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暴君魔塔主に詐欺師扱いされてしまった件について。




 ユルが淡々と告げながら、「先生」と私のことを静かに見下ろした。


「もし次に何かをするときは、俺を連れて行ってほしいと言ったことを覚えていますか」

「それは……」


 もちろん、覚えているけれど。答えをはぐらかしてしまった手前、覚えている、とはっきりとは答え難い。


 俯くように言葉に詰まった私に、ユルはゆっくりと言葉を続けた。


「これから、あなたが魔法を使いたくなったら、俺が使用します。あなたの手足になる覚悟は、疾う昔にできていますから」


 再び顔を上げれば、ユルが何でもない顔で私を見つめていた。


「そ、それではユル様のお手を煩わせるんじゃ……」

「構いません。必要な時は、必ずお役に立ってみせるので、何でも言ってください」

「何でもって……」


 私が困るようなことを言ったらどうするんだろう。


「で、ではどうするのですか、私が美味しいケーキが食べたいと言ったら……」

「この国一番のものを用意します」

「突然遠くへ行きたいと言うかもしれません」

「俺が運んであげます」


 運ぶ……と一瞬、担がれている姿を想像して、いやいや、と首を振った。


「現実的じゃありません。ご自身が公子様である自覚は……」

「もしあなたが、黒龍に会いたいというのなら」


 目を見張る私に、ユルは少しだけ悲しい顔をする。


「連れて行ってもいいです」

「ほ、本当ですか……?」

「ですが、約束してください」


 こんなに話す人だっただろうか。原作のユルは。


 ……ヒロインと出会った後なら、まだしも。


 本来は悪女(てき)である、私に対して。


「これから先、何をするにも俺を連れて行くと」


 包み紙に入れていたパンを受け取る。


 際に、ユルの指先が私の手の甲に触れた。


「それが例え地獄だろうと、自らを封印しようと」

「……」

「死に行く時だろうとも」


 手が触れたまま。顔を上げている私を、ユルはただ見下ろしていた。


「共に朽ちて、共に生きると誓うのなら」


 色々と間違えたのだな、と思う瞬間がある。


「あなたの望みを叶えると、俺も約束します」


 例えば、ルスエルが私の足首に枷を嵌めた時。


 例えば、ソルフィナがあんな風に求婚してきた時。


 例えば。


「だから先生」


 ユルが切実に。


「もう、俺を置いていかないで」


 私の手を握ってきた今、この時だ。




 ◇





「――月星(つきぼし)祭り? それをわざわざ魔法師が総力をあげて手伝うのですか?」

「はい。そこで、魔塔の代表の魔法師としてルーナさんに出てほしいと、魔塔主様がおっしゃっていて……」


 再教育を始めて、かれこれ二年が経ち。


 私が私を封印するまで、もう残り一〇〇日を切っていた。


 あれから、ルスエルたちとは良好な関係を築けているような気もするし、未だ光魔法については触れさせてはいない。闇魔法について学ばせることは成功しているし、私の作戦はおおむね上手くいっていた。


 あとは何事もなく日々を過ごせればいいと思っていたのに。


 まさか原作でも重要な月星祭り(イベント)がこの時期にあるだなんて。


「ちなみにそれ、断ったらどうなるんですか」

「王室魔法師から何としてでも、魔塔へ強制帰還させるぞ、とのことです」


 ライリーが少々言いづらそうな顔をしながら、丸眼鏡をかちゃりと上げた。


 面倒臭いことになってきたな。月星祭りと言えば、魔塔と魔獣を研究しているグルーヴァー公爵が対立しあうきっかけの祭りだ。


 魔塔から選ばれた魔法師が、見世物にする予定の魔獣に襲われるのだ。


 その魔獣は黒龍に及ばずとも強力で、改良された変異種だった。


 ちなみにその魔獣を改良し、変異させたのは他の誰でもないルーナである。


 つまり私が、皆を絶望の淵まで追い込み、魔塔主に傷を負わせる張本人……になる予定だけど。


 今の私は、公爵とは何の繋がりもなければ、使役している魔獣もいない。

 

 だから最悪な結果になることは、まずないと思う……と言いたいところだけど、現時点で原作を改変しすぎていて何が起こるかわからない。


「魔塔主様はいらっしゃるんですか」

「どうでしょう。お忙しい方ですから」

「できることなら、来ないでほしいですね……」

「そんな真剣な顔で言われてしまうと、魔塔主様が悲しまれますよ」

「いやいや、繊細の〝せ〟の字もなさそうな魔塔主様が悲しむなど……」

『繊細云々の話で言えば、お前の方がよっぽど図太いけどな』


 ん? とライリーを見れば、彼はびくっと肩を揺らして、ポケットから魔塔主のピアスを取り出した。


「えっ、ライリー様! どうしてそのピアスを持ってるんですか!?」

「すみませんっ、先ほどまで月星祭りのことについて話し合っていたのです。もう通信は切れたと思っていたのですが……」

『ルーナ、お前は祭りにおいて魔塔の代表となる自覚が全くないな』


 焦っているライリーの元へ近づく。そして、その手のひらにのっているピアスに向かって胡麻を擦るようにして手を合わせた。


「魔塔主様、そう思うのであればライリー様を推薦してくださいよ~! わたくしめに偉大なる魔塔の看板は背負えませんって」

『ライリーは他の魔法師を取りまとめてもらう。お前はその無駄に長けた魔法魔術を見せつけて、王族貴族どもを黙らせろ』

「ま、魔塔主様! ぼ、僕たちまだ王城にいますから、あまりはっきり……」

「とは言いますけど、魔塔主様。その王族貴族を黙らせたいなら、尚更ライリー様にお願いした方がよろしいのでは? いつもは大人しそうで真面目なライリー様が圧巻の魔法を披露すれば、きっと王族貴族様どもの魔塔を見る目が変わるやもしれません」

「ルーナさん! あなたまで王族貴族と一纏めに呼ばないでください!」


 青ざめながら慌てているライリーに、「だって、魔塔主様(このひと)から言い出したのに」とピアスを指差せば、『ルーナ』と呼ばれた。


『お前はそうやって責任を持つことを嫌うくせに、王子たちの教育係には自ら立候補したよな。俺はその部分が、前々からずっと引っかかっている』

「まあ、それこそ無駄なお考えですよ。いずれこの国を担う方々の教育を務めたいと思うのは、それこそ魔法師として最高の誉れではございませんか」

『ああ言えばこう言う。まるで詐欺師と話している気分だ』

「褒め言葉として受け取っておきます。ところで、もう切ってもいいですか?」


 ライリーに切るように目配せをしていたら『お前と話していたら気が変わったな』と魔塔主は続けた。


『ライリー、俺も祭りに顔を出すことにしよう』

「……え、嘘。どうして!?」

『お前の信仰心があまりにも軽薄で、俺への敬意を全く持って感じないからだ』

「じょ、冗談が過ぎますよ! こんなにも魔塔を愛してやまない私のどこが、信仰心が足りないと言うのですか!」

『そういう軽薄なところがまさにだ。お前ほど信用ならないやつを俺は知らない』

「む、矛盾しすぎています! だとしたら、王室魔法師になど初めから選ぶはずが……」

『話は以上だ。ライリー、当日はそこの詐欺師と一緒にしっかり取り仕切るように』

「か、かしこまりました! お待ちしております!」

「は、ちょっと、魔塔主様!? まだ話は……っ」


 そう必死に言葉を続けたのに、時すでに遅いのか。ピアスからは何も音もしなくなってしまった。


「ら、ライリー様! これ、どうやって向こうに繋がるんですか……?」

「これは魔塔主様が魔力を遠隔で流している魔石なので、魔力を途絶えさせられてしまったら、こちらからは繋げることは……」

「ってことは、今はただの石ころってことですか!?」

「石ころという表現は正しくはありませんが……連絡が遮断された通信機になっている状態です」

「そんな……」


 さ、最悪だ。


 月星祭りに魔塔主が来てしまったら、原作通りに進む可能性が上がってしまうではないか。






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