幼馴染が挑発してくるので腹が立つ件について。*sideソルフィナ
眉を顰めれば「いい加減にしてください……」とか細く口を動かすルーナ。いい加減にするのはどっちだよ。
無性に腹が立ったので、そのまま手のひらを舐めるように噛んでやれば「ぎゃっ」と尻尾でも踏まれたような声を上げて、彼女は手を引いた。
「な、何をするのですか急に!」
「そっちが叩くから」
「た、叩いたのではなく、塞いだんです!」
「一緒だよ」
ああ言えばこう言うように、この人は俺のやること成すことに昔から口煩い。
「で、ルーナは俺の条件を呑むの? 呑まないの?」
「そ、それは……」
「答えは、はい。か、いいえ。で」
「ほら、早く答えなよ」と、詰め寄れば、ぎくりと頬を引き攣らせて、ルーナが少し顔を逸らした。反射的にその頬が赤いような青いような。
「ソルフィナ様、近いです。離れてください……」
「ならさっさと答えて。あと三秒ね。さーん、にー……」
「何してるんですか」
横を向くと、よく知った顔が一人。
赤とも紫とも言い難い髪が涼やかに揺れている。
ポーカーフェイスの、冷めた視線を受けて「ああ」と平然と頷いた。
「なんだ、またか」
「また?」
「間が悪いよね、お前って」
溜息交じりに言えば、その肩が微細に揺れる。その動きを見て、思わず鼻で笑ってしまう。
「ゆ、ユル様! たっ」
たすけて! と涙目で訴えるルーナに一度目を向けた後、ユルはこちらに視線を戻した。
「何をしたんですか、一体」
「何も」
にっこりと当たり障りのない顔を見せれば、ユルは呆れたように首を傾げた。
「何もないわけないでしょう。先生の顔を見て下さい」
「いつも通りだよ」
いつも通り、変な顔をしているだろう?
横目でルーナを確認すれば、彼女は怒ったような、動揺したような、そんな表情をしながら唇を噛み、顔を背けた。……うわ何、その顔。腹立つくらい、こうぐっとくるというか。
「ソルフィナ様」
ユルに咎めるように名前を呼ばれて、現実に引き戻される。
ああ、なんだよ。と、溜息を吐きたくなる。大体、こいつさえ来なければ、もう少しでルーナが首を縦に振ってくれるところだったのに。
「……まっじで間が悪い」
「自覚してます」
さらりと答えるユルに、うんざりと天を仰ぎたくなった。
「で、どうしたのユル。まさか何の用もなしに邪魔しに来たわけじゃないだろう?」
にっこりと告げると、ユルは「ああ」と服の内ポケットから、魔石を取り出した。
青白色のそれは、ルスエルの魔力の色に似ている。
「先生、失礼します」
膝をついて、しゃがみ込んだユルがゆっくりとルーナの足元へ石を当てる。すると、枷が取れた音がして「「えっ」」と俺とルーナは声を揃えた。
「ど、どうして……?」
「ルスエル様は緊急で城を出ないといけなくなったみたいで、迎えに来れないそうです。なので遠心魔法を解くよう、頼まれました」
「そっ、そうなんですか!?」
ぱあっとわかりやすく表情が明るくなったルーナに、『よかったわけ』とユルを見れば、無視された。こいつの中でルーナが最優先とはいえ、シンプルに腹立たしい。
というか、そんなに簡単に自由を与えていいものなのか。相手は一応、腕の立つ魔法師だというのに。もし、いとも簡単に逃げられてしまったらどうするつもりなのだろう。
「ありがとうございます、ユル! 最推しでよかった……」
「「最推し?」」
「え? ああ、すみません。こっちの話です!」
あはは、と誤魔化すように笑うルーナに、俺とユルは首を傾げた。やっぱりルーナは時々、とても変だ。
「それでは、先生は俺が部屋へ送ります」
「お、送るんですか……?」
「当たり前でしょう。まさか、お一人で戻すと思ったのですか」
しょん、と悲し気な顔をしたルーナが「いえ……」と力なく首を振った。なんてわかりやすいのか。
「そんなことは思って……わっ!」
ぐんっとルーナの腕を引いて彼女を立ち上がらせるユルに、ぴくりと眉を動かしてしまう。……何を勝手に触れてるんだ、と心の中が靄ついてしまう。
「ずっと地べたに座っていては、服が汚れますよ」
「あ、はい。ありがとう……ございます」
ルーナも驚いた様子でユルを見ている。さっきまで、その瞳には自分しか映っていなかったのに、一気に気分が悪くなった。
「……興ざめ」
呟くように告げて立ち上がる。するとルーナがこちらを見て、「ソルフィナ様?」と首を傾げていた。さっきの今で、どうして動揺もせず、人の名前が呼べるのだろう。
今も昔も、この人のことが本当に理解できない。こっちがどんな思いで……。
「ソルフィナ様も戻り……」
「ルーナ」
ユルに掴まれていない方の、左手をとって、その薬指を指の腹で擦る。するとぴくりとその桃のような頬を揺らして、「な、なに……」と動揺を孕ませた声を零した。
その反応に満足しながら、ルーナの細指をじっくりと撫でる。この人の手はこんな細っこいのに、どうして魔法の力はあんなに強いんだろう、と単純に思う。
じいっと見つめていると、ユルまで「どうしたのですか、いい加減離しては……」と口を挟んできたので、俺はゆっくりと唇を開いて、その薬指の根元を思いっきり噛んでやった。
「っ、ソル!? 一体何を……!」
驚いたルーナに合わせて、ユルも目を見張った。よく見ておけ、お邪魔虫。
「予約」
「は、はあ……?」
「しといたの、忘れないでよ」
にっこりと微笑みながら、その手の甲に軽くキスをしてやれば、ルーナはますますわけがわからなそうな顔をしつつ。けれどもすぐに、はっとしながら手を引っ込めた。
そして、わなわなと唇を震わせていくその顔は、どうやら言葉の意味を理解したようで。
少しずつ赤くなっていく様は、正直、悪くないと思った。
にっと微笑みながら、背中を曲げるようにしてルーナの顔を覗き込む。
「あれれー? ルーナ。顔が赤いですよ~?」
「っ、あ、かくありませんし! からかうのも、いい加減に……!」
「ソルフィナ様」
ユルがルーナの身体を引いて、自身の後ろに隠してしまう。
「揶揄うのはやめてください。先生を困らせて何がしたいのですか」
ユルがやけに冷たい声で言い放つ。そんな彼の後ろから、ルーナが『そうだそうだ!』と言わんばかりの顔でこちらを睨んでいた。ムカつくな。
「なんだよ、人を悪者みたいに」
「違いますか」
「全然違うね。悪いのはルーナだから。最初に煽ってきたのもそっちだし」
「なっ、どこが煽ったって言うんですか! 元はと言えば……」
「元はと言えば、ルーナが自分は経験豊富とか言い出し……」
「わああっ! と、いけない! そろそろ行かなくてはいけないのでは、ユル様!?」
ユルが耳を塞いでいた。わかる。今のルーナはすごくうるさかった。
少々怪訝そうな顔をしながら、「……まあ」と頷くユルが、どこまで耳にしたのかはわからないが、軽くこちらを睨んできた。この感じを見るに、大体は聞こえたのだろう。
「では、そろそろ行きましょう。ソルフィナ様、失礼いたします」
ユルの腕を今度はルーナが掴み、軽く引っ張っていく。その姿を見ながら目を細めると、ユルが一度こちらを見て、そうしてルーナへ目を向けて、再びこちらへ視線を寄越した。
表情こそは変わらないものの、ほんの少し、わからぬ程度に上がった顎先が挑発しているように感じる。
反省でもしていろ、と無言で言われているような気分だった。
まさか一年もお待たせするとは思わず、ちょこちょこ連載を再開していきます。一部完結までは絶対に書き続けますので、何卒よろしくお願いいたします。




