恩師が愛らしくてどうにかなりそうな件について。*sideソルフィナ
なんだよ、あの顔。
あまり表情が変わらずとも、長年をともに過ごしていればわかる。あれは絶対に挑発されている。
大体ルーナもルーナだ。ユルに対して、いつもどこか甘いからあんな風にあいつが調子に乗るのだ。
それに、ルーナは比較的ユルに対して心を開いているように思う。正直、ルスエルにだって、俺にだって、子どもの頃からあまり警戒を緩めることはなかったのに、ユルにだけ。
その証拠に相手がユルなら、さっきみたいに躊躇うことなく腕を掴んで引っ張っていく。
ああ、ムカつく。俺にはいつも『いい加減にしてください!』と言って怒ることが多いのに、ユルに対しては優しく『いい子ですね』とか何とか言って、頭を撫でてばかり。
考え出したらキリがない。苛立ちが募り、舌打ちまで出てきそうだった。
ああいう依怙贔屓はよくない。だからルーナは教育者に向いていないのだ。そうだ、教育者と言えば……。
先ほど俺の腕の中で、成す術なかったルーナのことを思い出す。んっ、と漏れ出た声を聞いた時、正直欲情した。見た目に反して色っぽくて、想像していたものより大分愛らしく、いいものだった。
咳き込むのもポイントが高い。あの人はきっと、ああいった行為に慣れていない。それがわかっただけでも、すごく安心したし、もしそうであればもっと自分の手で穢してみたいと思った。
ルーナはああ見えてプライドが高いだろうから、なかなか堕ちてはくれないだろうけど、それでもさっきのように俺だけを見つめて乱れてくれるなら、思い通りにいかなくても、しばらくは我慢ができそうだ。
本当はさっきだって、あそこまでするつもりはなかった。
だけど、ルーナがあまりにも人の気持ちを蔑ろにして、あまつさえ、煽るようなことを言ってきたことがいけない。
つい売り言葉に買い言葉で、昔からルーナには歯向かってしまうことが多い。それは彼女が何を言っても、折れずに真っ向から向き合って来ようとするからだ。
どれだけ鬱陶しそうにしても、どれだけ嫌いだと伝えても、諦めが悪いのだ。
それにさっきのは、あの人の反応だってよくなかった。
くしゃりと乱れた髪と、ほんのり赤くなった白い頬。
唇が思っていたよりも小さくて、自分が大人になってしまったのか、ルーナの唇が元々小さかったのかわからないけれど、あの柔らかな赤を強く噛み千切ってしまいたいと思ってしまった。
正直、あの人があんな風に乱れる姿を、想像しなかったと言えば嘘になる。大人になるにつれ、何度も何度も頭の中で想像して、想像してはかき消して、ちょっと反省した。
だけど、あれだ。現実の彼女は、想像上のものよりも大分……。
「可愛すぎたな……」
ルーナのあんな顔、見たことがなかった。息絶え絶えになって、いっぱいいっぱいになっている姿は本当に悪くなかった。もっと続きを、とも思ったが、ユルのせいでそれが叶わなかった。
いや、でも逆にそれでよかったのかもしれない。冷静に考えれば、プロポーズはやりすぎてしまったように思う。いくらルーナが目の前にいて、気持ちが急いていたとしても、もっとタイミングが合ったかもしれないのに。
いや、まあいいか。あの人は鈍感なのだから、あのくらいはっきりしてしまう方が返って誤解を生まなくて済むだろう。とにかく、次に会ったら返事をもらわなくては。
あの人のことだ、必ず今回の話題を避けてくるだろうが、そんなことさせない。
絶対に逃がしてなるものか。
「……ソルフィナ様」
ふと、見下ろした自分の影から声が聞こえた。耳を澄ませていなければ聞こえない程度の雑音は、頭の中に直接的に語りかけてくる。
「例の光魔法の使い手を見つけました。恐らく、白女神と言われている者と思われます」
「場所は」
「辺境の教会にて、聖女として囲われているようです。結界も張り巡らされているため我々の身体ではとてもじゃありませんが、近づくことができません」
「そう」
「時が経てば、そのうち王都まで噂が広まることでしょう。彼女の力は凄まじく、辺り一帯の荒れ果てた土地にも潤いを齎し、森の息吹も取り戻したそうです」
「聖職者として名を広めてしまってはまずいな。なんとしてでも」
考えるようにして軽く顎に手を添える。俯くようにして影を見下ろせば、輪郭が微細に震えた気がした。
「早めに殺さないと」
踏みつけるようにして、草を靴裏で磨り潰すと「……ソルフィナ様」と今一度、声が聞こえた。
「いかがいたしましょう。対象の観察は続けますか」
「ああ、うん。そうだね、焦って手を出して失敗しても面倒だから。それに、ルーナはまだ目覚めたばかりなんだ。あまり心配事を増やしてしまっても可哀想だろう?」
笑顔を作りながら、じゃりじゃりと靴裏で草を踏みつける。緑が黒く変色し、べたりと砂利に引っ付いたところで、汚いなとしか思わなかった。
「あの人が笑顔で暮らせる世界を、俺が作ってやらないと」
靴を後で新調しよう。靴裏が緑に染まってしまっただろうから。
「だからさ、もう少し観察を続けてくれるかな」
「かしこまりました。………」
「ん? ああ、わかってるよ。報酬だろ」
ポケットを漁って、「ほら」と投げ捨てるようにして金貨を地面に落とした。
ぼとぼとと落ちたそれが、影の中に喰われるようにして取り込まれていく。
「あとでたんまり渡すから、死ぬ気で働いてこいよ。クソ影」
ソルフィナサイドが終わりました!次回はまたルーナ視点に戻る予定です。亀更新ではありますが、引き続き何卒よろしくお願いいたします。
 




