肉体が悪魔になったからだろうな」
なんてことのないようにガリアンは言う。
「なんとなく身体の構造が変わったことが分かる。人間が腕の動かし方を教わらずに出来るように、俺も背の翼を広げることが出来た。逆に人間が水の中で呼吸出来ないように、俺にも霧を吸うことは出来なくなったみたいだ」
「——ッ!!すまない……ガリアン…………」
目の前に突きつけられる『ガリアンはもうヒトではない』という現実。旅の中でもたびたびそうしたことは見られた。肉体が異常に頑強となり、己の血を操る異能を発現する彼は吸血鬼と呼ばれる高位の悪魔と化している。
「毎回毎回謝るなよ、兄貴。好きでやったことさ。それより俺が霧を吸えなくなったのは痛いな」
だが元より、一人でやるつもりだったこと。タップにとってはただ振り出しに戻っただけのこと。
「まあ、ひとつずつ試すさ。生憎俺は、こういうのが向いてるらしくてな」
誠に非凡なりしはこの凡庸さ。特別なアイデアも、劇的な展開もない。ただ虱潰しにあらゆる可能性を検討していく。これこそがタップの才と言えた。
「兄貴、見ろ!霧が吸えるようになったぞ!」
何周かアテもなく色々なことを試したのち、ガリアンが急にそんなことを言い出した。
唐突なことだった。『思いついたことがある』と言ってガリアンが旅の途中で数日抜け、帰ってきたときには霧を吸うことが出来ていたのである。
「おお!ガリアン、何をしたんだ!?」
「ああ!この時代の俺を、今の俺の体に吸収することが出来たんだ!!」
誠に非凡なりしはこの利他精神。己という存在を抹消することに、このガリアンという男は全く頓着しない。
ガリアンは自分を殺してきたのだ。




