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プロローグ とある勇者の話

「本当に、こんな場所でよろしいのですか?」


 山と山の間、僅かな谷底平野に位置する人口三百人ほどの小さな村。カラパエス。

 村民の大部分は農民であるが、村の大部分が山間である以上可住地面積は決して大きくない。

 そんな無名の村には、王都より遥々二人の高貴な人物が訪れていた。

 一村人が案内役を買って出るには不適当である。齢六十を超えた村長はその人物の案内役をすることとなった。


「ああ、ここがいいんだ」

 

 村の中心部から少し離れた所に三人はやってきた。

 脚の長さに匹敵するような長大な剣身の剣を腰に付けた男は、数十人かかっても到底持ち上げられなさそうな巨岩を見定めてた。


「わかりました。勇者様がそう仰るのであれば、不肖の身である私から進言することはしません」


 男の正体は勇者。王都から遥々時間をかけてやってきたのだ。


「では、封印を施す」


 勇者は、その巨剣の鞘を無音で引き抜いた。

 剣身は黄金に光輝き、眦を決した勇者をありのままに映す。

 そして、魔法を付与し赤く光り始めた剣を岩へと突き刺した。剣を突き刺したときに発生すると思い込まれていた音は一切発生せずに、抵抗が無いかのように剣身が岩の中へと沈んでいく。やがて、剣身が完全に岩の中へと埋まり柄だけが出ている状態になった。


「終わったのですか……??」


 村長は、戸惑いながらも確認した。村長は生まれてこの方、魔法を見たことがなかった。剣については害獣が出る以上たまに中古品が手に入るため見慣れていたが、あれほどまでに美しい剣というものを見たことがなかった。そして、初めての魔法。見慣れぬものが多すぎて、もはやいつ始まりいつ終わったかなど年の功があれど皆目見当がつかなかった。


「いや、まだだ」


 あくまでも、剣を岩に突き刺しただけだ。そもそも、岩を破壊してしまえば元も子もない。

 簡潔に勇者は村長に答えると、勇者の後ろから一人の男が現れた。

 朽ちた杖を持ち、ローブで全身を覆っている男である。

 顔は見えないが、勇者との阿吽の呼吸。ただならぬ者であるということは、すぐに村長も理解した。

 

「僕のパーティー自慢の魔法使いだ」

 

 魔法使いは、杖先で地面を衝くと同時に詠唱を始める。

 声は小さく、様々な発音が必要で、そして長い。

 詠唱を終えるや否や、岩全体が赤い光を纏った。

 今行っている魔法は、岩の破壊を不可能にして剣と一体化させる魔法だった。これにより、岩を破壊することが不可能となる。

 解除するための方法はただ一つ。勇者の適性がある者が触るのだ。

 こうすることにより、剣は勇者の適性がある者のものになる。所有権が得られると同時に、排他性もあるため勇者の適性がないものが触っても何もびくともしないのだ。


「すごい魔法ですな」


 魔法は遺伝の影響が強い。遺伝の場合は先代から魔法について教授される機会がある。その一方で、非遺伝由来で覚醒した場合は魔法の才能はあってもどうやって技術を開花すればよいのかわからないため、結果として何にも使われないこともある。

 幸運にも、村長は遺伝由来の魔法の才能があり生活に役立つような最低限の魔法は使用できる。しかし、所詮はその程度。

 村長は、この琴線に触れる行為を言葉で表せられるだけの語彙も、経験もない。ただ、すごいの一言でしか片付けられず、その美しさに腰を抜かすしかなかった。


「魔法完了。不可逆的な魔法だから、解除は非常に困難だ」


 あれだけの強力な魔法を行使したというのに、魔法使いは後遺症などもなく少し暑いとばかりに汗を少しかいただけだった。袖で汗を拭ってしまえば、あれだけの強力な魔法を使ったとは誰もわかるまい。


「そうなのですか?」


 村長は基礎的な魔法が使えるとはいえ、正しい教育を受けたわけではない。魔法について知らないことも数多くある。


「ああ、実は魔王軍との戦闘で、急遽魔法技術の向上が必要だったんです。全国各地に保管してあった魔法資料を全て解読し、復元させてもらいました」


 全国各地の公営図書館、私立図書館、学校図書館、貴族の図書室に徹底的に捜索を命じられ、少しでも役に立ちそうなものは全て供出されたのだ。

 魔王封印という事態を前に、魔法研究所がこれらの資料を取りまとめて開発された魔法。

 あまりに強力で、あまりに危険なのだ。

 勇者は説明を終えると、魔法使いはその魔法の詠唱が書かれた紙を燃やした。

 その魔法は、物体を不可逆的に破壊不能とする魔法。悪用防止のために使用後はすぐに情報が破棄される手はずとなっている。

 

「ここに決めた理由は簡単です。ここは王都と魔大陸のおよそ中間にあります。王都を飛び出した勇者が道中のモンスターで経験値を稼ぎ、ここに来て準備は万端というわけです」


「そうでしたか。では、王都に設置すればよいのでは?」


 アクセスの利便性では、王都が最も優れている。

 そもそも、勇者が正式に拝命されるには国王の許可が必要だ。国王は王都にいる以上、剣も王都にあったほうが利便性に優れる。

 しかし、勇者は首を横に振った。


「王都中心部には空いている土地は殆どありません。かろうじて王城には土地がありますが、王城は原則一般市民立入禁止。勇者かどうかの確認は困難になります。一般市民に開放した場合保安上の問題が生じる。お世辞にも、我が国の王都は情勢が良いとは言えません。過去には幾度も暴動が起きています。それらを契機に、埋められるかもしれません。魔大陸寄りに封印しても、魔王軍の手に落ちるリスクも否定できない。それでいて王都の反対側に封印しようものなら、寄り道になってしまう」


 勇者は、つらつらとカラパエスに剣を封印すると決めた理由を語った。


「しかし、アクセス面という点では、カラパエスは王都と魔王城を結ぶ幹線道路沿いではありません。道幅も狭いですが」


 勇者の話を聞いて、まず村長が感じたことがそれだった。


「それでいいのです。幹線道路沿いは広く、魔王軍が進行しやすいのです。そのため、幹線道路から分岐するこのバイパス路線沿いにあるカラパエスが良いのです。道幅は狭く、魔王軍の進軍を拒みます。一方で、数人が移動する分にはなんの問題もありませんので、勇者御一行はすぐに移動できるでしょう。そしてカラパエスの地形。谷底平野にあるため、平地の幅は短く万が一カラパエスに魔王軍が迫ってきても時間稼ぎができます。そして、カラパエスは人口三百人ほどの小さな街なので田畑が広がるのは中心部だけ。つまり、使える土地が多いということ。崖と崖に挟まれたこの狭隘地もは誰の所有物でもないの自由に使えます。ここに巨岩と一緒に剣を封印すれば、気軽に勇者たちは訪れることができる一方で、魔王軍からしてみれば向かうのが難しい。そして、ついでに崖も念入り封印しておいた。土砂災害リスクもゼロですよ」


 勇者は、封印する前に事前に王国枢密院調査局に調査依頼をしており封印場所として妥当だと承認を受けていた。


「再び魔王が現れて勇者が現れるのがいつになるのか、わからない。だが、勇者はすぐにこの場所を見つけてくれるだろう」


 勇者、魔法使い、村長は未来に現れる次世代の勇者に希望を託しながらこの場所を去った。


 

 数百年が経過した。

 国内の経済は成長し、交通技術も発達。

 その結果、カラパエス市は勇者が封印した剣と岩石は、公園が整備されて一大観光地として名を馳せていた。

 観光都市として栄えており、多くの商店やら宿泊施設やらが密集し、中心部には商店やら宿泊施設やらが多く立ち並ぶ街だ。

 そして、今カラパエス市を悩ませているのが、渋滞である。

 特に問題なのが、谷底平野の中でも最も幅が短い場所に鎮座している公園であった。

 その名は「勇者の剣記念公園」。巨岩に突き刺さった勇者の剣は、一大観光地であると同時にただ大きな岩から剣の柄の部分だけが出ているという残念さも相まって、がっかり観光地としても有名だ。

 ただ、それは問題ではなかった。

 勇者は、崖崩れによって埋もれてしまうことを避けるべく、崖にも不可逆的な封印魔法をかけてしまったということだった。ついでにとばかりにかなり広範囲に封印魔法がかけられているため、崖崩れの心配はない。ただ、当然切り開くことも不可能でもあった。

 街の規模が大きくなり、道路需要が増加した現在に於いても、道路拡張が極めて困難となっていた。

 結局、カラパエス市は莫大な資金を投じて、公園を跨ぐように高架道路を建設する羽目になった。

 財政的に厳しいのは勿論として、ただでさえがっかり観光地として悪名高かったのだが、日陰になり更にがっかりな観光地へとなってしまったのは言うまでもなかった。

 だからこそ、市民たちは、その言葉に琴線に触れたのかもしれない。


「勇者の剣を移転する!」


 新たなカラパエスの領主、ウッカは領主就任の記者会見時に、そう宣言した。

勇者の剣記念公園


 カラパエス中心部の最南端にある公園。東と西にすぐ崖があるが、封印魔法のお陰で崖崩れの心配はない。公園の東側にかろうじて道路が通っている。

 カラパエスが農村だったころであれば十分だったが、観光都市として発展していくに連れて公園以南も開発されたために、道路は毎日のように渋滞が起こっている。事故が起きればひとたまりもないため、最近になって公園を跨ぐように追加の高架道路が建設された。

 とはいえ、公園自体そんなに幅があるわけではないため、高架道路も泣く泣く二車線道路である。

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