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ラクマカの街にて初めて宿泊する

町を出て砂浜に出て、浜辺に沿って南へ。

何度見ても不思議な、狭い浜辺の両側から波が打ち寄せる砂州を歩く。

黄昏の夕闇に沈む官舎が見える。


白い塗料の剝げた下から黒ずんだ板が覗く、今では見慣れた感のある古めかしい官舎に近づき、滑らかな蝶番のドアを開けた。


「こんばんはー、また来ましたー。送致依頼が終わりましたー」

「はあい」

メガネ小母さん職員が出てきた。

揺らぎのない白い光の間接照明の中、旅券と身体特徴を呈示し、完成した依頼札を提出。


「うん、無事完了、と。ご苦労様でした。それじゃお待ちかねの報酬と行きましょうか」

「わ~い!」

「おおー!」

「待ってました!」

「えへへ」

「えーと、銀貨が160枚ね。はい、これ」

革袋で出てきた。

トモコが代表で数える。

眉間に皺を寄せて、10枚ずつ16回左から右へ寄せていき、

「確認しました」

領収証とか確認記入とかはなく、それでお終い。

「有難うございましたー!」

「はい、お疲れ様♪ 今夜も水場近くで寝るの?」

「いえ、今晩は宿に泊まるつもりです。初めてなので楽しみです」

「あら、そう、それは良かったわね、のんびり休んで行きなさいよ♪」

「はい、どうも、またお世話になりますので、その節は宜しくお願いします」

「こちらこそ」


夜でも明るい官舎を出た。

送致依頼の完了報告をして、報酬160スタッグを獲得。

「一人当たり銀貨32枚だぜ!」

「さて、じゃあちょっとこのお金で、宿屋に泊まりましょうか!」

「初めて宿屋なるものに泊まりますよー!」

「わー!」


--


官舎で訊いて、宿屋の場所を確かめる。

燈篭に灯の点った街に少し入った辺りで、あまり多くない二階建ての建物の一つを探す。

大きな建物と聞いていたし、看板も出ていたので、一目で判った。

高い塀に囲まれている。

頑丈そうな木戸をくぐり、玄関へ。

もう日も暮れているので、提灯が一つ付いている。


それを物珍し気に見る仲間の先へ進み、半開きの引き戸の外から声をかける。

「こんばんは、夜分すいませんが、まだ泊まれますか?」

玄関の中を見れば、よく手入れされて凸凹の一つも無い平らな明彩色の三和土の土間。

引き戸の内側にランプが一つ、少し奥のカウンターの背後の壁にランプが一つ、その二つの小さな火だけが、ゆらゆらと薄暗く玄関を照らし、平滑な三和土が揺らめく明かりを鈍く反射している。


少しして、はーい、と何処からか声がして、のしのしと、腹の太った色白の柔和な男がカウンター横の通路の奥から出てきた。

男はステテコと丸首の肌着に柔らかな腹巻をつけ、ズボンと草履を履いたラフな格好だ。

言うまでもなく髭もじゃで、体毛は黒い。


「お客さん? 何名様ですか?」

「五人です」

「五名様ですね。一階の部屋が空いてますよ、どうぞお入りください」

近くに寄ると、男からは薄い香料とアルコールの香りが爽やかに薫った。


「ああ、じゃあどうも、お世話になります」

「はい、どうぞ、どうぞ」

「あのう、宿屋に泊まるのは初めてなのですが……」

「ああ、それでは、うちの者をつけましょう」

「あ、はい、どうも」


宿の人が紐を一つ引いて、人が来るまでの間、玄関に置かれた切り株の椅子に腰かけて待つ。


『うちの者』がやって来ると宿の人が、

「こちらの者へ御用やご質問を仰せつけ下さい」

「どうぞ何でもお言いつけ下さいまし、モトコと申します」

と、割とフランクな感じでにこやかに挨拶する。


その後の宿泊手続きでは初心者ならではの不慣れな遣り取りがあれこれとあったが、宿帳への記帳は全員がすらりと済ませて、同じ一つの部屋へモトコさんに案内される。


「どうぞ。こちらの部屋ですンで」

「ああ、有難うございます」


玄関や廊下から続く三和土の部屋だが、それなりに広い。

六人分の、マットレスの載った本物の寝台が置かれていた。

モトコさんが分厚そうな土壁の窪みにランプを一つ置く。


それから室内や宿の説明をしてもらい、

「それじゃ、何か御用がございましたら、お部屋の入口の白い紐をお引きになるか、直接お呼びになって下さいな」

「はい、どうも」


--


部屋の戸は引き戸で、鴨居と敷居にそれぞれ同型の木製の錠があり、上の錠は鴨居へ木の棒を押し込んでおいて、別の木を横に滑らせて固定する。

下の錠は逆に、上へ上げられた状態で固定された木の棒を、固定してる別の木を横に滑らせて外しておいて、下へ押し込んで施錠する。


まあ、普通の戸袋の雨戸のやり方だ。

部屋の雨戸が、現にその同じ方式だ。

ただ、美事な木工職人の仕事で、建具や家具はどれもぴしっと定まっていてぐらつきがなく、気持ちが良い。

そしてここでもやっぱり、どこにも釘などの『かね』は使われていない。


長く突き出た廂の下で、障子が窓代わりになっている。

障子と雨戸と両方を試しに開け放ってみると、気持ち良い夜風が入って来る。

が、急な雨の時にはすぐに雨戸を閉めねばなるまい。

それ以前にそろそろ虫が灯りに飛び込んで来る頃合だから、また雨戸を閉めてしまうことにした。

「いいよね?」

「まあ、疲れたしね。早いとこ寝たいよ」

雨戸と障子を閉めて、簾も一応下ろしてしまい、

「さっき水場が宿の裏手にあるって言ってたね、身体とか洗いに行こうか」

「そうだね。折角だし気持ち良く眠りたい」

「おう、じゃあ準備しようぜ」

と、部屋の入口に設けてある架台へ武器や防具や盾などを掛ける。


寝台の一つ一つに箱が付いていて、荷物を収めて重い木の蓋を閉め、簡単には切れそうにない硬い帯で締めあげる事が出来る。

それは寝ている間の盗難の惧れを減らすものだが、部屋に忍び込まれる時点で暗殺の危険があるのだから、どうせ対策をとるのならそちらの危険をどうにかしてほしい。

安全性はその点今一つに思えた。


部屋のセキュリティに少し安心できないものを感じたので、男三人を残して、先にトモとエコの二人が、宿の部屋に用意されていた浴衣に着替えて、水浴に行った。


暫くして無事に戻って来て、

「やっぱり行列だったわ」

「本当に男女別になってたよ~」

それで、今度はぼくたち男三人で行って来る。


水場は宿の裏手にあり、いつでも使い放題だった。

洗濯用と水浴用が一つずつあり、朝や夕方は結構行列になるという通り、既に他の客が並んでいた。

ぼくたちの前に並んでいた人達は、一寸怖い感じの、やはり傭兵なのだろう、上半身裸で浅黒く、傷痕だらけのよく鍛え上げられた身体つきをしていて、聞き取りづらい仲間内の会話をしていた。


洗濯は空いてる夜明け前の時間にすることにして、水浴だけ済ませると、一本きりの手拭を使い回して身体を拭き、浴衣姿になって、ランプが一つ点る部屋へ戻った。



宿泊には夕食と軽い朝食がつき、食堂で摂る。

食堂で食事をしなくてもよいが、安くはならない。

安全上の不安が少しあるが、早く眠りたいので、一度に全員で行く事にした。


魚と野菜の豊富な、この上なく美味い夕食で満腹して、

「ああ、すごい贅沢を覚えてしまったもんだ……」

と、椅子にもたれ掛かって眠り込みそうになるのを堪える。


他の卓では酒を飲んだりしているが、ぼくたちは茶にした。

酒なんか口にしたら、部屋に戻れるか分からない。

茶も極上だった。


呑んでもいないのに、足取りが覚束ない。

点々と壁の窪みにランプが置かれた薄暗い廊下を歩み、仲間同士で支え合ってなんとか薄暗い部屋に転げ込むと、安全確認もそうそうに、戸締りだけして、すぐに眠り込んだ。


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