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暗闇を見るもの



「それで、お前は何がしたい?」


 数多の惨劇が再生され続ける暗闇。その中でヒトの英雄はそう言った。うんざりしたような、苦手な食べ物でも食べたような顔をして。


 あり得ない。司書はそう思った。《畏れ(フォビア)》と名付けたその魔術は、ヒトの精神を壊すための魔術だ。


 ヒトの心は脆い。ちょっとしたことで傷を負い塞ぎ込んだり、時には自ら死を選択させる。


 だからこそ彼らは辛い現実から目を逸らす。逃げる。忘れる。そうしなければ心が壊れてしまうからだ。


 《畏れ》の魔術が見せるのは、これまで生きてきて抱いた全ての負の感情。期間を空けて立ち直ったり、見ないふりをしてきた心の傷。忘れていた恐怖、怒り、絶望。それら全てを一度に再現する。


 条件として術者である司書と一定時間会話をしなければならないという縛りがあるが、そのために人間に近い姿を取っている。表情や立ち姿、顔つきからでも人間の性格や感情を類推できる彼女にとって、相手さえ選べば容易いことだ。これは必殺の戦術だった。


 それを看破され、あまつさえ平然と乗り越えられるとは。


(情に流されやすく、喜怒哀楽の振れ幅が大きいタイプと見たが——見誤りましたか)


「戦闘は苦手ってのは本当らしいな。これがお前の攻撃ってわけか」


「大体の方はこれを一気に見せられると気が狂って泣き叫ぶものですが……随分とお客様は頑丈でいらっしゃいますね」


 眼前で繰り広げられる殺戮劇。凍りついたイワナンの頭部の隣で血溜まりに沈むイャギヴがあり、ギャレットの右腕が喰われている。リーネランの体は弄くり回されて原型を留めていない。


 エヴァが踏み潰されて死んでいく。少しずつ潰れて体が破裂する音が耳元で聞こえる。


 ヴィルケは火だるまになっている。人肉の焼ける匂いと、もうとっくに死体になっているのに踊るように動き続ける手足が、まるで愚弄されているようだ。


 ジャン=リュックは背を撃たれ、毒に苦しんでいる。口元から泡を吹き出し、尿と糞をひり出しながら少しずつ動かなくなっていく。


 ベルナールは足先から少しずつ刻まれ拷問された姿で発見された。あたり一面血塗れで、彼の脂でぬめったのだろう刃物が適当にそこらに捨てられている。


「地獄なら見飽きたって言ったろ。毎晩見てる」


 ガリアンは女神に祝福されている。ガリアンは肉体が傷付こうと、背に仲間を負う限りけして死ぬことはない。ガリアンの脳もまた同じ。彼はけして忘れない。忘れることはできない。


 そして精神もまた同様に、狂うことはできない。至って正常で、逃避することもなく、発狂するでもない。その地獄を真正面からいつも見つめている。


 いくつもの断末魔がこだまする。いくつもの戦場の光景がフラッシュバックする。


「死ね!死ね、悪魔ども!」

「痛い痛い痛いイイイイ」

「逃げろ、ガリアン!」

「あああああああああッ!!!!」

「俺なら大丈夫だガリアン。他の奴らを!」

「呪われろ、怪物が」

「ガハハハッッ!!任せなガリアン、お前が殺した悪魔を地獄でもっかい俺が殺してやらあ!」

「ガリアン!」


 死ぬ。次々と死ぬ。呆気なく、ゴミみたいに仲間が死んでいく。一人一人に誇りがあり、愛するものがあり、嫌いなものがあり、飯を共に食い、笑い、戦い、人生を共有した誰よりも強い絆で結ばれた友。


 それが、何の価値もない紙切れのように死んでいく。何の意味もなく消されていく。


 感動的でも悲劇的でもない、悲惨で無様で無情な死。


「たすけて!」


「嫌だ」


「ころさないで」


 焼かれ、砕かれ、捥がれ、遊ばれ、嗤われて。


「なんで?」


「来るんじゃなかった」


「ガリアンのせいで」


 笑う者がいる。泣く者がいる。慰める者がいる。呪う者がいる。


「お前の……せいじゃない……」


「嫌ならやめてもいいんだぜ」


 噛み締めた奥歯が割れる。瞬いた輝きがそれを癒す。


 見開いた眦が裂ける。唇が割れる。爪が掌に刺さる。輝きがそれを癒す。


「安心しろよ。無駄じゃねえ……お前らの命は繋がってる……」


 頭の奥でぶつり、と何かが切れる。輝きがそれを癒す。


「俺が」


 何もかも捨ててうずくまり、叫び出したくなる。目玉を抉り出して見ないようにしたくなる。輝きがそれを癒す。


「俺が証明する」


「神の祝福、というわけでございますね?」


「便利なもんでな——お陰で何一つ忘れないで済む」


「狂うことすら、死ぬことすら許されない神の尖兵……どうしてあなた方があのようなものを神と崇めるのか、理解に苦しみます」


「世界中を霧で覆っちまおうとする王よりはマシだろうが」


「醜いものは蓋をして見ない方がマシという考え方もございますよ?」


「ああそりゃ名案だ——テメェら悪魔の城に蓋をしてやるよ……二度と陽が射さないところで這いつくばって死ね」


 瞳の魔力が蒼く燃え上がる。


「『聖レノ記(BIBLE)』“一章二節”行動開始(Wake up)


Time to(灯りを) turn on(点けろ) the light(ネクラ)



「んん……門兵の仇くらい討ってやれるかと思いましたが、やはり駄目ですね……」


「ああ、憎むなら俺を憎みな。復讐も大歓迎だ。片っ端から殺してやるぜ」



——こんなところで、足を止める権利は俺にはない。



 輝きがまたひとつ悪魔を消し去り、そしてガリアンは闇の中から目を覚ました。


***



「ガリアン!!目が覚めたか!!」


 身を起こすとどうやら体は眠っていたようだった。隣に着いていたサティアが心配そうにこちらを見つめているのを制してガリアンは尋ねる。


「あいつは、司書はどうなった?」


「お前が倒れたのと同時に消えてしまった——今は部下に周囲を警戒させている」


「もう大丈夫だ。精神操作魔術を喰らってたが、倒した」


「おやァ、お目覚めで?精神操作とは穏やかじゃありませんねェ」


 ファティヒも寄ってくる。ガリアンの肉体は不死身に等しいが、封印や精神操作はガリアンを実質的に殺すことのできる手段だ。弱点とも言えるだろう。それゆえに汚染が残っていないか猜疑の目でこちらを見てくる。


「ま、性格の悪い魔術だったが俺とは相性が悪かった。影響も残ってねえし問題ねえ。先に進もう」


 一行は歩を進め、暗闇の宮殿のさらに奥へと足を踏み入れる。

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