初の依頼を請けて ラクマカの街で次の依頼を請けて出立
夜の見張り当番の間につらつら考えて、サカヌキ村からラクマカに司祭様の小荷物を送致する依頼を請ける決断を下した。
翌朝。
「そうか、やるのか」
「やるなら、失敗できないな」
「その前に、まずは無事に家に帰るまでが依頼なのよ?」
「その依頼、期限は?」
「『20日間』つまり請けた日からそれだけ」
「無事に往復できるのなら、余裕だね」
「無事ならな」
「誰が参加する?」
「俺一人でやるさ」
「いや、一応請ける時は全員署名して、いざとなったら辞退でいいだろ。結果的にそれで一人だけになっても、オメーがしくじりさえしなけりゃァ問題ないから。とにかく最初に署名しとかないと、あとから行きたくなっても無理だからな」
「ああ、そうか……」
「な、全員で行くぞ」
夜明け前にはまだ官舎は閉まってるので、トモが縄を綯いながら焚火と荷物番をする間、エコマサと草花や木の実を採って来る。
トヨのお蔭で今朝も無事に充分な栄養が摂れた。
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朝、焚火や汚れた湯呑や壺などの後片付けをして、装備、荷物、筏を点検。
準備は完了しており、あとは官舎が開くのを待つだけ。
何か、何処か、緩みが無いか。
気になって、何度も確かめる。
ふと、もう神殿では朝のお勤めとか終わった頃なのかな……と気に掛かり、神々しい顔が懐かしくなって、最後に会いに行きたくなった。
「ちょっと、散歩してくる」
「ええ~」
「またかよ! 会えるか分かンねーぞ!」
トヨ、勘のいい奴……。
「じゃあな!」
走ってラクマカ市街へ。
護衛で送り届けた最短経路を走り抜けて、若宮大路へ出た。
まだ朝早く、人影も少ない一段高い歩道の下を、ずっと真っ直ぐに走り続ける。
思ったよりは早く、突き当りの別の路に行き当たり、その向こう側に明確な境界が定まった聖域があった。
神殿は奥に高く見えたが、思っていた石造りの冷え冷えとした巨大であくまでも高い神殿とは違った。
朱く、明るく、温かく蹲るような建物で、境内の樹々は大切に手入れされて繁茂し、小動物が活き活きと遊んでいる。
この境界の向こう側へ、このなりで足を踏み入れてもいいものか、どうか。
迷っているうちにも、ちらほらと様々な人々が、気軽に出たり入ったりしている。
(えい、迷ってどうする、行ってしまえ!)
と思いきって足を踏み出し、踏み入り、奥へ奥へと進み入る。
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社務所で用を告げ、エリアノーラ司祭に面会を申し込むと、石段の上の神殿の何処其処辺りに居る人に声を掛けて、呼んでもらって下さい、と随分開放的なので、戸惑いながら進む。
サカヌキ村の神殿って、もっとこう、あちこち重たい石の扉で閉ざされて……そもそも広い境内なんて無かったし……処変われば随分神殿の在り様も変わるもんだなと思いつつ石段を登る。
たしか、この辺り……と思って誰か居ないかと、数人居るのへ目を留めると、中の一人がまさに司祭様だった。
衣裳が大分変っているけれど、たしかにあの白く整った顔立ちは、忘れもしない。
近寄って行くと、こちらに気付いて、
「あら、あら、あなたはこの前護衛していただいた傭兵さんではありませんか。どうなさいましたか今日は」
「あなたにお会いしたくて参りました。お伺いしたい事がございまして」
「それは嬉しいこと。何が知りたいのでしょうか?」
「実は……」
それで先ず、今日はこれから筏でシズを目指して船出すること、司祭様の送致依頼を請けるつもりであることを伝え、それから、サカヌキ村からラクマカまで旅を指揮した者として御存じのはずの、道中気をつけるべきことを伺いたい旨を申し上げる。
「時間もあまりありませんので手短に」
と前置きして司祭様は、区間ごとの危険と対応手段の要点を授けて下さった。
ぼくの方は、来る途中で石のナイフで削って平面を出しておいた戈の柄の手元へ、記憶の補助となるように危険と要点の頭文字を少しずつ炭で記してメモを取った。
「宜しいですか」
深謝して、去る。
「依頼を請ける際には、この件に関してだけ五点加点するように伝えなさい」
背後から声が投げかけられるのへ、振り向いて一礼する。
境内を速足で抜け、若宮大路に出てから走る。
その間、ずっと繰り返し繰り返し、司祭様の御言葉を脳裏に蘇らせ、手中のメモに目を走らせては、記憶に刻み込む。
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「来た来た」
「もう少し前から開いてるよ」
「待たせて御免」
「まあ、少し落ち着けって」
皆の許へ駆けつけて、一呼吸おいてから皆で入って行く。
メガネの小母さん職員に声を掛けて、依頼をラクマカで請ける旨伝えて、手続きをお願いする。
先ずは旅券を出して、確認手続き。
ぼくは慌てて上半身の武装を解除して、烙印を見せなければならなかった。
折角サカヌキ村の守備隊長さんが智慧を呉れていたのに、すっかり忘れていた。
みんなは思い出していたので、入って行く前からヘッドギアも首環も外していて、既に前も開いていたショルダーを持ち上げるだけで肩の後ろの古い烙印の痕をすぐに見せる事が出来ていた。
なんとなく違和感があったのに、見ていて気付けなかったぼくが悪いが、司祭様の有難い知識を脳裏に刻むことに専念してて、気が回らなかった。
そして信用確認。
ん~……と難しい顔をしていたが、
「先ほど依頼者にお会いしまして、『この件に関してだけ五点加点するように伝え』よとの事でした」
と云うと
「あら、まあ、本当に? 確認しますので少々お待ちください」
と引っ込み、少しして、にこにこしながら出て来て、
「じゃあ、依頼を請けて頂けますので、手続きをしますね」
と、通例通りに二枚の木札を出してきて、署名も済ませた。
トモコが
「あの、伐採その他に関する許可証は返すんですよね?」
「返さなくても自然に消滅するからいいわよ」
「え?」
「そうなってるから、気にしなくていいわよ」
「それじゃ、お仕事がんばってね♪」
そうして、トモコが船頭さんから教えてもらった南の湾の下げ潮が始まる頃合いを見計らい、ぼくたちは官舎脇の浜辺から船出するのだった。




