聖女試験
筆記試験は魔法のペンで書くと自動的に採点されるということで、その日のうちに結果が出るという。で、試験問題を見ると、まあ、答えはヒルダ様の知識で解けるものが多そうであった。
(出来はまあまあかな。とりあえず選ぶことはできたし)鉛筆を転がして答えを決める羽目にはならなくてよかった。
試験終了後、1時間ほどして結果が張り出される。私の順位は十人中三位だった。受験者は全員合格で良かったと思って掲示から離れると、神官長に腕を掴まれた。
「おい、こっちに来い」と別室に連れて行かれるとそこには難しい顔をしたローブを着た老人たちが難しい顔をして待っていた。
「君は100年前の教科書で勉強したということかね」と私が入るなり1人のお爺さんが聞いてくる。
「い、いやあ、こちらに来てからは王太子殿下とバカ話、違った、深淵な会話を交わしておりましたので勉強する暇はなかったのです」というと爺さんたちはみんなで顔を見合わせる。
「ではどこで君はそんな知識を手に入れたのかね。月光草とか燐光花、フェンネル草などはもう今では幻の薬草だ。どこの神殿でも教えていないものだ。」
「もしかしてヒルダ聖女の時代の教科書が家にあったということかね?それならわかる。けれどもすでに失われた知識ではあるのだが」
「えーっと、月光草はその辺に生えていると思うのですが。燐光花は明けの明星が輝いている時に夜露と一緒に摘み取らないと効果が失われますよね。フェンネル草はこの辺りにはあまり生えていないので、遠出しないと見つからないと思います」と何とか言い逃れしようとしたら1人の爺さんが突然立ち上がって「私は薬草学の教授だ!貴様、愚弄するな!」と喚き出した。
仕方がないので窓から見える草を見て、「あっ、月光草はあそこに生えていますよね」と指さしてみた。
そのおじいさんは「そんなのただの雑草じゃないか!」と叫びながら、おや?と首を傾げると慌てて部屋の外に出てゆき、雑草の中にお目当ての月光草を見つけると「これじゃないか!おお!もう100年も行方不明になっていた月光草!こんな身近にあったなんて!雑草という名の草はないというのはこのことだ!」と跳ね回り始めた。もう「ヒャッホウ!」とか訳のわからない叫びが続くのでどうなることかと見ていたら爺さんたちはどうやら彼を無視することに決めたらしい。「シンクレア嬢、実はあなたの筆記試験にクレームつけたのは彼なのだ」と踊っている爺さんを指差す。「けれどももはやクレームは無効と考えて良いだろう。ご苦労だった」ということで何だかわからないうちに解放されることになった。
神官長は「ああ、試験期間中は王宮に戻ることはできないよ。不正防止のために神殿内で寝泊まりしてもらう」といって私を宿舎の方に案内してくれた。
宿舎の部屋は三人で使うようで、既に二人の令嬢が居た。
「遅れて申し訳ありません。クリスティーナ・シンクレアと申します」と二人に挨拶したが、一人はツンとそっぽを向いたまま返事すらしない。もう一人はおずおずと「私はアネット・ソーサー子爵令嬢と申します」と挨拶してくれた。
「よろしくね」と言うと「何だか神官長に呼ばれていたみたいだったけれど大丈夫だったの?」と聞いてくる。「え、ええ」と曖昧に返事するしかない。
すると、急にツンケンしていたもう一人の少女が「どうせ王太子殿下に頼んでズルしようとでもしたのでしょう。このソフィア・バールの目は誤魔化せませんよ」と言ってくる。
「おや、バール公爵令嬢でいらっしゃいましたか、ごきげんよう。私はクリスティーナ・シンクレア伯爵令嬢でございます」とご挨拶すると、ソフィアは「ふん、伯爵令嬢ごときが王太子様に懸想するなんて不届千万です」と怒り出した。
「は?」
「あ、あの」とアネットが割って入ってくる。「今王都じゃシンクレア嬢と王太子様のラブロマンスの噂で持ちきりですのよ。あなたってそのシンクレア嬢なのですよね」
「はあ?そんな大嘘誰が言いふらしているんです?」ともうアネットにつかみかからんばかりに聞いてみる。アネットに罪はない。掴みかかるのは取りやめにした。
「え?もう王都中の皆さんですよ」とアネットは目をぱちくりして答える。
(あの馬鹿王太子め、なに晒しとんじゃ。心の中なのでもう汚い言葉でも何でも使える)
「あ、あの、それは何かの間違いでしょう。私と王太子殿下の間には何にもございませんの。全くのた・に・んですから」とた・に・んに強烈なアクセントをつけて答える。
「私には他に好きな人がいますので。そのような噂は迷惑ですわ」と言うと、いきなりソフィアが「もしかしてあなた、王太子様の求愛を振ったんじゃないでしょうね。侯爵家との婚約を破談になった傷物のあなたが王太子殿下のお言葉に逆らうなんて不敬ではないですか。傷物の伯爵令嬢なら王太子殿下が床掃除をしろと言ったら下女のようにブヒブヒいいながら掃除したらいいのだわ!そうして私は王太子殿下と幸せな愛の巣をつくるの!」と言い出したのであまりにズレすぎた話にもう怒る気力も失って、彼女は無視することにした。うんうん、妄想の愛の巣に王太子殿下など、ノシをつけてくれてやるわ。
そうして、もう一度アネットの方に向き直って「とにかく王太子殿下との噂は百パーセント嘘ですからね。そんな噂は信じないでくださる?」と再び念を押した。
で、話を変えるために「そ、そうそう、明日からの実技試験ってどんな内容ですの?」とアネットに聞いてみた。
アネットは「そうねえ。毎年変わるみたいだけれど、基本はプロテクションとターニングとヒーリングじゃないかしら」と教えてくれた。
(そうねえ、プロテクションとヒーリングはまあ大丈夫だろうって、ターニングって何?)
「ちょっと教えて欲しいんだけれど、ターニングって何なの?」と聞いてみるとアネットは「は?」という顔をしている。
「え、護符を掲げて不浄なる亡者に神の神聖な力を浴びせかけて地下に追い返すことよ、ってそんな基本的なことも知らないの?」
「ま、まあ、辺境にいたからねえ、オークとかオーガとかドラゴンみたいな魔獣と戦うことが多くてアンデットとは戦ったことがないのよ」
「今さらっとドラゴンとか怖い単語が出てきたけれど、まあ、護符があれば簡単よ」
「護符持ってない」
「え、じゃあ杖は?魔法を使う時には杖がいるでしょう」
「杖もない」
「へ?それじゃあどうやって魔法をかけるの?」
「いやあ、私は聖女じゃないからって王太子殿下には言ったのよ。でも強引にここに連れてこられた訳で」
するといきなりソフィアが「おーっほほほ。あなたは魔力測定で魔力ゼロの無能女ですものね。実技試験では大恥をかくといいわ」と混ぜ込んできたがとりあえず無視する。
アネットは「あなた魔力ゼロって本当なの?」と聞いてくるので「まあ、あの時は確かに魔力ゼロだったわね」と曖昧に答える。
「多分、神官長達も本当に魔力ゼロの人を聖女試験には参加させないと思うから本当はあなたにも魔力があるのでしょうけれど、色々と驚かせる人ね、もう夜も遅くなってきたから食事を食べて休みましょう。明日も早いしね」
ということでガールズトークはお開きになった。
寝る準備をしてベットに入るとエリックのことが思い出された。
(あー早くエリックに会いたいなあ。でももしかして王太子と私の噂がエリックのところまで広がっていたらどうしよう。私がエリックを裏切ったなんて誤解されたら最悪だわ!けれども連絡する手段もないし。あー困った)
と思いながらいつしか眠っていたらしい。
翌朝は結構早く目が覚めた。
アネットが「どうしたの、顔色が良くないよ、しっかり眠れた?」と聞いてくるので「昨日の私の噂をもしエリックが聞いて私が裏切ったとか思われたらどうしようと思って」と返事をした。
アネットは「ああ、あなたのいい人はエリックっていうのね。大丈夫でしょう。あなたが選んだ人がそんなに簡単に噂を信じるはずないでしょう。あなたも彼を信じてあげた方がいいと思うよ」と言ってくれたので「ありがとう」と返したけれど、私ってついエリックの名前を口にしてしまってたのね。危ないわ。
最初の実技はプロテクションの試験だった。
何だか向こうから色々飛ばしてくるらしいのでもう最初からグレータープロテクションを張っておいた。いくら何でもドラゴンの炎のブレスは出してこないだろう。
それよりもエリック様と連絡のつく手段を考えなきゃ。
色々考えている間にプロテクションの試験は終わってしまったようである。アネットが来て「クリス、あなたもう試験は終わっているわよ」と教えてくれたのである。ふと周りを見渡すとみんな帰り支度をしている。
「ありがとう、アネット」といって立ち上がって一緒に帰ることにした。
「けれどもクリス、あなたプロテクションを張りっぱなしにして違うことを考えていたでしょう。何を考えていたの?」
「え?エリックと早く連絡を取って変な噂は嘘だから誤解しないでって言わなければならないじゃない」
「いや、それはどうでもいいが、私たちは何回もプロテクションを張り直さなければならなかったのにあなたのはもうどんな攻撃も効かないからって最後には龍のブレスまで使っていたみたいだよ」
「あら、そうだっのね、知らなかったわ。私のグレータープロテクションって大型龍の炎のブレスくらいなら十分止められるし。あっでもその龍が上から落ちてきた時は割れたかな?その時にはエリックが槍をセットしてその竜を串刺しにしたのよ、かっこいいでしょう」
「惚気話はやめろ、というかどんなレベルの話をしているのよ。ここは新米聖女の試験会場だよ。龍退治をする大聖女の来るところじゃない」
部屋に戻るとソフィアも待ち構えていた。「一体どういうことですの?プロテクションを一枚張るだけであとは知らんぷりなさるなんて、あなたは真面目に実技試験をやるおつもりがないのかしら」
「ソフィア様、この人は龍退治する大聖女様ですよ。魔力ゼロの無能なんて大嘘もいいところでしょうね。この人、竜の炎のブレスすら止められる高位魔法を使ってのんびりと恋人に会う方法を探していらっしゃったようですよ」
「いや、龍退治なんて大袈裟なものではありませんよ。結局あの赤龍ゼニスはピィちゃんが鍛え直すといって連れて行ったわけですし」と私がいうと、アネットは「ハイハイ、ピィちゃんなんてもう理解不能な領域ですね。一体大聖女様がなぜこんな聖女試験を受けていらっしゃるのかの方がわけがわかりませんわ」とプリプリしている。
「あ、ああ、これには色々と深いわけがありまして…」と言い訳しようとふと横を見るとソフィアが目をうるうるさせて何か天井の方を見ている。「そ、そうですわ。大聖女様は国を守るため王族と結婚するのが当然のこと。龍退治をした大聖女様が王太子殿下と婚姻して王と王妃となられて国を守ってゆくというのが理想的な姿ですわ」と何かに感動している様子である。
(何よ、エリックだって王族じゃない、王子様なんだから)とは思ったけれど、これを口に出すとさらに混乱が深くなりそうなのでもう黙って夕食を摂ることにした。
実技の二日目はターニングということであった。つまりは天界に通じる神の門を開けて天界の魔力を引き出してアンデッドたちにぶつけるというだけのことである。自分の魔力は使わないので楽である。
朝食の時にアネットには「もう何が起ころうと私は驚きませんからね」と何だか宣戦布告のようなことを言われてしまった。ソフィアは昨日と同じくうるうるした目で見上げてくる。「大聖女様とご一緒できる自分は幸せです」とか言われると何だか背中がむず痒くなる。まだ以前みたいに「おーっほほほ」と高笑いされる方が気が楽である。
試験ではなぜだかわからないけれど私は一番最後に回されてしまった。
エリックには会いたいけれど、試験に集中しないとまたアネットに怒られるのは嫌なので他の受験生がターニングをやっている姿を見て熱心に試験に参加しているふりをする。
受験生はみんな様々な護符を掲げて呪文を唱えている。神の門を開いてその魔力をアンデッドにぶつけるだけであれば呪文なんていらないんじゃないのかなと思うけれど、何か呪文に意味はあるのだろうか。呪文を唱えたら鎖で繋がれているアンデッドたちの一匹か二匹が逃げようともがく。そうすれば合格ということらしい。
ソフィアもアネットも何匹かのアンデットを恐怖に陥らせて無事に合格できたようである。
でついに最後の番が回ってきた。
無詠唱でも良かったがみんながあんまり呪文を唱えていたので私も「ターンアンデッド」と言ってやろうと思っていた。
神の門を開けてその神聖魔力を体に充満させながら腕を振り上げて一気に腕を振り下ろし「ターン、アンデッド!」と叫んで一気に魔力を放出した。
パッと明るい光が充満し、目を開けてみれば目の前で鎖に繋がれていた二十匹ばかりのアンデッドたちは全て消滅していた。
「たはは、やっちゃった。ちょっと魔力を出しすぎたかしらね」とか呟きながら待機室に戻ってきたらアネットが顔をヒクヒクさせながら「朝あなたにいったわよね。私は何が起ころうと決して驚きませんから!」と言いにやってきた。「まあ、もう今日は試験も終わりでしょうから一緒に帰りましょう」というと黙っていたがついてきてくれた。
部屋に着くとソフィアが言うには予備として後ろに置いてあった三十匹のアンデッドも私がターニングをかけた時に一緒に消滅したということであった。
ソフィアは「大聖女様は合わせて五十匹のアンデッドを一度に消滅させられるのですから不浄なるアンデットの墳墓もお一人で壊滅させられますね」と無邪気に言う。
そんなお化け屋敷みたいなところに一人で行くなんてごめんである。
最終日は病人の治療である。どうやらどこかの病院で治療をするらしい。
軍病院の話は言わない方がいいよね。
朝食の時にアネットが「今日はあなたが病院の患者全部を治癒させるんじゃないかって思うよ」って言ってきた。
(ほらきた。私が全ての患者を治療しちゃったら他の受験生が治療すべき患者がいなくなるじゃないの。私はそういうことはしないわって、どう返事するかは難しいわねえ)
「さすがにそんな事はできませんわよ。一人一人丁寧に治療するだけですわ」
心なしかアネットの眉間にシワがよっているような気がする。
どうやら採点官はすでに病院に配置されているらしい。受験生は馬車に分乗してどこかの病院に向かうことになった。
ざっと見ると単純なケガの人が3割で残りが感染症や他の疾患である。単純なケガの人は他の受験生にお任せして私は病気の人を中心に回る。病魔は体の中にモヤみたいに見える。そのモヤみたいなものを魔力で剥がしてあげるか、ちょっとややこしい場合にはもつれた毛糸をほぐすように魔力を加えてあげると絡まった糸が取れて病気が治るということになる。死神が取り憑いているような人でも病魔が消えれば神聖魔法のどさくさに紛れて逃げてゆくことが多い。
ということで楽しく鼻歌を歌いながら治癒魔法をかけまくっていたわけなんだけれども、どうやら最上階に良くないものがいるらしい。
最上階への扉には鍵が掛かっていたが、それを吹っ飛ばして最上階に登ってみた。
最上階の病室は他とは違って鉄格子が嵌められている牢獄のような造りである。病人はおらず、無人の病室を進んでゆくとなにやら毛むくじゃらの異形が人の足を齧っている。
「きゃあ、悪魔じゃないの!」
と悪魔はこちらに気がつくと変化して紳士の姿になり
「お嬢さんごきげんよう、我は地獄の大君主、あ、痛い、痛い」
「問答無用よ!エクソシズム、エクソシズム、デイスペルイビルよ!悪魔よ、去れ!」
「あ、痛い、痛いよう!」
「あんた、このガラスの小瓶に閉じ込めてあげるから入りなさい!」
「ヒィッ!ご挨拶の途中でいきなり攻撃してくるなんてソロモンより悪辣じゃないの!私は地獄の大君主ヴァッサゴーなのよ!少しは尊重しなさい!」
「悪魔に慈悲など無用でしょう。このまま神殿に戻って聖水に漬けてあげる。聖水のお風呂に浸かればあなたも少しは改心するでしょう」
「ひ、酷いじゃない、あなたは鬼なの、悪魔なの?」
「悪魔はあなたよ」
「た、確かに」
「い、いや、納得している場合ではないわ。わかりました、聖女様、あなたと取引しましょう。私はいい情報を持っているから、それを教える代わりに逃がしてくれないかしら。あ、もちろん私は魔界に帰るわよ」
「あはは、人を騙してばかりの悪魔など信じられるわけないでしょう。このまま全てを喋りなさい。それが価値ある情報ならば返してあげるわよ」
「わかったわよ。じゃあ耳の穴をかっぽじってよくお聞きなさい。まず王太子はその役目を果たせません。なのでこの王国の未来は次男坊にかかっているでしょう。けれども、この兄弟は白い手の乙女を巡って争うかもしれません。もし次男坊が死ねばこの王国は終わり。滅亡が待っているでしょうね。それをどうするか、滅亡を回避できるかは白い手の乙女、つまりあなたの行動にかかっているのよ。未来は不確定です」
「えっ!」
驚きで思わずガラスの小瓶を落としてしまい、小瓶は床にぶつかって割れてしまった。
「おや、解放してくれてありがとう。では私は帰るわよ。ごきげんよう。けれども、あなたとは縁が結ばれたからまたどこかで会うかもしれないわね」
そう言って悪魔ヴァッサゴーは次元の裂け目にそそくさと入ってしまいそのまま消えてしまった。
私は呆然と立ちすくんだままだった。




