主人公はハッピーエンドが定石な件について。
――王城に辿り着き、離れへ向かう。城の中でも薄暗いこの場所に、ソルフィナの部屋がある。
正直、この場所に来る度に些か可哀想だと思う。
思う、が。
「ソルフィナ様、ルーナです。入ってもよろしいでしょうか」
「入れ」
ノックをしてから中に入ると、椅子に座ったソルフィナが横柄な態度で「おっそい」と告げた。
……まあ、正直。この生意気な顔を見るとそんな同情心も、さっぱり消えてなくなるのだから、その性格はかなり損していると誰か教えてあげてほしい。
「遅かったですか? 仕事が終わって、割りとすぐに来ましたよ。我ながら、超素早いかと」
「嘘をつけ。お前が城に戻ってから、もう三十分は経っている。どうせ、食堂で盗み食いでもしてたんだろ?」
「な、何故それを……!」
「ふん、食い意地張ってるウニ先生のことだから、そんなことだろうと……」
ぎくっとする私に、得意気なソルフィナ。……いや待てよ?
「……もしかして、私が帰ってくるのを窓から見てましたか?」
「……!」
「でなければ、正確に三十分は経っているとわかるわけが……」
「う、うるさいな。どうでもいいだろ、そんなこと!」
かっと頬を赤くしながら、ソルフィナは立ち上がった。
ふうん、という目で見ていれば、みるみる顔を赤らめて、「う、うざい! その顔をやめろ!」とか言うものだから、私の中の悪戯心が擽られた。
「やめろと言われましても、ソルフィナ様が今か今かと私の帰りを待ち望んでいたのかと思うと悪い気はしませんし」
「き、貴様! 馬鹿にしてるだろ!? 俺は別にお前の帰りなど、今か今かと待ち望んでいたわけでは……」
「なるほど。ではさきほどの『おっそい』という言葉は、大して思ってもないのに発した言葉だと……」
考えるふりをしながら、ソルフィナを見る。
「では全く遅いわけではなかったのですね。よかったです」
「なっ、んにもよくない! そうやってすぐ都合のいい解釈をするな」
「ではどう解釈すればよろしいのですか?」
「っ、くそ、これだから、お前は嫌なんだ……」
「まあ、嫌だなんて……」
傷ついた顔をしながら、さりげなく踵を返す。
「仕方ありません。ソルフィナ様が、私の顔を見たくないと言うことが十分にわかったので、今日はこのまま直帰ということで……」
「おい、待て!」
ソルフィナが歩いてきて、私の進行を塞ぐようにして前に回った。
「そんな命令はしていない、勝手に判断するな!」
「……」
「おい、何ぼーっと見てる? 聞いてるのか!」
「いや、聞いてますけど……その、なんていうか………」
髪に触れない程度に手を翳すと、その紫に光る目が少しだけ見開いた。
「やっぱり身長が伸びたなと思いまして」
「……っ、いい加減にしろ、ブス! 人で遊ぶな!」
ばしっと手を叩かれた。そんなに怒らなくても……。
と、思ったけど、弄った手前。そんなことは言えない。
「いいから、早くそこに座れ!」
「かしこまりました」
これ以上、いじることはやめておこう。大人しく頭を下げて、近くにある椅子に腰かけると、それを見ながら「ったく……いちいち面倒臭いやつだ」と一仕事終えたような面持ちで、溜め息を吐いた。
「それで、ソルフィナ様。わたくしに何かご用ですか?」
目の前の椅子に座り直しながら、ソルフィナが少し迷ったようにしながらも「お前は」と口を開いた。
「月灯花って知ってるか」
「もちろんです。この時期に咲く、月光を蓄えて光る花ですよね」
そもそも月星祭りの由来は、この月灯花からきている。
五年に一度、月光を蓄えた蕾が星が芽吹くように花ひらく様をもじって、月星祭り。
そして、この月星祭りを行う時期を月の季節ということもある。
「……それで、その月灯花がどうされたのですか?」
「……」
ソルフィナが未だ躊躇ったような顔をしながらも「る、ルスに……」と小声で続けた。
「見せに行きたい」
「ルスエル様に? それは何故……」
どうしてだろう。五年に一度とはいえ、二人とも前回も見に行ける年齢ではあったはずだ。
「……前回、月灯花が咲いた時、あいつは体調を崩して寝込んでいたんだ」
「……」
「せめてと思って持って行きはしたが、面会も許されなかった」
当たり前だけど、この世界は生ものだ。
小説の中とはいえ、ずっと動き続けている。
私が自分をルーナ・オルドリッジだと気づく前も、気づいた後も。
私が今まで必死に生きてきたように、この子たちもまた、この世界で必死に生きているのだと、こういう時に思い知る。
「……では、一緒に見に行けばよろしいのでは?」
「それは無理だ。月星祭りの最中、魔法を披露する時以外はあいつと一緒にいることは難しい」
思えば、ルスエルとソルフィナが一緒にいる時は決まって勉強をする時だけだ。
それ以外の時間は、人の目を盗んで遊ぶことは多けれど、公にともに過ごしている姿を見たことはなかった。
「……お前も薄々気づいてるかもしれないが、俺は国王陛下に嫌われている」
以前、ソルフィナが誘拐された時。
国王陛下が、特別にソルフィナを咎めることも、心配することもなかった。
ただ静かに、報告を受けただけだと聞いた。
変わりに、罰せられたのはルスエルだった。
暫くの間、ソルフィナとの接触を禁止されていた。
城の者も容易くソルフィナへ近づくことができなかった。
そのため私やユルを除き、ソルフィナの元へ、見舞いに訪れる者はいなかった。
「生まれがよくないからってこんな離れを与えられて……一応、俺だって王子なのに、変だなって思うだろ?」
「……暗がりが趣味という変わり者は、この世にいるとは思うので変だなとは思いません」
平然と答えると、「本気で言っているのか?」とソルフィナは怪訝そうな顔をしたあと、「まあ、いい」と言葉を続けた。
「俺のお母様は、側室でもなければただの庶民だ。いや、普通の庶民ならまだいい。俺の予想はまだまだもっと下の身分だったんじゃないかって思う。だって俺は孤児院で育ったわけだし」
「……」
「髪の毛だけは国王陛下に似てるから今はこうしてるけど、血だって繋がってるのかわからない。まあ、正直どうだっていいけど、もっと地味な髪色だったなら、ここから逃げ出したって誰にもバレないのになって思うし、そもそもここにいなかったかもしれないのになって思う」
「……そのようなことを、私に言ってもいいのですか」
「いいんだよ。どうせ、お前以外聞いてないもん」
「もしも外でぺらぺら話しちゃったらどうするんですか?」
「そしたら虚言を吐いてるってお前の舌が切られるだけだよ」
さらっと恐ろしいことを言う。けど、なくもないだろう。
証拠もない、こんな王室の複雑な話。
触らぬ神に祟りなしとばかりに、一介の魔法師の舌を切ることに皆が同意するだろう。
「ルスエルは頑なに俺を〝お兄様〟って呼ぶんだ。本当はそう呼ぶなと教育されているのに」
「……」
「あいつは薄々感じてるんだよ。いつか自分に何かがあった時、身代わりになるのは俺だって」
残酷だなと思う。こんな子供でも、自分の命の価値がどの程度のものか、理解していることが。
「それがどういった形かわからない。危ない場でルスエルの身を守らないといけないのか、ルスエルの腹違いの〝弟〟として顔を出すのか、それともルスエルが死んだら、まだ王子はいましたって体で顔を出すのか」
比べられてしまうから、比べてしまう。
そのせいで妬ましく、苦しく思うこともあるだろう。
「わからないけど、俺があいつよりも前に立つことはないんだ」
けれど、ソルフィナの様子は思ったよりも淡々としていた。
諦めているからか、本当にどうでもいいのか。
その声音からは読み取ることは難しかった。ただ。
「とにかく、あいつのために俺は同じように教育させてもらってるだけで」
「本当は、なんにもないんだよ」と続く言葉は少し寂し気だった。
「だから、何をしたいと願ったって無駄に終わる……だって、俺は……」
俯きかけたソルフィナが、はっとしたように「あ、いや」と。
「そんなことウニ先生に言っても仕方ないか。つまり、俺が言いたかったことは……」
「ソルフィナ様」
顔を上げたソルフィナの前に立つと、彼はびくっとしたように肩を揺らした。
「あなたの将来の夢はなんでしょう?」
「は、はあ? ……っ」
「……うーん、やっぱり重たいですね」
腕の下に手を入れて身体を持ち上げながら告げると、「いきなり何する!」とソルフィナは怒っていた。
「ほら、したいこと、何かありませんか?」
「は……?」
「私みたいに素敵な魔法師になりたいですか? それとも花屋さんでもやりますか? ああ、そうだ。私のためにケーキ屋さんをしてくれたって構いませんよ?」
見上げるその顔に向かって笑いかけると、動揺しているのにその表情が少しだけ和らいだ。
「諦めなければ、何にだってなれます。限界はありますが、それは今ではありません。ソルフィナ様が、右だと言えば右になるよう、自分で世界を変えていけばいいのです」
「そ、それは一体……どういう意味だ?」
「わからないなら構いませんが……ここだけの話、私はそうなるように努力している真っ最中なんですよ?」
だってそうしなければ、あなたたちに殺されてしまうから。
「限界を決めてしまうのはいつだって自分です。もしかしたらという可能性を潰しているのも自分です。努力は必ずしも叶いませんが、努力しないと始まらないのもまた事実です」
「…………」
「いいですか、ソルフィナ様」
腰を屈めると、目線が近くなる。
この顔をこんなに近くで見ることができるのも、あと何回ほどあるだろう。
「主人公がハッピーエンドってのは、セオリーなんですよ」
いつか敵対する立場だったとしても、こうして話したことを覚えておいてくれたらいいのにな。
……いや、無理か。子どもの頃のことを都合よく覚えてるわけない。
私だって、小学校のときの先生のこと、あんまり覚えてないもの。
「それだけは頭の中に忘れずに入れておいてくださいね」
とはいえ、今のこの子たちにとって与えられたものがすべてだ。
でも、それだけがすべてではないと、どうか気づいてほしい。
ルスエルも、ユルも。
そして、ソルフィナも。
世界は自分の手で広げていけるんだと。
そしてそのハッピーエンドに、悪役は存在していないと、心から憶えていてほしい。
私がいる間は、幸せな時間を提供することを誓うから。
ソルフィナは暫く黙った後、言葉を探すようにしてゆっくりと口を開いた。
「……ウニ先生の言ってること……時々わけわかんないんだけど。なんだよ、セロリって」
「セオリーです。ソルフィナ様」
ようやく何かを言ったかと思えば『わけわかんない』とは。
まあ、すべてを理解しろとは言わないけれど、伝えるとはなかなか難しいものだ。
やれやれと思いながら、窓の外へ顔を向けると、すでに日が落ちかけていて。
薄紫色に滲むような橙が水平線に見えた。
久しぶりに後書きです。
しばらく更新が空いたにも関わらず、感想やブクマ、そして評価をありがとうございます。
いろんな作品を同時並行で書いてしまっているため不定期となってしまっておりますが、皆さまの反応を日々楽しみに、そして励みにしております。
これからも少しでも楽しいと思っていただけるように頑張ります。改めて、いつも本当にありがとうございます!




