夜中の奇襲
そうして何日かたった夜、騒がしさにふと目を覚ました。
窓の外が何だか騒がしい。
ベッドから窓を覗き込むと巨人とまではいかないが大型の人間型の魔物と騎士団の兵士が戦っているようである。
伝令らしい兵士は「敵襲!奇襲だ!みんな起きて騎士団を守れ!」と叫んでいるし、宿舎からは起きて慌てて装備を整えたらしい兵士がパラパラと出てきて防衛に加わっている。
地面には魔物も倒れているが、何人かの兵士も傷ついて倒れているのが見える。
「大変だわ、助けなきゃ」
私は慌てて夜着の上から上着を羽織って建物の外に出た。
戦闘は新しく宿舎から出てきた騎士たちの加勢もあってもっと奥の方に移動しているようである。この辺りにはケガ人だけである。
「直接ケガ人に触ったり呪文を唱えなければバレないよね」と植木の後ろから見えないようにして魔力だけをケガ人に飛ばす事にした。倒れた魔物たちの中にも傷ついて呻いているものもいるが、魔物を治療してしまったらここで再び騎士団との戦闘が起こりかねないので我慢してもらう。
十四、五人いたケガ人たちは魔法を受けて急に傷が治ったのできょとんとしている。
「よしよし、うまく行った」と見ていたら急に後ろから「聖女様大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」という声が聞こえたのでびっくり仰天して後ろを向くとレンドルフがニコニコした顔で立っていた。
「レ、レンドルフ様、どうしてこんなところにいらっしゃるのですか?敵をやっつけに行かなくてよろしいのですか?」と驚いて聞いてみるとレンドルフは「もちろん敵をやっつけに行くことも大事ですが、それよりも聖女様をお守りしなければね。」と爽やかに言ってくれたのである。
「ははは…」と情けなそうに呟く私を後目にレンドルフは「私は聖女様を守護するからお前らはそのオーガどもを捕虜として連行しろ!」と叫んだ。
傷が治った兵士たちは「おおお!聖女様のお力で救われたのだ!」と大喜びしながら傷ついたオーガたちを捕虜として捕まえ始めた。
(そ、そりゃ治癒魔法をかけたのは確かだけれど、せっかくバレないように物陰から無詠唱でかけたのにレンドルフがあんなことを言うから台無しじゃないの、ていうか、こいつ見てたの?)
いや、見ててもバレないはずなのに…
相変わらずニコニコしているレンドルフに精一杯の眼力を込めて睨みつけたけれど、レンドルフには何の効果もなかったようである。まあ、私には邪眼はないので効果がないのは当然であるが。
レンドルフは「さあ、前線に行きましょう。団長もそこで敵を食い止めているはずです」と相変わらずニコニコしながら移動を促す。
「わかりました。エリック様はそちらにいらっしゃるのね」とレンドルフの後に続いて急いで歩いてゆくけれど、所々に兵士が倒れているので歩きながら魔力をかけてゆく。これならレンドルフも見えないし大丈夫だろう。
前線に着くと、エリックが残った敵を追い詰めている様子だった。で、その敵の集団を見ると、中に赤ん坊らしき小さな魔物を抱き抱えているオーガが見えた。
(えっ?これは戦闘集団ではない)
「エリック様!攻撃はお待ちください!中に子供連れの家族がいます!」と叫ぶと、私に気づいたエリックは手を挙げて攻撃中止を指示し、「全隊、弓矢を構えて包囲せよ!」と命令した。
見るとオーガたちにはもう武器を持っているものもほとんどおらず、震えているものも少なからずいた。
おそらく、包囲されている中でオーガたちも相談したのであろう、武器を持つものはその武器を捨て、さらには年嵩らしいオーガがひざまづいて進み出て、しわがれた標準語で「降伏します」と言って平伏した。それに合わせてオーガたちは皆平伏したのである。
エリックは「降伏を受け入れよう」と言い、部下たちにオーガを武装解除させて牢屋に連行させた。
多くのオーガたちが無事に連れてゆかれて戦闘は終結し、(よかった)とほっとしたら明け方の冷気を吸い込んでしまって「へくちっ」てくしゃみが出た。と、ふわっとマントがかけられたので驚いて上を見るとエリックだった。
「エリック様」
「いや、聖女様に風邪を引かれては困るからな」
レンドルフはそれを見たのかどうか、「後片付けはちゃんとやっておきますよ」と嬉しそうに手を振っている。
エリックは「じゃあ聖女様が風邪をひかないように部屋まで送ろう」と私の頭をポンポンって優しく撫でてくれた。
心臓がトクトクって跳ねてポーってなったけれど、いけない、貴族令嬢なんだからきちんとお礼を言わなければと思って必死で「え、エリック様、あ、ありがとうございます」って言ったのだけれど、自分でも何だか変な声じゃなかったかしらって心配になる。
そのあとは何だかよくわからないうちに部屋までエスコートされてしまった。部屋に戻ってベッドに入ったけれど、もう朝まで一睡もできなかった。
エリックはクリスティーナを部屋に送った後、騎士団長室に戻り、自分でコーヒーを入れて椅子に座ってくつろいでいた。
程なくしてレンドルフが部屋に戻ってきて、エリックに「処理はだいたい完了しましたよ」と報告した。
「で、聖女様はどうだった?」とエリックが問うとレンドルフは「彼女は病院中の怪我人を治したお人ですからねえ」と語り始めた。
「それはどういうこと?」とエリックがさらに尋ねると、「ええ。私が見ていたことには気がついていなかったようですが、多分、他の人から隠れるためでしょう、植木の後ろに隠れて呪文もなしに接触もせずに中庭に倒れていた十四、五人の兵士のケガを治してしまったのです」
「それでは魔法をかけたという直接的な証拠はないんですね」
「ええ。けれども、私と聖女様が前線に向かう途中にも歩きながら魔法をかけたみたいで、七人の兵士が癒されています。彼らのうち何人かは私たち二人が通り過ぎた時に傷が治ったと証言しています」
「歩きながら治癒魔法を掛けたのならとんでもない人だなあ」
「治した傷の程度も、調べたところ普通の聖女なら2〜3人がかりで治すくらいの重症だったようですね。ちょっと常識では計り知れないパワーです」
「まさに伝説の聖女様、か」
「一度に20人以上の重症者を平気で治癒させたわけですから、これだけの治癒を行える聖女様であれば下手にそれを明かせば治癒マシーンとして戦略兵器扱いされかねませんからね。それを考えれば彼女が魔法能力を頑なに隠そうとするのもわからないではないですね」
「その割には我々にはどんどん治癒をかけてくれるのはなぜなんだろう」
「団長への愛、ですかねえ」
「ば、バカ、そこでからかうのはよせ」
「そりゃ紳士たれですし狼になっちゃいけませんけれど、気持ちは素直に出していいんですよ」
「むしろ狼になりたい気分だよね。許されるものなら」
「へええ、団長にそこまで言わせるなんてさすがはクリスティーナ嬢ですねえ。彼女ってばいい子ちゃんですからねえ。ああいういい子ちゃんとは焦らず慌てず壊さぬように大事に育てることが重要でしょうね」
「………」
「それはそうと団長、今回のオーガの襲撃は奥の山の異変によるもののようですね」
「どういうことだ?」
「あのオーガの長老の話によると山の頂上にあった『竜のねぐら』に赤龍が住み着いたようなのです。その圧迫でオーガたちもその村を捨てて麓に降りてきたようなのです」
「オーガたちは決して弱い種族ではないが、そういう種族でも逃げ出さざるを得ないのか。これに関しては調査する必要があるな」
「ええ。聖女様が攻撃を止めてくれてオーガたちを降伏させたおかげで重要な情報が手に入りましたね」
朝になって朝食を食べに行くと、団長やレンドルフは昨夜のオーガの襲撃への対策で自室で食べるということらしかった。良かった。今、私の横に団長がいたら私の心臓がドキドキしすぎて生きていられないかもしれなかった。
食事の後にアレン君を呼んで軍病院に軟膏の材料を取ってきてもらうように頼むことにした。
アレン君は「今回、我が軍は聖女様のおかげでほとんど負傷者はなかったのに傷薬を作ってどうするんですか?」と聞いてきた。
「うん、騎士団の方には被害は少なかったけれどオーガたちは怪我しているでしょう?」
「え?オーガたちは命が助かっただけで十分じゃないですか?」
「確かにそうなんだけれど、そりゃ戦いの最中には命のやり取りをするんだろうけれど、もう戦闘が終わっているのだからみんな幸せになるべきだと思うのよ。私はできるだけそのお手伝いをしたい」
「そういうものなんですかねえ。私にはよくわかりませんが、とにかく軍病院に行って材料をもらってきますね」そう言ってアレン君は軍病院に向かってくれた。
その間に私は薬草を集めてゆく。
軍病院から材料をアレン君が持って帰ってきてくれるとそれと集めてきた薬草を使って傷薬の軟膏を作ってゆく。
結局、軟膏が出来上がったのはお昼であった。
出来上がった軟膏をオーガたちの捕えられている牢屋の方に持ってゆき、アレン君や他の兵士たちにお願いしてオーガの傷口に塗ってもらうことにした。
けれども、「オーガたちは暴れて傷口に軟膏を塗るどころじゃありません」ということですぐに撤退してしまった。
困った私は別の牢に入れられているオーガの長老に相談することにした。彼は共通語の話せる唯一に近いオーガである。
彼によると、オーガの娘さんに薬を塗らせてみたらどうかということである。
レンドルフと団長のところに行ってそのことを相談してみると、逃したり暴動を起こさなければ構わないということで、レンドルフが立ち合いの下でオーガの娘さんたち(私の目には残念ながらオーガが男が女かはよくわからない)が逃げられないように手や腰にロープをつけられて牢から出されて負傷したオーガのいる牢屋に連れて行かれた。
娘さんたちが牢屋に入って負傷したオーガとオーガ語で二言三言会話するとオーガの中には涙を浮かべるものもいた。
オーガも泣くことがあるんだとちょっとびっくりしたが、きっとあれは傷の痛みのせいではないよね。
オーガたちはオーガの娘さんたちが塗ってくれる傷薬には全く抵抗せず、処置が終わると娘さんたちはまた元の牢屋に戻って行った。
アレン君に聞くと、オーガたちは最初、反抗的で暴れていたらしいが、傷薬を塗ってからは暴れたり反抗したりすることはピタッと収まったそうである。
アレン君たちはオーガの反抗的態度に結構手を焼いていたみたいで、オーガたちの態度が変わったことを「聖女の魔法だ」と喜んでいたが、私は何の魔法もかけていない。