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ドラゴンの討伐

あのジョージ・タウン訪問の後は落ち着いた日が続いた。

エリック様を見つめると、その視線に気づいたエリック様が微笑み返してくださる。さすがに騎士団である。こんなところでイチャイチャするわけにはいかない。けれども、エリック様の本心はどうなのか、という不安は常に胸に残っていてチクチクと針のように刺すのである。けれども、そんな不安を表に出すわけにはいかないのでにっこりと微笑むことにしている。

ドーシー夫人の仕立てた新しい服も届いたので着てみるとしっかりと体に合っていて動きやすくなった。大満足である。

レンドルフ様はいつもの毒舌を抑えているようである。私とエリック様がしばしば視線を交わしていることには気がついていると思うのだけれど。

で、週に2回のリンへの家庭教師も始めた。リンは勉強熱心で飲み込みも早く、どんどんと吸収している。これならばすぐに王都の社交界でやっていけるようになるだろう。子爵夫妻も親切で、リンを教えていることに感謝してくれる。

こうして平穏無事とも言える日々が何週間か続いていた。

けれども、次第に小規模ながら魔物が山から降りてきて襲撃する事案が増えてきて、アランやダニエルなど騎士たちも魔物退治に駆り出されることが多くなってきた。また、赤いドラゴンの目撃も増えるようになった。

ジョージ・タウンでも赤いドラゴンが目撃され、このままでは街がドラゴンに攻撃される恐れが心配された。そういうある日、子爵は騎士団にやってきて、ドラゴン退治を依頼したのである。

奥の山には元々は黄金ドラゴンがいて、そのドラゴンは奥の山を平和的に治めていたので長年の間、特に麓では魔獣騒動は起こっていなかった。これが最近、赤龍が目撃されるようになって、魔物たちが麓でも目撃されるようになったのである。恐らくは先日のあのオーガの襲撃もその一環であると考えられた。

(もしかしてあの時の傷ついた黄金ドラゴンがそのドラゴンだったのかしら。ひどく傷ついていたものね)

子爵の依頼を受けて騎士団からは20人の討伐隊が選抜された。それとエリック様とレンドルフ様の総勢二十二人が討伐隊ということになる。

結成式を見て子爵様は「よろしくお願いします、我々の平和な生活のために是非ドラゴンを撃ち倒してください」と挨拶して帰って行かれた。

エリック様はその後、私のところに来て「できれば討伐隊に加わってもらえないだろうか」とお願いしにきた。「多分、クリスティーネが来てくれれば隊の士気がぐんと上がると思うんだ」

「あ、あの、私は治癒魔法が使えませんので傷薬の軟膏を持ってゆくというのでよろしいですか?」と私が答えるとエリック様は「それでいい」といってくれた。

私もここで待っていてエリック様の無事をヤキモキするよりは現場について行って何かあったら一緒に闘う方がいいと思ったのである。

私が討伐隊に参加すると聞いて他の討伐隊の騎士たちが「聖女様がついていただけると俺たち100倍の力が出るぞ」と大喜びしたのはまた別の話である。

討伐隊の出発は三日後と決まり、多くの騎士たちが龍退治の準備を始めた。けれども、竜殺しの剣などという都合のいいものはこの世界には見当たらない。なので皆さんは普通の剣をよく研いだり、柄の長い槍を用意したりしたわけである。

私も軟膏を作って袋に入れていざという時に使えるようにした。

そして三日がたち、出発の日が来た。

騎士団は基本的に男所帯なので女性の声援はないが、多くの騎士たちに見送られて討伐隊は出発することになった。

山道には馬車は使えず、騎馬のものと徒士の者とに別れた。私はエリック様の馬に一緒に乗せてもらうことになった。

一つ山を越えて奥の山の領域に入ると、あちこちで木々が焼けこげており、生き物の気配はなかった。さらに登ってゆくと頂上の付近で煙と閃光が見える。

どうやら赤龍が何かと戦っているらしい。

斥候を走らせて本隊は風下に迂回してドラゴンから見つかりにくいようにした。

斥候の報告によるとドラゴンは巨大イノシシと戦っているようである。ドラゴンはイノシシの突進を避けるため、空中に飛びながら炎のブレスを吐いてイノシシを弱らせているそうである。

レンドルフ様は「飛んでいるドラゴンはちょっと厄介ですね。弓矢ではあの鱗を貫通できないでしょう」とエリック様にささやく。

やがて、煙と閃光が収まり、遠くに飛び上がる赤い龍が見えた。討伐隊の面々は息を殺してみじろぎ一つしない。と、赤龍は向きを変えてこちらの方に飛んできた。「ごうっ」という大きな羽音と共に討伐隊の真上を飛び過ぎ「おかしいなあ。この辺りに大きな魔力を感知したと思ったのに」と口から小さな炎を吹き出しながら喋り、あちこちを探した後に山頂に向かって引き上げてゆく。

レンドルフ様は「どうします?夜まで待ちますか?」とエリック様に言うが、エリック様は「活動期のドラゴンは夜に眠るとは限らない」ということで速やかな追跡を命じた。

既に馬はドラゴンの姿を見て恐慌にかられている。同じくドラゴンの恐怖に耐えられないために震えている数名の騎士に馬や荷物の世話を任せて、残りの騎士は皆徒歩になって山頂を目指す。

山頂に着くと赤いドラゴンが待っていてこちらを睨みつけてきた。

「感心、感心。逃げずにここに来るとはね。命を捨てたい愚か者は大歓迎だ。みんなこのゼニス様の炎のブレスで丸焼きにしてやる」といきなり炎のブレスを吐きかけてきた。

私もこの展開は予期していたのでドラゴンが嬉しそうに喋っている間にグレータープロテクションの結界を張っておいた。

炎はその結界に阻まれて討伐隊の目前で止まる。

煙が薄れると無傷の討伐隊を見てドラゴンは鼻から煙を吹き出しながら「小癪な人間どもめ」と唸る。

討伐隊は一斉に弓を射るが、矢はドラゴンに当たってもその鱗を貫くことができない。

レンドルフ様は「早まって飛び出すなよ、引きつけて間合に入るまで待って攻撃するぞ」と皆に注意することを忘れない。

と、赤いドラゴンはふわりと飛び上がって上昇すると、頭の上から炎を吐きかけてきた。間一髪でグレータープロテクションを張ってブレスを防ぐ。

レンドルフ様は「散開!上から龍が落ちてくるぞ!」と叫ぶいくら結界を張っていても、龍の巨体にのし掛かられれば結界は破壊されてしまう。みんな慌ててその場所から走って逃げて龍の落ちてくる場所には空間ができた。そこに残ったのはエリック様だけだった。エリック様は長い槍を上に向けてしっかりと立ち尽くしていた。龍はその槍にまともに落ちてきたものだから腹から串刺しになってしまった。

傷の痛みで激怒した龍は炎を吐くこともせずに、その太い腕でエリック様を横に薙ぎ払った。エリック様はかわすこともできずに吹っ飛ばされ、地面に横たわったまま、出血で周囲に血溜まりができる。

「きゃあっ!エリック様が死んじゃう!」

とドラゴンの目の前のエリック様のところに飛び出して全力で治癒魔法をかける。血は止まったようだけれどエリック様はピクリとも動かず、意識を失ったままである。もう私は必死で魔法をかけ続ける。

ドラゴンは「も、もう嬲るのはやめだ。お前らのような不遜な奴らは全力で踏み潰してやる!」と口からも鼻からも耳からも煙を噴き出しながら近づいてくる。

赤い龍の息がかかるくらいまで近づいて、もうダメだ、と観念しかかった時、急にピィちゃんが白く光ったかと思うと「我が主には手を出させませんよ。ゼニス、再戦と行きましょう」と言う声がした。

見ると赤龍の1.5倍はありそうな黄金龍である。赤龍のゼニスは急に現れた黄金龍にぶつかって後ろに吹っ飛ばされた。

「グハァ!な、いきなり出てきやがって!お前はこの間俺様に負けた黄金龍じゃないのか!何でおめおめと戻ってきやがった!」と赤龍が叫ぶ。

黄金龍は「そうですよ、私は主様に傷を治してもらったばかりか『ピィちゃん』という新たな名前まで頂いたのです。その魔力で今や私は巨大龍まで成長したのです」と軽やかに語った。

「え、お前ピィちゃんなの?あの白くて小さくてもふもふの?」

「そうですよ。あのピィちゃんです。魔力をたくさんいただきましてありがとうございます」

と言いながら黄金龍のピィちゃんは赤龍を蹴飛ばした。

赤龍のゼニスは必死で逃げようとするが、ピィちゃんはその首根っこを捕まえて強引に振り回したのである。

「ぎゃあ!し、死んでしまう!降参します、降参です!ピィちゃん様に服従します!」と叫んだゼニスは地面に放り投げられ、頭をベチャっと地面にめり込ませた。

ピィちゃんの黄金龍は私に向かって「主様、このゼニスが暴れた後始末をしなければなりません。ゼニスも賢い竜になるようにきちんと躾けなければなりません。なので少しの間、おそばを離れさせて頂きます。けれども何かあれば呼んで頂ければどこであっても全力で駆けつけますからご心配なく。そうそう、あの騎士団に捕えられているオーガたちももう安全ですから山に戻していただいて構いませんよ。さあ、ゼニスも死んだふりはもういいですからついてきなさい」そう言って金と赤の二匹の龍は山頂に向かっていってしまった。

周りを見回すとレンドルフ様をはじめ、討伐隊の面々は驚愕のあまり硬直している様子だった。

「それどころじゃないわ!レンドルフ様、エリック様が目を覚まさないの!」と叫ぶとようやく我に返ったらしいレンドルフ様がそばに寄ってきて、エリック様の様子を見ると、「聖女様、エリック様の脈も正常ですし、呼吸も正常です。傷もきれいに治っているようです。意識が戻らない原因はここではわかりません。まずは騎士団まで戻りましょう。」そういって部下に担架を持って来させてそっとエリック様を担架に移して山を下ることにした。もう私にできることはエリック様のそばについて手を握ることしかなかった。

騎士団に戻ってもエリック様は目を覚まさなかった。軍病院の医師も黙って首を横に振るだけだった。

エリック様の体をよく見ると頭の部分に黒いモヤのようなものがかかっている。おそらくそれが目を覚さない原因だろう。私にできることは魔力を注ぎ続けてそのモヤを取り去ることだということはわかるのだが、少々の魔力ではそのモヤは取り去ることはできない。そのため、もう夜も昼もなくずっと魔力を注ぎ込み続けたのである。

さあ、今日もエリック様の手足を拭いてお顔も清めてもう何日目かな。三日?四日?よくわからなくなっているけれど、魔力を注ぎ込みましょう、と魔力を注入していると、「クリスティーナ?」という声が聞こえた。ふと見るとエリック様が目を開けておられる。

「よくお帰りになられました」と言ったけれど、なぜか涙が溢れてきた。


急に泣きながら私に覆い被さるように倒れ込んだクリスティーナに「お、おい、クリスティーナ、大丈夫か!」と声を掛けると、その声を聞いたのだろうか、扉を開けてレンドルフが入ってきた。レンドルフも「エリック様、よくお戻りで」と言う。

「それよりもクリスティーナが倒れたんだ」というと、少し様子を見てレンドルフが「エリック様、クリスティーナ様はもう三日三晩ほとんど休まれずにエリック様の看病をされていたのです。エリック様がお目覚めになられたのを見て安心して疲れがお出になったのでしょう」といって、別室のベッドにお運びしましょうかと言うので、「いや、暗闇の中をずっと彷徨っていたら彼女の声が聞こえたんだ、それで彼女の声を追いかけて行ったら目が覚めたんだよ。しばらく彼女はこのままにしておいてほしい」とレンドルフにお願いした。

「それで奥の山の龍はどうなったんだい?私はあの龍に吹っ飛ばされたところまでしか覚えていないんだ」

「エリック様。全てうまく行きました。万事解決です。吟遊詩人の歌なんて嘘っぱちだと思っていましたが、実際にあんなことがあるのですね。詳しいことはまた後日報告させていただきます。それと、もう安全ということなのであの捕らえているオーガたちを山に返そうと思いますがご許可いただけますか?」

「ああ、構わないよ」


翌日、私は自分のベッドで目が覚めた。えっ?エリック様は?と急いでエリック様の部屋に向かうと部屋の中ではエリック様はすでに起き上がっていて着替えの最中だった。

「きゃっ!失礼!」とドアを閉めて外にいたら部屋の中から「僕は別に構わないよ、入っておいで」という声が聞こえた。

「私はレディなのでそんなはしたない真似をしないのです!」と言い返すと中でエリック様は笑っているようだった。

数分して扉が開き「はい、レディが入っても大丈夫にしたから安心して入っておいで」というので、おずおずと入ってみるとエリック様は椅子に座って笑っている。

「お加減は大丈夫ですか?」と聞くと「あっ頭が痛い」と言うので思わず駆け寄ると、さっと手を取られて手の甲にキスされてしまった。

「なっ!」

「私をこの世に連れ戻してくれたお姫様に感謝のキスを」ってエリック様はぬけぬけという。

「本当だよ。私が暗闇の中を彷徨っていた時に助けてくれたのは君の声だったから」

「えっ?」

「だから君も私のことをエリック様じゃなくてエリックって呼んでほしいな」

「えっ、はい」ってえーっ!まあ、駆け落ちしようって言われたくらいだからそういうことなんだろうけれど、面と向かって言われれば照れるわあ。

「本当はもっとキスしたいけれどレディだからね」

「そ、そうですわ、エリック。紳士たるものレディを尊重していただかないと」

「そうだ、これから君のことはクリスって呼んでいいかい?」

「え、ええ構いませんわ」

「じゃあクリス、一緒に朝食に行こうか」


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