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閑話:王都モントリュヌにて


 王都モントリュヌ。燦然たる太陽の紋章輝く永遠の都——そう呼ばれたのもいまは昔。ブルモンテルの山肌に背を預け、霧狭間(きりはざま)に縋り付くようにして残るその都市は国土のほとんどを霧に覆われ外には出られず、交易による発展を妨げられている。


 我らの王国は斜陽にあり、近く霧の中へ沈む。王すらもそれを疑わず、未だ晴れ間にありながら国は暗くそれを待っていた。


 それがほんの十七年前までの常識。


 今やどうだ。当時の王弟は王になり、英雄は八面六臂の活躍で捲土重来の報せが止まらない。毎夜酒場で唄う吟遊詩人が喉を枯らすほどの大活躍。


 街中には黄金の旗が翻り、色とりどりの花が飾られ王と英雄を讃える歌があちこちから聴こえてくる。


 しがない町鍛冶は思う。近隣の鍋やら薬缶やら、金物ばかりを作ってきた歴史にも残らない一人の男は物思う。


 噴き上がる汗を拭い、中天から射す陽の光を天窓に見て思う。


 復讐を。


 我らが友を殺した悪魔に。親類縁者を皆殺しにして弄んだあの悪鬼に報復を。我が身に才はなく、ただ手近な問題すらもままならない凡人なれど——この鍋で腹一杯飯を食った誰かが悪魔に手傷を負わすかもしれない。その傷がいつかあの英雄を救うかもしれない。


 なればこの変わり映えのない毎日は復讐の途上にある。


 小さな、ほんの小さな一振りでしかないけれど——俺のこの槌が悪魔を殺すのだ。炉から出た煙が悪魔を燻し、噴き出る汗が悪魔の目を曇らせる。幸せな人々の笑い声は翻って英雄を支える礎となるだろう。


 ガリアンにこの鍋がどうか届かんことを、かの輝きを宿した男に栄光あれ。


 どうか、女神よ。我らが英雄を護りたまえ。


「お、精が出るねえ。おやっさん、トシなんだから程々になりなよ」


「うるせえや。物はもう出来てる。持っていきな」


 工房を覗いて付き合いの長い金物屋が茶化す。長年の鍛治仕事ですっかり分厚くなった手のひらで追い払うと、彼は復讐を続行する。全身に力を漲らせて、笑顔のまま。


「お、こりゃどうも。まいど」


 金物屋は出来上がった鍋を持ち上げて店に戻る。その道中、物思いに耽る。


(早まったかねえ……)


 彼には最近悩みがあった。思わず溜め息が漏れる。


(どうするか……今からでもなかったことにしてもらうか?)


 (カカア)に黙って貯蓄を崩していたのである。後先考えない悪い癖だった。酒場で酔ってついその気になって店のカネから小遣いまで全部突っ込んでしまった。


 酒場で近所のエンリコが寄付(カンパ)を募っていたのだ。黒樽商会がまた英雄の旅に同行する、今度はとうとう悪魔の王を倒しに行くのだ、とエンリコは鼻息荒く演説をぶっていた。


 あれが良くなかった。あいつは学がないくせに口が上手い。


『モントリュヌに生まれたからにゃ英雄ガリアンの世話になっていない奴なんかいない。かの英雄が何人の命を、その魂を救ったか忘れたか!?』


「忘れるもんか!おらの麦はガリアンさまんトコの軍師さまが病気を治してくれた!!あれがなきゃおらたち今頃凍えて死んでたさ!!」


「お前ら陸の薄情者と一緒にすんな!!入道烏賊(クラーケン)退治の大冒険、ありゃ俺の船でのことだ!!」


『そうか、そうか!じゃあ俺たちは十分恩に報いたか?』


「いいや、かの英雄は報奨金を受け取らなかった。一銭すらも受け取らず孤児院に寄付してくれと頼んだ!驚いて革袋を取り落とした小役人の手に一枚一枚金貨を拾い乗せながら、子どもの未来を頼むと笑いかけた!!私が証人だ!!」


『では、俺たちは何をする!!王のように勲章も、貴族のように血筋も、豪商のように屋敷も渡せない!!いつもみたいに悪魔にチビって酒飲んで震えるか?』


 酔いも手伝い喧々諤々と好き勝手に話す一同をしばらく黙って見つめると、エンリコは静かに言った。


『生きてもらうことだ』


『まだ十七のガキが戦ってる。俺らはその頃何してた?ロクに働きもせずに女のケツ追っかけて鼻の下を伸ばしてた、そうだろ?』


『このままでいいのかよ。墓の前で誓えるか?俺は英雄ガリアンのように誇り高く生きたって胸張れるやつが何人いる?』


『これはチャンスなんだよ。神の御許へ行っても誇れる自分になる、最後のチャンスだぜ』


『俺は行く。黒樽商会が人足を募集しててな。有り金叩いて物資を買って英雄に届ける。だからお前ら、カネ出していけ』


 もしもこの話に乗れないならそいつは王都っ子の風上にも置けない——そんなエンリコの煽りに乗せられて、ついついその日の稼ぎや持っていた有り金を全て入れてしまったのだ。


 悪魔に身内を殺されていない者はいない。そう断言が出来るほどに悪魔の被害は身近だ。例え直接殺されていなくても、畑を荒らされたり海を汚されたりして首を括ったやつは数え切れない。


 だからこそ、男は英雄ガリアンにいたく感謝していた。我ら力なき町民がなぜ笑い暮らせているか、子が走り回って遊ぶことができるのは誰のおかげか。祖先が眠る墓を霧の中に沈めずに済んだのはどうしてか。直に会ったことはないが、子々孫々にまで語り継ぐべき恩義である。


 だが。


(絶対怒るよなあ……その場の勢いで突っ込んじまったもんなあ)


 いつの世も侠気というものは勢いによるものであり、素面に戻ったときには恐ろしい現実が待ち受けているものなのである。


 とはいえ、この男に限ってむしろその逆。


「英雄様にカンパしてきたって!!?アンタの小遣い程度じゃ助かるものも助からないよ!!ホラ、さっさとこれ持って追加で渡してきな!!!!」


 完全に尻に敷かれた彼は、目を白黒させながら追加の寄付を行うのだった。

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