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離別

家に帰ると、義母上は「さあ、ミランダのために新しいドレスや宝石を注文しなければ」と明らかにはしゃいでいた。彼女は私の方に目もくれずに侍女たちに色々指示をしながら歩き去ってしまった。

メイドの一人が、「クリスティーナ様、お父様が書斎でお呼びです」と声をかけてくれたので、気は進まないながらも父の書斎に向かうことになった。

意を決して書斎の扉をノックすると、扉の向こうから「クリスティーナ、入りなさい」という声がした。特に怒っている風ではなかったので、扉を開けて中に入ると、父はまあ掛けなさいとソファを指差した。

落ち着くと、「クリスティーナ、今回はショックだったかもしれない。けれども貴族の結婚は政略結婚だ。お前には魔法の才がなかった。これは侯爵家が魔法の才がある妹に乗り換えることはやむを得ないことだ。そこは理解しているね」と穏やかに語りかけた。

私も魔法の才を言われるとどうしようもないのでうなずくしかなかったのである。

「クリスティーナ、お前の夕暮れ色の瞳とストロベリーブロンドの髪はうちのご先祖さまのヒルダ大聖女とそっくりだから聖女の力が発現するんじゃないかと思ったのだけれどねえ」

まあ、いくら言っても何の魔力もないことは既に証明済みなのである。

「侯爵家もお前の婚約を破棄した後、ミランダと婚約することで我が家の面子を保ってくれたということなのだろうから恨んではいけないよ」

「まあ、恨むなんて、そんなことは…」

「けれども、おそらく、魔法の才がないお前に結婚を申し込む貴族はもうないだろう。宮廷に官吏として仕えるには魔力は必須だしね。そうなれば、平民のようにメイドとして下働きをするか、あとは修道院に籠る生活しかない。」

いつの間にか部屋に入っていた義母のマリアは「そんな冗談じゃない。いくら魔力なしの無能だからといって、あなたが平民みたいに下働きをするなんて!ミランダの、いやシンクレア伯爵家に泥を塗ることになりますよ。そんな恥晒しなことはやめてちょうだい!」と叫んだ。

「お義母様、私も魔力はないとはいえ、伯爵家の娘です。修道院に参ります」

「そうか、クリスティーナ、よく決心してくれた。ではそのように取り計らおう。


そうして私の修道院行きが決められてしまった。


向かう先は北辺のグレゴリウス修道院である。これまでも何人かの無能の貴族の娘がその修道院に向かったという話は聞いている。グレゴリウス修道院は北の荒野のさらに向こうにあるために通信も途絶えがちなのである。

父もさすがにメイドを一人つけてくれた。荷物はほとんどなかったので、カバンに詰め込めば1つで済んだ。どうせ修道院ではきらびやかなドレスなども不要なのである。母の形見の宝石を少しと普段着、身の回りのものをまとめればそれで終わりである。


出立の日はミランダの婚約祝いの日であった。父はパーティに出てから旅立てばいいと言ってくれたが、さすがにそれはお断りして午前中に出発することにしたのである。義母やミランダはもう夜会の準備のために大忙しだったようで姿は見当たらず、書斎にいた父だけにお別れの挨拶をして古くからいるメイドのサラと共に馬車に乗り込んだのである。

馬車が動き始め、王都の門を北に抜けると、もうこの門をくぐることは二度とないかもしれないという気持ちでちょっと泣きそうになった。

「お嬢様はもっと泣いたっていいんですよ。本当にこの話は酷すぎる。使用人も皆悲しんでいるんです。私たちの自慢のお嬢様がちょっと魔力がないくらいで修道院に行かなくちゃならないなんて」

「でも、貴族の政略結婚とはそういうものよ」

「だからと言って、北辺の修道院の近くにはあの荒くれ者の黒狼騎士団のほかは魔物くらいしかいないじゃありませんか。お嬢様が暮らすにはあまりに過酷すぎます」

「サ、サラ?あなたがそんなに泣いてどうするの?私は大丈夫だから泣き止んで」

「お嬢様がこんな不憫なことになるなんて私はどうしても耐えられないのです」


そうしていくつかの町や村を過ぎ、3日かけて北辺の町であるイーレにたどり着いた。ここまでが王都騎士団の守備範囲である。けれども、その先は黒狼騎士団の守備範囲であり、ここ数カ月は黒狼騎士団は騎士を街道に配置しておらず、盗賊が出ているという噂もあるらしい。馬車で行くなんていうのは無謀すぎるということであった。

サラはそんな危険な道行きであれば一度旦那様に相談して安全になるまで待ってから行ったほうがいいというのである。けれども、私はもう二度と実家には帰りたくなかった。修道院に入るということは人生を神に捧げるということと同じことである。そうであればたとえ危険な道でもその生死は神様の思し召しである。神様が許してくれるならば私は無事に修道院に辿り着けるだろうし、もし神様がそれを望まないならば盗賊に殺されるだろうけれど、それはまさしく運命じゃないか。どちらでもそんなに変わるものじゃない。


それで、私はサラに「あなたは馬車で帰りなさい。ここからは私が一人でゆくわ。あと1日くらいの距離だからそんなに心配ないわよ」と言ったのである。サラは「そんな、お嬢様の安全が大事ですよ」と反対したけれど、私は神様の加護があれば何の心配もないのよ、と言って無理にサラを帰したのである。



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