シズから海原へ
深夜に目が醒めた。
空は晴れていた。
満月がほぼ真南にある。
「よ」
「あら」
「ん」
用を足しに行く。
戻って来ると、二人とも紐を撚りながら眠そうに見張りをしていた。
「見張り、代わるよ。異状ないね?」
「ありがと」
「うん」
紐を撚る続きをするので、貰い受けて、腰を下ろす。
トモエコはすぐに眠り込み、疲れ切っている様子だったので、この後は自然に目覚めるまで起こさないことにする。
その後少しして起き出して来たトヨにも、そう伝える。
満月が、波間に銀を撚った道を敷きながら、西へ少しずつ傾いて行く。
また濃霧が出るかと心構えをしていたが、運よくこの日は霧は出ないままに夜明けを迎えた。
マサが起きた。
「お早う」
「おう、お早う」
「トモとエコは眠らせておいてやってくれ、随分疲れてた」
「おう、わかった」
さて、まだ暗いし、筏でも組むか、いや、水を汲みに行くか。
「ちょっと水汲んで来る」
「おう、わかった。あ、おれは筏でも組みたてて……」
「待った、マサ。潮の満ち干は分るか? 今日のだ」
「いや、わかんないな」
「俺もだ。先にそれを調べてほしいんだ。後で官舎に行けば知ってるかもしれないけど、分んないから、一応俺達自身で調べておきたい」
「分かった、見て来る」
「いや、それならオレが観て来てやるよ。どうせ漁にあとで出るしな、オレも知っときたい」
「あ、じゃあ、頼む。じゃあそれで、マサ、見張り番頼むぜ」
「おう、わかった」
空いてる壺を抱いて、石段を下りて小川の水場へ向かう。
小川の水音に混じって、草むらの中からはまたしても男の子のハァハァ喘ぐ艶かしい声が響いて来る。
こいつ、いつも居るな……いや、でも別人かもしれない。
このシズの村は竪穴住居ばかりだし、家族の目を逃れて、この場所で慰みをする男の子が何人もいる可能性がある。
つまり何人かの少年たちの共有する秘密基地。
少年から少年へと代々受け継がれし卑の伝統、性欲の殿堂というやつだ。
それにしても、夜明け前から俺達より先にこんな暗い処に一人で来るとか、性欲の人を衝き動かす力は凄いな。
暗いうち外に出るな、という家の掟とか破ってたりしないだろうな……他人事ながら心配になるぜ。
淫売だらけの土地柄で、幼い頃からそういうところをこっそり隙間から覗き続けて、性欲への刺激マックスで、こうなっちゃうのかなぁ。
男の子は此処として、女の子は何処でどうしているんだろう……謎だ。
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水を壺に汲んで戻り、火にかけて、一休み。
「マサ、見張り代わろうか」
「うん、ありがとう」
「なぁに」
焼石を壺に放り込む。
じゅぼぼぼぼぼぼぼっこぼこぼぼぼっ!
いきなりお湯が沸く。
地味に愉しいんだよ、これが……。
しかし、この時間は泥棒が忍び寄る時間でもあるから、見張り番として油断はしていない。
常に周囲の気配を探り、目でも探す。
「トヨのとこ行って、海藻でも拾って来るよ」
「お、分った」
ひたひたと軽装のマサの足音が遠ざかる。
次第に空が明るくなってきた。
満月は西方の水平線めざして降りていく。
見張りを交代してくれたマサと一緒に仲良く海藻を齧りながら、紐を撚る。
トモとエコが相次いで目覚めた。
暫くして、トヨも捌いた魚を小籠に容れて戻って来た。
朝食だ。
「なあ、今日はどうする?」
「うん? ラクマカに筏を組み立てて渡るんじゃないの?」
「いや、まだ日程には余裕あるだろ」
「でも、明日に延ばしたりして、急に悪天候になっちゃったら?」
「あ、そうか……」
「折角お天気が良いんだから、今日のうちに頑張っちゃおうよ」
「そうか、わかった」
「やるか」
「じゃあ、それでいいや」
食後、好い依頼が無いけどあまり気落ちせずに、材木を皆で引きずって海辺に下りて、南へ浜伝いに移動して、筏の材を隠してある草むらへ。
昨日の内にがんばって大まかには目を通してある。今日は浜辺へ下ろして、全部点検だ。
「潮の具合はどう?」
「今は引潮だ。引潮になってから少し経ってる。あと、大潮だ多分、満月だったしな」
「たしか、ラクマカに渡るのなら、満ち潮の時なんだよな?」
「うん。そうかぁ、今引潮かあ……間に合うかなあ……」
「まあ、やってみようぜ!」
一本一本、順々に浜辺へ下ろしてきて、出発時の態勢を考えて、最後尾の木材を錨役にして縄を浜辺の松に結ぶ。
それからまた順々に全部浜辺に材を下ろしきって、詳しく点検し、どうやら折れる事無く波を乗り切れる状態を保ってると見て、組み立て始める。
少しずつ引いて行く波がまだ時々急に押し返すように打ち寄せて来るので、ラクマカの時よりも難易度が高い。
予想される満ち潮の時間までそれほど余裕があるわけでもなく、忙しく組み立て作業に専念する。
縄が足りない処は急いで紐を綯って縄にして縛った。
そして次第に重くなっていく組み立て済みの筏部分を浜辺に置き去りにして、沖へ逃げてゆく波打ち際。
できるだけ追いかけてずらして行ったのだが、それも途中まで。
あまり重くなってくると、もはやそれ以上は動かせない。
昼前、組み立て完了。
背負い籠は編んだ蓋が付いているので、しっかり結わえて閉ざし、更に盾も籠の下に縛り付けて、まとめて筏の中央に括り付けてある。
どうにか満ち潮開始に間に合ったが、少し波打ち際より離れてしまい、満ちて来るまで待たねばならなくなった。
櫂の予備を縛り付ける縄は足りなかったので、基本的には漕がないトモが抑えて行くことに。
少しずつ波打ち際が上がって来るのを、ドキドキしながら待つ。
愈々、浮かび出したが、波に押し込まれると困るので、全員で櫂を浜辺に突き立てて筏を少しずつむしろ沖合へ押し出すようにする。
「これ、もっと前からこうしておけば動かせたんでねえの、ん?」
「言うなよ、まあ、そうだけど」
「こうして少しずつ悧巧になってゆくんでしょ。仕方ないわ」
「お、動いた、押せっ!」
「乗れ、エコ!」
「っ!」
「櫂はいいから! 乗れ!」
ぐうーっと筏が動き出したので、すぐに次々に乗り込む。
エコトモトヨが乗った筏を、マサが櫂を手に押し出し、ぼくは仲間が慌てて落っことしていった櫂を抱えて、
「トモ、これ!」
と押し付けると、トモがなんとか数本の櫂を抑えて、一本一本引き揚げて仲間の名を呼ばわっては渡してゆく。
受け取ったトヨやエコが、櫂で海底を突いて、陸から離そうと力を籠める。
ぼくはマサと二人で腰まで海に漬かりながら沖へ押し込み続け、それから先にマサを押し上げて乗り込ませ、次のぼくも引き揚げてもらって筏になんとか乗り込み、やっと五人全員が乗り込んで、息つく間もなくすぐに櫂で離岸の為に漕ぎだす。




