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暴挙へと至る道


 それから数年。北方以外の遊軍戦力が必要だと判断した国は、サティアを泉の聖騎士団の団長として任じて各地へ派遣した。その中で彼女らは戦果を上げ続け、その実力を国中に認めさせた。


 サティアとガリアンに婚姻を結ばせ、かの英雄と国家との繋がりを強固にしようと画策する貴族は数多かったが、彼女はその策略にけして首を縦に振らなかった。己が愛した男は国などという狭いところに収まるべきではない。


 彼女の出来る最も大きな支援はガリアンがこの国にいる間、下らない政治に巻き込まれたり背中を刺される心配をしないでいられるようにしておくことである。故にまず武力を抑え、騎士団長としての権力を得た。


 今や彼女を《渇き》と呼ぶ者はいない。賄賂や横紙破りを許さず、規律正しく潔癖な組織を築いた彼女はガリアンと数度職務上衝突することはあったが——それでも彼女にとってはすべてはガリアンのためである。互いの主義や主張を上手く擦り合わせながら良い関係を続けていた。


 サティアはそう思っていた。ガリアンが泉の聖騎士団の帯同を一方的に解くまでは。



「よう、仏頂面ども」



 その日、ガリアンの様子はおかしかった。いつもの陽気さは影を潜め、何かを堪えるような沈痛な面持ちをしながら騎士団の宿舎にやってきた。


「ガリアン、貴様この間団長との訓練(デート)の約束を破ったらしいな!」


「何様のつもりだ!英雄だからと奢っていられるのも(ぞんざいに扱ってると)今のうちだ(奪われる)ぞ!」


 団員たちは皆、サティアがガリアンに懸想していることなど知っている。口では叱責しているが、彼らのこの二人の英雄的な活躍に対する尊敬の念はかなり強い。



「——うるせえよ、役立たずが。俺がいなきゃ悪魔の一匹も殺せねえくせに」



 だからこそ、その返答に対しても彼らは冷静だった。


「……何があった。ガリアン」


「あ?テメェら雑魚のせいでちんたら旅が長引くのにイライラしてんだよ」


 十七の少年である。泥を啜りながら過酷な旅を幾度も行った。血を吐きながら幾つもの国を救った。そこまでやっても彼は富も栄誉も求めない。時には「なぜ自分たちを救ってくれなかった」と理不尽な感情をぶつけられることもある。一人の大人として、この少年だけにそのような重責を負わせる罪の重さを、騎士団員たちは日頃痛感していた。


 彼は自分たちの半分ほどの歳ごろだ。そんな若者に、ましてや本来己らが守るべき民からこのような文句が出たとして、それをぶつけられたとして何の不満があろうか。彼にはそれだけのことを成し遂げている。


「そうか……すまなかった。それでは次の遠征の——」


「うるッせえんだよ!!」


 どん、と胸を押されたかと思えばその膂力で気付けば騎士は数十メートル先にある厩の藁の中に突っ込んでいた。随分と量が積まれていたために衝撃を和らげられていたが、もし壁などに当たっていればただでは済まなかっただろう。


 雷鳴のように響くガリアンの声が遠くから聞こえてくる。


「俺の言葉に逆らうんじゃねえ!見ろ、口答えしたあいつみてえになりてえか!黙って団長室まで案内しろや!!」


 まるで己の存在を知らしめるように周囲を威圧するガリアンの突然の変貌に戸惑う団員を他所に、彼は兵舎のドアを蹴破るように入っていく。


「ど、どうしたんだ英雄殿は……昨日だっていつもみたいに馬の世話を手伝ってくれていたのに……」


 馬丁が背後で困惑しているのを聞きながら、吹き飛ばされた騎士の心中でひとつの確信が生まれつつあった。





 勝手知ったる建物である。事務処理をしているサティアの下へガリアンが辿り着いたのは、彼女が兵舎の騒がしさに気付いたのと同時だった。


 乱暴な手付きでドアを開き、中へと入ってくる彼にサティアはかけていた眼鏡を静かに外すと、落ち着いた口調で尋ねる。


「どうした?ガリアン。えらく下の階が騒がしいが」


「別に、大したことはねえよ」


 エルフの特徴である木の葉のように長い耳をぴくりと動かすと、顎下で切り揃えられた銀の髪がさらりと揺れる。傾げた首のあたりに入った白色の紋様が、褐色の肌を装飾していた。


「その割には転がり込むように入ってきたが——まあいい。何の用だ」



「お前らはもういらん。クビだ」


「——ッ。なぜ?我々が露払いをしているからこそお前の旅は安全な退路を確保出来ていると自負していたが」


「それがもういらねえからだよ。俺は次の旅で悪魔の王を殺す」


「ッッ!!ガリアン、馬鹿を言うな!《宮殿》はアンサドレアの砂海の先!ここから未踏破の地域がいくつあると思ってる!!」


「お前ら凡人はそうだろうよ。ちんたら足元固めて安心出来るようになってからじゃねえと進めねえんだからな——俺は違う。お前ら連れてちゃ何年かかるかも分からねえ」



 蔑むような目、見下すような言葉。


 本心の暴露とは全く思わなかった。


 ガリアンは優しすぎる。戦いの中で命を落とす者が出るたび、彼は必ず全員の遺族に会いに行く。感謝の言葉を受けることもあれば、ひどく罵倒されて帰ってくることもある。


 全てを背負っているのだ。仲間の命、人々の命、国、世界。それはあまりにも傲慢で、そして悲しい優しさだった。


 それを背負いたくないと、重荷に感じるのも当然だ。一人で征くと言われても、彼の性格であればむしろ合点がいくくらいである。


 しかしそれを予期出来ていたか、と言われれば否である。サティアにとってガリアンのこの暴挙は全くの想像の埒外。


 昨日とて普通に今後の打ち合わせをしたところだ。その時だって「早く霧を晴らしたい」という言葉こそあれ、このような性急なことを言う雰囲気でもなかった。



「誰に何を唆された——!!」



(間違いない。ガリアンに何かを吹き込んだ奴がいる——!)



 あまりの怒りに毛が逆立つ。いくつか思い当たる節がある。ガリアンに潰された悪徳商会や盗賊団、ガリアンと国王が蜜月関係にあることに不満を抱く貴族ども、それから聖人認定して象徴に使いたがる聖職者たち。


(ガリアンの光に集る害虫ども——!!)


「唆した?それは旅を遅らせてるテメェらの方だろ。俺のお零れに預かって団長まで登り詰めた《紋切り型》サンよう」


「————聞け、ガリアン。誰に何を言われたかは知らんが、私たちがそんなに頼りないか?」


 蒼い瞳に魔力の炎が揺れる。直情的なガリアンである。感情とその炎の在り方は繋がっている。


「我が騎士団、一兵足りとて弱兵はいない。皆が命を懸けるのはお前の理想に共感したからだ。その夢を共に現実に変えたいからここにいるんだ……それをお前は取るに足らない弱者だと捨てるのか?」


 ゆらゆらと小さくなっていく瞳の炎。


「う、うるせえ——」


「あのいけ好かない商人も、タップもラージルもルルノアも——勿論私とてそうだ。私の死がほんの僅かにでもその未来に寄与するなら……そこには価値が残る」


「クソ、なんで、ああ——俺は……」


「たとえ道半ばで死んだって、そこに悔いはない。誰もお前のせいにしたりはしない」


「ッッ!!だからッ!お前らがそんなだから旅が進められねえんだろうが!」


「思い上がるなよ、ガリアン。私たちはお前に守ってもらわねば生きていけないほど弱くはない。何年、何百年かかってもいつかきっと悪魔の王を倒してみせる」


「……」


「一ヶ月——いや、二週間だけ待ってくれ。お前の言う通り、《宮殿》に辿り着くだけの準備を整えてみせる。このままでは旅食すらおぼつかん」


「——わかった。二週間だな」


「ああ、約束する。だから浅慮はよせ、ガリアン」



 ガリアンは静かに立ち去った。来たときの勢いが嘘だったかのように、火の消えた暖炉のように静かで、そして寂しげだった。




 そして次の日、サティアはガリアンが独りきりで旅立ったという知らせを受けた。



 遺されたたった一通の手紙には文字が苦手なガリアンらしい、直裁的な言葉が綴られていた。けして綺麗な字とは言えず、蝋封どころか便箋もない簡素なものだった。


『お前らの気持ちを無視して本当に悪いと思ってる。でもお前らが死ぬのは嫌だから追いつけない速さで行くことにした。たとえ俺が勝ってても負けてても追い付けないと思うから来ないでくれ。ごめん、後は頼む。みんなには黙っててくれ』


 サティアが思わず握りつぶしてしまったため、その手紙は皺だらけになってしまった。



***



 それからのサティアの動きは素早かった。速やかに黒樽商会と連携を取り、軍団の編成と物資の調達を行った。まさに八面六臂の大活躍。寝る間も惜しんでの難行である。


「ああ——お労しやサティア団長。あんなに塞ぎ込んでしまわれて……」


「無理もない——ガリアン殿はロレア大峡谷、アンサドレアの湿地と砂海を抜けた先へ一人で赴いたんだぞ。準備を重ねて団を動かさねば常人では死に至るが、そうこうしてる間に先に進んだ彼が死ぬかもしれん」


 騎士団が先行し露払いを行い、黒樽商会が輜重隊のごとく背後から物資を運んでくる。


「野営も狩りも一番下手な癖に食糧も碌に持たずに出立したんだろう?あのガリアンじゃいくら強くたって辿り着けるか?」


「おい、口がすぎるぞ!英雄に向かって何という口の利き方だ!」


「何だと?俺は事実を言ったまでだ!お前は腹が立たねえのか!?あいつは俺たちを足手纏いだと捨てたんだぞ!」


「そうだ、俺は奴を戦友だと思っていた!いつか俺が盾になって死んだとき、ガリアンはきっとその隙に悪魔の首を狩ってくれるだろう、と。だがあいつは俺たちを使い走りの小僧のように扱った!!死ぬ覚悟すらない臆病者だと!!」


「貴様ら!何を騒いでる!!」


「だ、団長…………!」


「そんなに気に食わないのであればガリアンに会ったときに一発殴ってやれ、許可する」

「——私も、顔を見たときに我慢できる自信はない……」


「……おお、お労しや」


 英雄の不在により下がった士気を律し、崩壊させずにいくつもの死線を超えていく。


 このとき騎士団にとっての幸運は、ガリアンが進んでいた道を後ろから辿れたということだ。何せガリアンの戦い方は派手に過ぎる。木々が薙ぎ倒され、光が打ち上がり、雲が貫かれる。探してくれと言っているようなものである。


 しかし、その光はガリアンの無事を意味していた。


 この二ヶ月、各種の調整や急行軍によりサティアはほぼ毎日二時間ほどしか休息を取れていない。加えて未開拓地域に踏み込む緊張感、ストレス、死の危機。サティアにとってその光が見えることこそが心を安らげる唯一の光景であるとともに、その回数の多さからガリアンの孤軍奮闘ぶりを推し量れるために最も大きなストレスの要因でもあった。


 彼女の名誉のために書いておく。彼女は全てを飲み込むつもりだった。何とか追いついた後には嫌味のひとつくらいは言ってやるつもりだったが、それだけで済ませるつもりだったのだ。これだけの苦労の後である。それくらいの権利があったはずだ。


 しかし、そうはならなかった。ガリアンの危機に素早く飛び出したファティヒに対して放ったあのガリアンの言葉——『なんで分からない……死ぬかもしれないんだぞ!』——あれが最後の理性の紐を切った。


 かくして、あの暴挙は起こる。


 獣のようにヒトならざる叫びを放つ彼女——ガリアンと何合か打ち合ったのちに突然昏倒したサティアもまた、こうしてガリアンと合流することになったのだった。


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