過ぎし暗く寒い冬を振り返る 武具づくり2 手甲脚絆と鏃
もう何度目の吹雪か覚えていない。
今度もまた連日吹雪に降り込められ、昼か夜かもわからない。
眠いので簡易寝台に横になったまま、炉の方を見ながらぼんやりする頭で考える。
薪はこの前戸口の間に積んでおいたから、まだまだもつ。
水は言わずもがな。
保存食は廂の下に壺を持って来ておいたから、大丈夫だ。
この前弓を作ったから、矢も軸だけは数を揃えた。
廃材と化した葭簀を使って。
鏃はまだだ。
石の鋭い破片が沢山必要だな……今度外の焚火に冷えた石を入れるか……
破片が飛び散るだろうから、予め簡易柵の囲いを立てて……
熱く燃えているところへ、冷えた石を……危ないから、囲いの蔭から、枝を箸みたいに使って……
それでも手の先は突っ込むのか、危ないな……保護が欲しい……
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そんなわけで、手甲を作りたいが、革など無く、今や草すら枯れている。
蔦だったものの束を手に取り、痩せて萎びて曲がりくねっているそれを、何となく手首に当ててみる。
取り敢えず、撚ってみる。撚ると一応は紐になった。長さが欲しい。充分に重ねて足し込んで、撚りに撚ってみる。絡み合った。どうやら一応は紐になりそうだ。
暫く紐を撚る。
途中、何度か眠った。
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雪が止み、食事をして、雪掘りをして、便壺の中身を片づけた。
皆、ずっと同じ保存食しか口にしておらず、目が落ち窪んで、頬がこけている。
紐に撚れない枯草を手首の肌に当てた上に、割れ易くなった樹皮を宛てて膝で押さえ、破損した葭簀の再利用後に余った端材を葭簀の紐を再利用して綴じたものを脆い樹皮の上から宛がい、巻き付け、葭簀の紐で締めて結わえた。押さえが足りない部分を上から紐で手に縛り付けた。
更に葭簀の端材と樹皮の隙間に葭簀の端材を押し込んでゆく。
手首周りと手の甲、親指の付け根までぎっちり詰め込んで、仮の手甲とした。
所詮は葦だが、束になった葦だから、少しは守れる。
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脚絆も同様にした。
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目が醒めた。
傍に置いた手甲脚絆を見て、何故か左手左脚の分しか無くなってるので、また紐を撚ろうとしたら、草がもう無かった。
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そこで目が醒めた。
傍に置いた手甲脚絆を見て、やっぱり左手左脚の分しか無くなってるので、また紐を撚ろうとしたら、草がもう無かった。
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そこで目が醒めた。
傍に置いた手甲脚絆を見て、ちゃんと両手両足の分が揃っているので、安心した。
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そこで目が醒めた。
傍に置いた手甲脚絆は、無かった。
そんなものは、最初から無かった……。
ぼくはどうにかしてなけなしの材料で手甲脚絆を作った、と思っていたのに、すべては夢だった。
もう一度同じ事をしなければならないのか。
そう思ったら、そう考えるだけでなんだか疲れを覚えた。
いや、そもそも本当に夢のやり方で出来るのかもわからない。
そこへ、
「おはよう。雪、やんでるよ」
明るさを滲ませた声をかけてきたのは、すこし頬のこけたマサだった。
「あ、おはよう。もう外見たの?」
「うん、もう雪かきしといたよ」
「あ、ありがと~」
隣から声がして、エイコがのろのろと起きて便壺へ行く。
「おはよう」「おはよ~」
ぼくも催したので、ふらふらと薄暗い戸口の間近くに置いた自分の便壺へ行って用を足すと、菰をのろのろと胴に掛け、戸口を開けた。
おお……、明るい……。
思わず裸足のままフラフラと戸口から出て、廂の先まで行くと周囲の銀世界が目に入る。
晴れやかな朝の、落ち着いた爽やかな空気だ。
つい深呼吸しようとして、ふぅっと胸が痛くなり、うっと唸って身体を両腕で抱いて、暫く佇む。
外の景色の眩しさもあって、戸口の壁へ身体ごと向けて、薄暗く感じるようになった廂の下へ顔を向けて、目を休める。
足が冷たくなってきた。
胸郭に覚えていた痛みが去ってから、手を壁について、温かな、煙の臭う家の中へ戻って来る。
履物を足に着けてから、重い便壺を両腕に抱えて外へ出ると、戸口の先は雪が積もっているが、大雑把に退かされて大分嵩は減っていて、楽に歩く事が出来た。
マサらしい足跡が防御壁と土塁の方へも伸びているので、足跡を踏んで歩き、土塁に上り、中身を壕の隅へ撒け、壺を雪中に置くと、大きな雪玉を作って便壺の中を擦り、また捨てた。
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夢に見たやり方そのままをなぞり、トヨキの手甲脚絆を作れた。
自分の手に合わせるよりも、他人にマネキンになって貰って作る方がやりやすかった。
その後、マサの分も作った。
最後に自分のを作った。
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それで作業小屋に行って、炉に火を入れ、周囲を携行柵で囲む。
トモコの目利きで割れ易そうな石を雪で冷やしておいたのを、柵の蔭から火箸で一個ずつ取り上げては、隙間からそっと差入れ、火の中へ素早く入れては手を引っ込め、
パンッ!
と破裂させて、鏃になりそうな破片を集めたが、後片付けをきちんとしないと怪我をする惧れがあるので、雪の中で大変だったが片づけた。
家で身体を温め直した後、集めた破片を皿に載せておいたのを、作業小屋の火の傍で大きさを揃えて数を増す為に打ち割ったり、研いだりして、鏃を仕上げていった。
その後、軸だけだった矢へ鏃を挿して、敷地内の樹木から樹液を採って、べたつくネバで鏃を軸に接着した。
そうして、一張の弓と五十本ほどの矢が一応は準備できたが、まだ羽根が無いものだから、命中する期待はあまり出来なかった。