ガントリッシュ緑道の竜
この前、盗賊の斥候とその監視役を殺したので、盗賊からの報復があるかもしれないと、俺達は全員が相当ピリピリ警戒しながら、付添人の示したペースの手本に従い、ガントリッシュ緑道を登って行った。
天気は山を進むにつれて回復して、昼前には明るく晴れて、遠くまで見晴らせた。
小休止中、岩に腰を下ろして、囁くように、
「居ないな……」
「こっちも、居ない……」
「こっちもよ……」
しかし、盗賊の姿はまったく見えなかった。
結果的に無事に岩場に辿り着けたので、いつものように岩の隙間に隠れ潜み、一夜を過ごした。
ただ、菰が二人分しか無かったので、男三人は菰も被らず、ほぼ満月に近い大きな月に照らされて夜露に濡れた。
びしょ濡れになって眠れるわけもなく、寝不足で辛かったが、夜明けに出発準備。
やや早めかと思ったが、用を足して、出発した。
付添人のペースで進むうちに、いつの間にか、何処か遠くから、あののし、のしという足音が微かに響いて来た。
やっぱりちょっと早かったらしい、と後悔するが、もう遅い。
トヨトモが
「逃げるぞ」
「逃げましょう」
と囁き合い、ぼくも今は落ち着いて一緒に足音を忍ばせながら速足に逃げ出す。
しかし、音が次第にはっきりしてくる。
「おい、ヤバいぞ」
「しっ」
「でも、本当に追われてるわ、これ」
「もっと速く逃げようよ」
エコにも急かされ、トヨが決心する。
「そうだな、走るぞ」
それで皆が一斉に全力疾走に移った。
ジンメ渓谷で必死に逃げる時のように、とにかく先へ、先へとひた走る。
だが、それで迫り来る感じは少し減ったものの、一旦はっきりと聞こえて来るようになった足音はいっかな去ろうとしない。
ずっと追いかけてくる。
微妙に近づいた気もする。
いや、気のせいか?
いや、気の所為じゃない!
緩やかに曲がりくねりながら下って行くガントリッシュ緑道を、全員が死に物狂いで全力疾走で駆け下る。
「あ!」
前にまたスコッレの練習に見せかけてる連中が居る。
「くそっ!」
「こんな時に!」
悔しいが、どうにもならない。
「穿貫突破!」
咄嗟の提案に、
「おう!」
「わぁーった!」
と皆が承諾してくれるので、走りながら以前に退避訓練でやったパターンをなぞった動きに入る。
マサが先頭、ぼくがその左、マサの後ろにトヨ、トモ、エコと続く。
「エコッ!」
出過ぎてる、と注意したかったのは伝わって、
「うん!」
とだけ辛うじて応えて、隊列を整えてくれるので、そのまま突貫する。
まっしぐらに全力で突っ込んでゆくぼくたちに、盗賊どもがお芝居を止めて、街道の左右に展開する。
街道の右斜め上方に人影が三つ現れた。
手に弓。
トヨも同時に気付いたらしく
「盾!」
と叫ぶので、ぼくも追補注意として
「頭!」
と叫び、盾を斜めに掲げて頭と上半身を守り、斜め上方から飛来する矢を盾で防ぐ。
カッと編み込みに突き立つ矢もあれば、カンッと跳ね飛んで去る矢もある。
へろへろ矢め、直接肌に当りさえしなけりゃどうということもない。
盾を構えて矢を凌いだマサがぼくの右前で、隊列の先頭を駆ける。
接敵直前に街道の左端、谷側へ少し寄ってぼくの眼前を遮ってから、槍や剣を構えた敵へ、盾でぶつかっていく。
激突寸前、ぼくが頭から跳び込むようにダッシュして両手で構えた盾でマサの盾と連ね、彼が衝突する一人の敵を圧倒した。
文字通り圧し倒した。
そうやってマサの方へ、つまり右翼へ勢いを与えておいてから、ぶつかった反動を利用してそのままぼく一人だけ突進方向を谷側、つまり左翼へ急転換。
来た道を戻るように駆け出しながら、盾を背後の籠の上へ乗せるように回し込むと、右手の石斧と更に左手に抜いた棘棒との二刀流で、谷側から登り気味に襲い掛かってくる敵へ向かって迎え撃ちに馳せる。
彼らに斜め前から当たり、左右の得物で次々に当る敵の一撃に絡めて撥ね退けながら、とにかく左翼の敵全員、四名の目の前を、身を擦りつけるように次々に敵を叩きながら走り抜けてはすぐにくるりと廻ってまた同じように駆け抜けざまに敵の武器を叩いて行き、隙あらば顔や腕に一撃入れて、左翼からの敵の包囲行動を妨げて、マサの背後、トヨトモエコの左側面を守りぬく。
時折こちらも一撃もらってしまうが、気にする事無く攻撃の手を休めず駆け続ける。
マサはぼくほど素早く走り抜けず、少しゆっくり目に進みながら、しかし敵の攻撃を受けて叩いて突き放し、包囲を妨げてゆく。
「きゃあっ!」
マサの右側を一旦援護に入ったトヨトモエコ三人のうち、エコが打撃を盾で食い止めるが、威力を盾越しに喰らって姿勢を崩して、岩に身体がぶつかる、が、防具のお蔭で怪我はない。
すぐにトヨがカバーに入り、トモがエコの手を引いて起こす。
マサとぼくへ殺到して、敵影の薄くなった中央を目指して、盾を構えてトモコとエイコが走りだし、それを援護すべく一撃入れて敵からの一撃を打ち払ったトヨが盾を構え棘棒を振り回して、何か叫びながら突進して二人を追い越してゆく。
トヨが右翼から押し寄せようとする敵を避けて街道を左側、谷側へ少し下りながら走り、それに盾を構えてひたすら回避に徹するトモエコがぴったり追随して一体となって駆け抜けていくので、ぼくが
「マサ! 行くぞ!」
と叫んで突進し、マサとトヨたちの間に割り込もうとする敵を叩き回ると、敵を打ち払ったマサがすぐ右側まで寄って来たので、そのままマサを援護して脱出に掛かる。
先へ逃げ出せたトヨも、トモに盾で矢から守られながら、弓矢でこちらへ射撃して援護してくれるので、ぼくとマサが盾で受け石斧や棘棒を振り回して敵を払い除けつつ走る。
そこへ、急に大きな足音が轟いて、遂に『竜』が街道の後方からその異様な姿を現した。
竜は手近な盗賊へ目標を変えて、地震のような物凄い振動を起こしながら襲い掛かって来る。
予想外の急展開に盗賊が混乱する中、先に逃れていくトヨトモエコを追って、マサと共に背後を盾で固めて必死に逃走する。
盗賊に早くも犠牲者が次々に出るのを尻目に、ぼくたちまでが竜に食われないように、下り斜面の街道を死に物狂いでひた走る。
盗賊どもは逃げ散るが、竜はそれを許さない。
彼奴らが全員食いつくされれば、次はぼくたちだ。
だが、幸いにもここまで逃げて来る間に、空はいよいよ明るさを増してきていて、偶に反撃する盗賊も居て微妙に傷ついた竜は、何処かに在る筈の巣穴へ漸く引き揚げていった。




